第38話 狂い愛
「は……?」
今、奴は何と言った?
聞き間違いなどではない。
明確に響き渡る愛の言葉はユレアの思考は停止させる。
「僕は君を愛しているんだ。愛してやまない程にね、だから君をこの学園から、いやこの世界から排除することに決めた」
「私の幻聴……という訳でもなさそうですね」
「酷いな〜愛の告白を幻聴呼ばわりなんて。ロマンに欠けるよ」
悪びれるどころか自らが被害者のような面を平気で浮かべる悪魔の形相にユレアは口元に溜まった血液を吐きつつ嫌悪感を示す。
「ユレア・スタンバース……君は誰のモノにもならない誰にも干渉を許さない絶対的な最強の存在、それが君さ。それ以外の君なんて必要価値のない」
「何……?」
「ユレアはね、常に純潔の孤高なんだよ。誰かの色に染まってはいけない。でも君はあのレッド・アリスという一人の男の子によって染まりが始まってる。それは僕が理想とする君とは程遠い……君が純潔ではなくなる末路を見届けるのは度し難い。ならば……君が僕の理想から完全にかけ離れる前に僕の手で美しい君のままに終わらせたいのさ」
語られるワガママという言葉ですら優しく思える自分勝手な理想という名の愛の暴走。
質の悪い冗談ではない真剣な口調でアイナはユレアへと視線を合わせる。
歪みに歪んだ愛を語りかける笑顔はまるで子供のように純粋であった。
「皆そうだろう? 誰もが何かを愛して美しいままでいて欲しいと切に願う。これは人間が抱く当然の思いなんだよ。僕も美しいままであって欲しいだけなのさ」
「ただ……それだけの理由で?」
「それだけの理由? 愛というのは常に崇高なものさ。最高の芸術品として愛してるからこそ君を美しいまま殺したい。あのパンツの男の子より遥かに聡明だろう?」
「……言い分はそれで終わりですか」
何がアイナをここまで駆り立てているのか、ユレアには理解することが出来ない。
だからこそ、唯一明確にあるのはこの学園及び王国を混乱に陥れたということ。
愛しているなどという同情出来ない身勝手な感情によって。
魔導書を引き寄せた彼女はただ凍てつく視線でアイナを凝視する。
「いいねぇその瞳……誰も信頼できない孤高であるしかない瞳。君を殺す前にそれが見れて僕は満足しているよ」
「貴方の部下は既に蹴散らしている。そちらに勝ち目がお有りとでも?」
「ないだろうね〜君と一対一で戦うなんて誰だろうと勝てやしない。まっその条件だったらの話だけどさ」
瞬間、指を鳴らすと同時に最強を瞬時に包囲したのは無数の黒い人影。
フードで顔を覆う成人した肉体を持つ数多の存在は口角を不気味に上げている。
「いいねぇ……高い金が貰える上に邪魔でしかない殺せる機会が来るなんてなァ!」
「あん時の恨み忘れないわよ? 最強気取りのクソ女王がッ!」
「ゲハハハハハハハハッ! おいおい高貴な女王が随分と酷い有り様だな」
四方八方から飛び交う蔑む声の数々。
見回すと同時にユレアは彼らの正体を直ぐに察知し少しばかり顔を歪ませた。
「デコンポーザー……なるほど、動きが活発になり始めていたのはこの為でしたか」
かつて自分自身の手で全てを葬り去ったはずの反政府過激組織デコンポーザー。
残党と思われる者達はユレアへと恨みがましく視線をぶつける。
「君の間違いは僕に外交的な職務を一任させてしまったということさ。お陰で君に恨みを持つ人間を集めるのは容易かったよ」
「此頃のきな臭い動きのカラクリは……それが真相ですか」
「いけないなぁ……この学園は常に競争を義務付けている狂気の世界。君の部下が裏切りを一切行使しない忠実な下僕とでも思っていたのかい?」
告げられる真実はユレアへと次々に伸し掛かり穏やかながらも常軌を逸した笑みを裏切り者は血だらけの女王へと捧げる。
「さっ、そろそろ処刑を始めようか」
静寂の空気を切り裂くアイナの声を皮切りに、デコンポーザーの面々は魔導書を構え逃さぬよう取り囲む。
その数は凡そ五十人弱とでもいった所か、数だけで言えば圧倒的に不利と言える。
「退け、あんな死にかけ俺一人でやれる」
「おい、嬲り殺しにすんのは構わんが俺達の力を見せ付ける為に派手に殺れよお前ら」
「イキってる最強を私達の手で殺せるなんて最高だわ〜アッハハハハハハッ!」
下卑た笑いの数々。
誰もが思うだろう、この勝負は既に決していることだと。
死にかけと言える少女が一人と万全な身体を持つプロのテロリストが数十人。
既に至る逃げ場は掌握されており、この状況下での巻き返しなど無謀に等しい。
「このクソガキが……よくも俺達の組織をかわいがってくれたな、まぁいいさ、今度は俺達が可愛がる番……えっ?」
だが勝ち誇った声を高らかに発したデコンポーザーの一人は突如として足裏が地面から離れたのだ。
何が起こったと疑問を浮かべる間もなく男の身体は数メートル先まで吹き飛んでいく。
近付いていたはずなのに何故か遥か遠くへと弾き飛ばされ壁へと激しくめり込む。
「かはっ……!?」
血反吐を盛大に吐きつつ肉体へと食らった衝撃になすすべなく地面へと崩れ落ちる。
何事かと視線を向けた先には鮮やかな蹴撃で自身の何倍も筋肉質な敵をいとも簡単に蹴り飛ばした最強の姿があった。
「マジかよこいつッ!?」
「何でまだそんなに動けるのよッ!?」
アイナによって心臓に突き刺さった氷の槍から身体を侵食する猛毒を無詠唱魔法の連続でどうにか生命維持している状況。
満身創痍どころか、動くことすら出来ないであろう状態だと言うのに彼女は血塗られながらも肉体を躍動させていた。
「心臓を刺したくらいで……私が止まるとお思いですか?」
死に体も同然な肉体だろうと世界を震撼させた唯一無二の鬼才が今更その程度のことで屈する訳がない。
悪魔にも似た形相を浮かべる最強はデコンポーザーという集団へと二度目のトラウマを痛烈に与えていく。
「この化け物がッ! 発動魔法段階ドライヴ
火属性と風属性……相反する二つの属性を交互に繰り出すことにより実現する高温の嵐は急速にユレアへと螺旋を描き、迫る。
ゼロ距離にも等しい超至近距離での一撃だが渾身の焔は彼女の肌を焼き尽くすことはなく空発に終わる。
一瞬にして視界から姿を消したユレアは背後へと回り込むと同時に無詠唱からなるドライヴ級の技を叩き込んだ。
痛々しい骨が砕け散る音と共に天井へと激しく打ち付けられ肉の塊となった身体は地面へと残酷に落下する。
この国を脅かすには十分な力をデコンポーザーは有していた、だが何故彼らは一度壊滅に追い込まれ尚もまた追い詰められるのか。
「遅い……ッ!」
それは神すらも凌駕しかねない史上最高の天才と同じ時期に生きてしまったことだ。
四方八方から飛び交う高次元の魔法を巧みに回避しながら鬼神の如くユレアは一人一人を丁寧に蹂躙を行っていく。
「これほどの人数を要してもそこまで動けるとはね……君は本当に人間なのかい? 流石に僕の許容を超えているよ」
興奮したような笑いを浮かべながら尚も死へと到達しない彼女に思わずアイナは冷や汗を溢しながら言葉を呟く。
自らの力として組み込んだデコンポーザーの面々も既にあと数人にまで追い込まれる状況は最早笑う以外の選択肢がない。
「かはっ……!」
だが首の皮一枚で生きているという負荷が全く彼女に掛かっていないという訳ではなく度々血反吐を吐きながら動きが止まる。
鋭く睨む瞳には未だに不屈の闘志が燃えているものの、必ずしも肉体が精神に追随することが出来るとは限らない。
「でもどれだけ神に近付けようとも君は神そのものになることは出来ない。そろそろ活動限界は近いと見た」
「この国を……一体どうするつもりなのですか? 私を殺して貴方は何を築く?」
「あの世への土産が欲しいのかい? まっ悪いようにはしないさ。大丈夫、君が心配することは何もない。ただ僕に殺されればいい」
「フフッ……貴方のような最低限の倫理観すら持つことの出来ない人間がこの国を務めるとは到底思えませんが」
「減らない口だな〜まっそれも君を愛しく思ってしまった一つの要因かな」
罵倒にすら悦楽にも似た表情を浮かべデコンポーザーを隊列させると共に自らも再び魔導書を開く。
「残念だよ、望むのなら君は僕の愛する理想の姿のままでいて欲しかった。けどそれはもう叶わない……僕の愛と理想に反する存在なんて……君じゃないし、いらない」
愛ゆえの殺意という歪みを孕んだ瞳を輝かせるその姿は穏やかながらも誰の言葉も通じない禍々しさを醸し出していた。
急速に神経を巡る猛毒を阻止しようと休みなしに魔法を詠唱し続けるユレアへとトドメを刺すべく華奢な右手を前へと出す。
顕現する美しい魔法陣も今では悍ましきものへと変貌していた。
「ッ……毒が回り始めてる」
一瞬だけテンポが遅れたユレアの隙を逃すまいとアイナとデコンポーザーの面々は一斉にドライヴ級の詠唱を始める。
回復魔法の連続と戦闘を同時平行して行うという並外れた気力を使う所業を永続的に行ってきた身体には負荷が掛かっていた。
流石のユレアでも対処しきれないと確信したアイナは口角を派手に上げる。
「さらば、僕が愛した孤高の存在。この地で安らかに眠るがいいさ」
迫りくる終わりの刻。
死刑宣告はこの狂気の世界へと鳴り響く。
一つの時代は終わりを告げ、新たな混沌の新世界は今ここに生まれようとしている。
自身でも終焉が近いことを察したのかユレアは吐くように懺悔の言葉を口にした。
「すみませんレッド……貴方との約束を私はまた守れな「ユレアァァァァァァッ!」」
「えっ……?」
突如、全員の聴覚を貫く必死の咆哮。
悪夢に満たされていた空気を払拭するような純粋な叫びは困惑を齎していく。
「な、何だ……誰の声……?」
「ぶっ飛べやァァァァァァッ!」
「ごはっ!?」
襲来する激情の人影は迷いなしに一人のデコンポーザーへと鋭い蹴撃を顔面へと痛烈に叩き込んだ。
鼻骨が折れる音が鳴り響き魔導書を思わず手放しながら男は無様に地面へと倒れ伏す。
その姿は誰よりもユレアが知っており曇りがかっていた瞳は再び光を取り戻す。
「ぜぇ……ぜぇ……間に合った」
「……まさか、君がここに辿り着くとはね」
アイナでさえ予期していなかった襲来者は闘志を剥き出しにした瞳で睨みを効かせる。
最弱と罵られ、パンツを狙う変態王子と罵られれようと自分自身の願いの為に我武者羅に突き進んだ存在。
「おいおい勝手に諦めて貰っちゃこまるぜ。お前に屈辱与えていいのは俺だけなんだよ」
「レッド……!」
「よくもユレアをやってくれたな……このクソサイコ人間がよッ!」
怒りに満たされたレッドは唖然とするユレアを生意気に庇うと終わりを迎え掛けていた戦況を混乱に陥れた。
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