第39話 最弱は奇跡を呼び込むか?

 目に映るのは悪夢の死闘だった。

 惨劇という言葉でも生易しい光景。

 俺が目指している最強は何故動けているのか分からない程の境地にいた。


 いや、理性的に考察したところで意味なんて全く無いだろう。

 相手は心臓を貫かれていても鬼神の如く大暴れする人間を超え掛けている存在だから。

 そして今、こんな俺が出来ることは……奴を助けるということだけだ。


「ユレアァァァァァァァァァァァッ!」


 敵であろう者の鼻骨に目掛けて一切の逡巡をせずに跳躍による蹴撃を叩き込む。

 慣れてない故の不格好なドロップキックだが今は見栄を気にしてる暇はない。

 いるだけでも吐き気のする空気感の中、裏切り者を含めた全員の注目を集めつつ、俺はユレアへと振り返る。


「おいおい勝手に諦めて貰っちゃこまるぜ。お前に屈辱与えていいのは俺だけなんだよ」


「レッド……!」


「よくもユレアをやってくれたな……このクソサイコ人間がよッ!」

 

 こいつにパンツの辱めを与えるのも、傷つけていいのも俺だけの権利だ。

 それを……この目の前にいる猫を被っていたクソ人間は俺を出し抜いて好き勝手にユレアと可愛がりやがってよ。

 こちらに友好的な信用できる生徒会の一人とか考えていた俺が馬鹿だった。

 

「ハッ、まさか君がここに辿り着くとはね。僕が仕掛けたマジックに君も馬鹿みたいに踊らされてるかと思ったけど」


「残念だったな。変態パンツ野郎の推理力を舐めんじゃねぇぞッ! いや最初はまんまとお前に騙されていたがなッ!」


「どうして分かったんだい? 僕がこの計画を実行していることをさ」


「裏切り者は用意周到でミスなく計画を実行する繊細な一面を持つ奴だ。誰にも気付かれずデコンポーザーや風紀委員会を支配してユレアの命を狙った。だからこそミスリードがわざとらしいにも程があったんだよ」


「わざとらしいミスリード?」


「お前は裏切り者を示す品としてエグゼクスを狙う趣旨のメモを提示したが……あんなに学園を欺ける奴がわざわざ証拠として残りやすい紙媒体を使うか? 目的をエグゼクスに向けたかったらしいが露骨過ぎんだよ」


 鬱憤を晴らすべく自分勝手に推理を披露していくが常に不敵さを崩さなかったアイナの表情は何処か薄っすらと歪んでいた。


「優秀過ぎた故の弊害だな。お前のミスリードは裏目に出たってことだ。それにどうやら癖ってのは中々治らないものらしいな」


「癖だと……?」


「メモを見た時点で気づくべきだった。あの特徴的な丸みを帯びた文字とお前がメモ帳に刻んでいた文字はほぼ同じ形だ。幾ら天才でも無意識の癖は分からなかったみたいだな」


 大人しくこちらの言い分を聞いていたアイナは少しばかり沈黙すると今度は手を叩いて寸劇のようにわざとらしく笑う。


「アッハハハハハッ! 見くびっていたよ、君の脳みそにそこまでキレた思考があったとは考えもしていなかった」


「けっ……嬉しくない褒め言葉だこと」


「だが、血塗られた遺体が一つ増えるだけの事だとは思うけどね」


 笑みを浮かべていた口角が不気味に下げると問題ないと言わんばかりに挙手を行う。

 アイナの行動に呼応し、生き残りのデコンポーザーは狼狽しつつも嬲り殺そうと俺を取り囲み詠唱を始めていく。


「このクソガキがッ! 貴様のような対した魔力も感じないゴミが何の役に立つッ! 発動魔法段階ドライヴ……」


「あっ!」


「えっ?」


 勇ましく出てきたがパワーバランスを見ればかなり追い込まれてる状況。

 どう足掻いたってまともに戦ってこの相手をぶっ倒す事は俺には出来ない。

 まぁそれはあくまで……正攻法な戦い方をしたと仮定しての話だがな。


「な〜んて……なッ!」


「えっ、ちょ!?」


 詠唱を終えようとした一人の背後に向けて指を差しながら大声を発する。

 何事かと視線が外れた瞬間、この時だけが俺が格上に漬け込める唯一の好機だ。

 即座にゼロ距離まで疾駆すると同時に股間に向けて蹴りを叩き込む。


「アンギャッ!?」


 最もポピュラーかつ単純な攻撃は情けない声と共にクリティカルヒットし、激痛から思わず魔導書を手放した。

 同時に青ざめる顔へと目掛けて拳を叩き込み意識を完全に吹き飛ばす。


「どれだけ優秀だろうとココは鍛えられないよなァッ!」


「なっ……貴様なんて卑劣なッ!」


 まともに戦わない卑劣? 誰に向かってそんなことを言っているんだ?

 間髪入れず動揺する相手へと目掛けて再度急所を重点的に叩き潰す。

 

「はぐあっ!?」


「俺はレッド……勝つためならどんな卑劣だって使ってやるクソ野郎なんだよッ!」


 勝てるのならどんなにグレーな事だろうと利用する、それが俺の流儀だ。

 正々堂々とやっても勝てねぇことは後ろにいる生意気な最強女に何度も痛感させられてんだよ。


「舐めるなこのガキがァァァッ! 発動魔法段階ドライヴッ!」


「チッ……!」


 しかしこの戦い方は飽くまで小手先。

 局部を踏み潰した俺の背後からは怒り狂うデコンポーザーの一人が既に魔法陣を生成し嬲り殺そうと迫りくる。

 咄嗟にバックステップで回避を試みるがこの程度では追撃を避けきることは出来ない。


「えっ……?」


 脳裏に死が過ぎり始めた直後、猛威を振るおうとしていた男の頭部は激しくめり込み、痛々しい音を響かせ壁へと叩きつけられる。

 衝撃の起点へと視線をズラした先には息を荒げながらもも未だに驚異的な魔法を無詠唱で放つユレアの姿があった。


「ありがとうごさいます、レッド……おかげで余裕が生まれた」


 心臓を貫かれて猛毒が回ってる状態で何が余裕なのかとツッコミを入れたくなるがこいつに常識的な返しは無意味だろう。

 再度瞳に光が戻り始めるユレアは残りの敵を容赦なく慈悲の欠片もなく鬱憤を晴らすかのように叩き潰していく。

 

「ハッ! そうでなきゃ困るってもんだ。俺が狙っていたパンツがしょうもない奴履いてたなんて思いたくないからなッ!」


「ご安心を。貴方が狙うこの私のパンツは常に崩れることのないブランドですよ」


 生死を賭けた死闘には似合わないにも程があるパンツが主題の掛け合い。

 背中合わせに投げかけ合う言葉の応酬は端から見れば滑稽を極めているがこれこそが俺達の歪な関係性を表していた。

 クソにも同等だった空気はパンツという名の突風によって豪快に吹き飛ばされる。


「全く……何処までも君はしつこくて、目障りを極めているね。そもそも君がいなければ彼女は美しい芸術品のままであって僕も殺すことはしなかったのにさ」


「お前の美的センスなんか知るかボケがッ! どんな相手だろうと、どんな偉そうな野望を持ってる奴だろうと、俺の邪魔すんなら全員ブチのめすだけなんだよッ!」


 揃えたであろう独自の戦力も壊滅し一人残されたアイナは初めて眉間にシワを寄せて苛立ちを露わにする。

 俺と同じ……いや俺以上に根本の根本からイカれているクソ野郎は少しばかりため息を吐くと口角を激しく上げた。

 

「ハッ、ハハッ……アハハッ! 一目見た時から感じたさ。この姫君は最高に美しい物であり常に高貴であるべきだと。僕はそう信じて、そう愛して君を守り続けた。なのに……なのにさ……そんな凡夫が宝石を汚い手でここまで汚してしまうなんて本当に世界と言うのは何処まで行っても腐ってるよ」


「私は宝石と称される程美しい人間ではありません。世界が腐っているのではない、そんな自分勝手なまやかしに酔っている貴方自身が最も腐りを極めている」


「もういいさ、汚れてしまった君の声なんて僕に届くことはない。僕の愛に従順になれなかった存在など……死ね」


 見限る、そう表現するのが正しいだろう。

 歪な愛が崩れ落ち、独りよがりの殺意へと変貌したアイナは憤怒の形相を向けながら魔法陣を生成し詠唱する準備に入る。


「発動魔法段階ドライヴ、極火激弾インフェルノ・バースト超地衝波ワイルド・ウェーブ雷轟蒼破プラズマ・ブラスト


「なっ……ドライヴ級の同時詠唱ッ!?」


 勝機はこちらに向いていると余裕を抱いていた心は直ぐにも慢心であったと痛烈に自覚する羽目になった。

 紺青の魔導書からは次々と華麗に魔法陣は顕現を始め、数多のドライヴクラスは巧みなアイナの指揮によって一つに融合を果たす。


 ドライヴ級の合体……無詠唱などにも匹敵する高い技量とマナが必要となる大技、まさかユレア以外にも使える奴がいるとは。

 存在するだけで辺りの空間を歪ませる程の膨大な魔力を纏った塊は生死を煽る。


「灰燼に散れ」


 言葉と共に展開された魔法陣からは蒼き光を纏った極太の複合エネルギー体がこちらへと目掛けて一直線に伸びていく。

 迫る事に地面を抉り、大気を蹂躙する力は刻んでいる地面から噴き上げる。  


「レッド」


 直撃すれば骨の一本や二本では済まされないと直感が訴える中、唖然とする俺を引き寄せると秀麗な右手を突き出す。

 直後、彼女の周りには威圧感しかない風圧が上がり始め、数多のドライヴ級に該当する魔法が頭上で融合していく。

 それがアイナと同じ芸当を行っていると理解するのはそう難しくはなく、迫りくる脅威へと華麗に相殺を行う。


「マジかよ……ッ!」


 ユレアに支えられてなければいとも簡単に吹き飛ばされる衝撃が周囲へと駆け巡る。

 既に凡人は手も足も出せない領域の戦いが繰り広げられているがアイナは見越していたかのように次の魔法陣を既に展開していた。


「それを使うのは……既にこちらも予想済みのことさ、発動魔法段階ドライヴ……雷槍跳弾ライトニング・ラビットショット雷槍跳弾ライトニング・ラビットショット


 舞い上がる煙を切り裂くようにドライヴ級の連続高速詠唱により跳躍する帯びただしい雷の弾丸が全方位から襲い掛かる。

 全く息切れをせずにドライヴ級を連発していく辺り、こいつも相当な化け物だ。


「レッド、持ち上げますよ」


「あぁ分かった……えっ?」


 言葉の意図を理解する前に有無を言わせずユレアは唐突に俺の身体を横抱きの容量で軽々と持ち上げた。


「ちょおまっ、何して!?」


「少し……揺れます……!」


 こいつの気力に果たして底があるのか。

 一発一発の弾道を把握するとユレアは自らが持つ身体能力をフルに活用し、全ての弾丸を躱していく。

 目まぐるしく動く光景、重力がどちらにあるのか分からない程にアクロバティックな動きで襲い掛かる猛追を身軽に対処する。


「発動魔法段階シュレ、錯煙クロス・スチーム


 一瞬だけ追撃の手が減少した隙を狙い即座に煙幕用の魔法を周囲へと放つ。

 なすがままが続く状況だが一度ユレアはアイナと十分な距離を取るまで後退し物陰へと身を潜め、ようやく俺を地面へと降ろした。


「お前……フィジカルどうなってんだ」


「あら、男が乙女にお姫様抱っこをされるのは屈辱でしたか? それとも約得?」


「はぁっ!? うっせぇなクソがッ!」


 相変わらずの軽口を叩く生意気な女。

 だが……逆に言えばそういう事を言える余裕がまだある訳か、何処まで人間を止めてれば気が済むんだよこいつは。


「どうする? あのサイコ野郎はどうすれば攻略出来る?」


「真正面からの衝突では勝機の確率は必ずしも高くありません。アイナはよく私の行動をしていましたから」


「記録……? まさかあの手帳か!?」


 少し前に見たアイナが記録していた『ユレア・スタンバースの無双記』なるユレアの一挙一動を記録していた気味の悪い手帳。

 ただの変態チックな観察趣味程度にしか思っていなかったが……アレはユレアを潰す為の材料集めだったのか。


「えぇ、恐らく私の行動パターンは全て相手に丸裸の状態。この瀕死の肉体もあって必ずしも勝てるとは言い切れません」


「クソッ……増援を呼ぶか? いや被害が拡大する可能性も……だぁもう! あんなクソな性格で実力が規格外なのが腹立つッ!」


 それまでのデバフもあってユレアでも確実に勝てるか分からないという状況。

 依然として絶望的な状況は変わらず、仲間に被害が及ぶ前にここで仕留めない以外の選択肢は存在しない。

 こんなサイコパスにあいつらがぶっ殺されたりなんかしたら死んでも死にきねぇよ。


「用意周到な奴が……どうする……どうすればあいつの意表を……あっ」


 そうだ……何を忘れてんだよ俺は。

 一つだけあるじゃないか、全知全能を極めたユレアでさえも把握出来ない強大な力が。

 罠に張り巡らされたこの戦況を一変させる神の一部である代物が。


「一つ考えがある。だがユレア、それはお前との約束を破ることにもなる」


「約束……? ッ! 貴方……まさか」


「そのまさかさ、今この場で……を行使するッ!」

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