第二十八話  月とブラックホール

Side レダ

 双子とフィリソと別れて、歩いて暫く。

 俺は大通りから少し外れた裏路地に来ていた。

 婆さんの家がある裏路地じゃない、そこよりも少し薄暗く、じめじめした道だ。

 人っ子一人見当たらない、双子といる時には絶対に選ばないであろう道に何をしに来たのかというと。

 「……用があるんだろう?無理やり引きずり出される前に出てこいよォ」

 キリンの斑点のように点在する壁の染みの一つに向かって声を掛けた。

 …………返事はない。

 ただの壁の染みのようだ、ってな。

 「宣誓プライドコール。3分間待ってやる、ヤるなら今だぞ?」

 (宣誓の発動を確認しました。祝詞の詠唱を開始、発動まだ残り3:00分)

 ここにはがいる。

 斧を背中から引き抜きながら、最後の通告を告げる。

 …………返事は……あった。

 「待ってくれ、今は戦うつもりはない。どうか武器を収めてくれないか」

 気品のある若い女の声がした。

 それとほぼ同時に、壁のシミが俺が声を掛けた一つに向かって集まりだした。

 それは徐々に人の形を作り出し、やがて一つの影絵のような人型のシミが出来上 がった。

 音も無くそこから這い出てくるのは、影絵の形そのままの、少しばかり体付きが貧相な女だった。

 ……いや、女というより子供寄りだな。

 少女と言っていいと思えるくらい小さなそいつは、俺のを凝視しながら警戒しているようだった。

 「今更まともに出て来てどうすんだよ、こっちも気まずいじゃねェか」

 「いやその……を抜かれたら、私ではどうすることも出来ないからな、降伏させてもらうよ」

 両掌をこちらに向けて、降伏の意志を示す少女。

 「そうか。で?お前はいつから見てたんだ?」

 「えっとその……あの男と接触した辺りからかな?」

 正面からよく見ると端正な顔つきを引きつらせながらそう答える少女。 

 何で疑問形なのかは知らんが、嘘をついてる可能性もあるしな。

 ちょっと詰めてみるか。

 「嘘だな。それより前から俺達の事を見てただろ?嘘をつくならこの斧がお前の脳天に炸裂するんだが……」

 「い、いやいや本当に本当だよ!私嘘はつかないって定評のある人間だし……そもそも戦闘能力無いからそれを振るのはやめてくださいおねがしましゅ!」

 「ほーん?」

 めちゃめちゃ話し方早いし噛んだなコイツ。

 でも墓穴掘ってくれたし、もう一つ鎌かけとくか。

 「お前さァ、さっきからどこ見てんだ?」

 「ぇ?それは、あなたの目ですけど」

 「俺の手も見てるよな、お前。戦闘力の無い普通の人は斧の刃の方を見るんだよ。お前みたいに持ち手の方を見る奴はなァ……手練れか、だけなんだよ」

 そう指摘すると、さっきより3割増しくらいに顔が渋くなる少女。

 うーん、分かりやすい。

 斧を動かす素振りを見せておく。

 「お前、どっちだ?」

 「……ちょっとだけー出来るかなーなんて……」

 「そうか、で?」

 「?」

 何のことか分からない風に首を傾げる少女。

 ……まさか見破られたから出て来たってのか?

 「ハァァ―……何か言いたい事があるから出て来たんだろ?ほれ、さっさと合流しないといけないんだから早く言えよ」

 「あ、うんそうだね!えーっと何だっけ何だっけ……そうだ!」

 あぁもう最初の凛々しさは一ミリもねぇや。

 戦闘用の長靴が冷たいぜ、クソ。

 「あの男と関わるのをやめてくれませんか?」

 フィリソの事か?

 「それってあの楽器持ってるテンション高めないけ好かない男か?」

 「そうです。あいつはお姉ちゃんに向かって―――」

 感情を隠そうともせずに言い切ろうとして尻すぼみになったな。

 最後の方は聞こえなかったが、大体事情は分かった。

 「無理だな。」

 「何故かお聞きしてもよろしいでしょうか」

 「双子が乗り気なんだよ。俺はそれを止めたりしないし、止めさせない。余りにも道を外しそうなら、少しばかり介入するがな」

 斧を背中に背負い直しながら言うと、あからさまな落胆を滲ませた声が返ってきた。

 「そうですか。……分かりました、お時間を割いて頂きありがとうございました」

 「おう、帰り道には気をつけな」

 ストーカーした側とされた側、何とも奇妙な関係性を維持したまま、挨拶を交わして路地裏を去る。

 「―――祝福の短剣ブレスドダガーッ!」

 薄暗い路地裏が、温かな光に包まれる。

 「フォーマルハウト」

 深海に光は届かない。

 どこまでも等しく呑み込むからな。

 俺には些か暖かすぎる光をかき消し、元の薄暗さを取り戻した路地裏。

 「これは警告だ、阿婆擦れ」

 後ろに立っていたのは少女とは言えない『少女』だったようだ。

 なんだよ、結構戦える上にやっぱ大人じゃねぇか。

 クソが。

 「次はお前、その次は『お姉ちゃん』だ。今は急ぎの用事があるから見逃してやる。俺の顔は二度迄(例外アリ)、ってな」

 後ろを向かず歩みを止めず、悠々と去らせてもらおう。

 少しでもビビッてくれたら御の字、これでも向かってくるなら死んでもらおうかな。

 追撃は来なかった。

 よっぽど大切なんだな。

 ならこっちに手を出さなきゃよかったのに。

 大人はすぐそういうことする。






《ワールドアナウンス発令》

《『エンド√002・咲き誇るアンドロメダ』の発動を確認しました。》

 《勝利条件:???の成就》

 《敗北条件:???の消失》



 



 俄にざわつきだす大通り。

 何事かと思ったら、双子との待ち合わせ場所に向かう途中でこんなアナウンスが出た。

 ワールドアナウンス。

 全プレイヤーに向かって放送される、重要なメッセージ、か。

 狼の時はそれどころじゃなかったが、こうして全体放送されると恐ろしいな。

 その当事者であると見られたら、このゲームをまともにプレイすることは出来ないだろうな。

 双子周りはより一層警戒しておくとしよう。

 あいや、むしろ注目されるのは俺の方か。

 …………?

 ……あ、だから双子の配信の時の視聴者が俺の警告聞いてくれたのか!?

 狼とやり合う所ちょっと見られてたから!?

 あー……盲点だった。

 こりゃ、立ち回りを考え直すべきかもな……。

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Stardust Online    星野 道夫 @keserasera_cu

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