リア充を壊す爆弾。

原田なぎさ

第1話

「リア充壊す爆弾つくろう」

 耳元で囁かれた。振り向くと、白衣の女性が立っている。

「さっき振られてたよね? 『あなた以外に好きな人ができちゃった。やっぱり理系の男はつまらない』って」

 盗み聞きかよ、と抗議しかけて先を越される。

「たまたま後ろの席にいて、聞こえたんだ。学食で別れ話をするデリカシーのない人、ほかにもいるんだな、って」

「ほかにも?」

「私も今日、ここで振られた。君と同じ理由を言われた。『理系の女は理屈っぽい。ほかに好きな子ができた』」

「ああ……それはひどい言われようだね」

「でしょ?」と彼女は薄く笑って顔を寄せる。

「だから、リア充壊す爆弾つくろう」


 綾瀬かすみ、と彼女は名乗った。

 八神律、とぼくは応える。

 ともにこの春、四年生になったばかりだ。

「私は薬学部だからあと三年残ってる。八神くんは工学部だよね。来年は就職? 院に進むの?」

「修士に行こうと思ってる。――あのさ、綾瀬さんとは初対面だよね。なぜ学部がわかったの?」

「『センシング工学概論』なんて、工学部の学生以外、誰が読むのよ」

 苦笑しながら綾瀬は机の上に視線を向けた。

 急に別れを切り出され、混乱し、落ち着こうと教科書を開いて閉じた。こういうところが「つまらない」と思われたのかもしれない。

 一つ下の元カノは、同じ大学の文学部だった。大好きだったが半年しか続かなかった。

 綾瀬は経済学部の同級生と半同棲していたらしい。「思い返せば、一か月ぐらい前からなんか様子が変だった。歯ブラシとか着替えとか、ちょっとずつアパートから消えてった。言われたのは今日だけど、同じゼミの後輩と、すでにそういう関係になってたみたい」

「ぼくのほうも同じだよ。元カノ、見慣れない指輪をはめていた」

「絶対許しちゃいけないよ。野放しにしたら、また害をまき散らす」

「綾瀬さんの元カレも同じかな」

「うん。だからさ、爆破しようと思うんだ。これは正義だ」

「それってネットミームの『リア充なんか爆発しろ』ってやつだよね?」

 綾瀬は黙ってぼくを見つめた。化粧っ気はないけれど、目鼻立ちは整っている。美人の部類に入るだろう。

「私は薬を調合し、八神くんはセンサーを開発する」

「え?」

「うちでつくるよ。リア充を壊す爆弾」


 季節は夏になっていた。その夜も研究室から部品をくすね、綾瀬のアパートを訪れた。

 合鍵を差し込むと、「八神くん? 今あける」と内側から声がした。

 Tシャツに短パン姿で、綾瀬はびっしり汗をかいている。薬剤や小さなパーツが飛ばないように、作業中は冷房を止めるのだ。

「はい、これさしいれ」

 帰りがけ、コンビニで買ったアイスを手渡す。

「ありがとう。助かる」

 綾瀬はその場で袋を剥いた。

 ほぼ毎晩、顔を合わせるようになり、ぼくらは似た者同士と気がついた。

 何かに没頭すると、ほかのものがおざなりになる。

 明け方まで黙々と手を動かし、死んだようにその場で眠った。食事はコンビニ弁当かカップ麺。目覚めると、交互にシャワーを浴びて、時間差で大学に行った。

 秘密の作業だ。誰にも知られるわけにはいかない。


 爆弾づくりは難航した。何度も挫折しそうになる。

 あらかじめ「決して周囲を巻き込まず、リア充だけを爆破する」と申し合わせた。

 綾瀬は大学から薬剤を持ち出し、繰り返し分量を調整していた。

 花火を装い、河川敷で何度か試した。偽装のため、お互い浴衣を着ていった。

 ぼくに課されたミッションも難題だった。リア充を感知して、起爆させるセンサーの開発だ。

 カップルの鼓動や体温、吐息などを計測し、ICに組み込んだアルゴリズムで判定する。

 運動や飲酒で誤作動させるわけにはいかない。試作を重ね、綾瀬と二人、サッカー場や居酒屋などで実験した。

「恋愛すると、交感神経と副交感神経が交互に優位になるんだね」

 そんな綾瀬の一言が、大きなヒントになった。

 ネットや専門書を読み漁り、センシング項目を追加して、アルゴリズムを修正した。

 秋の院試はなんなく通った。作業を通じ、知識量が飛躍的に増えていた。


「できたね」

「うん」

 アパートの床に置いた爆弾を、二人で見つめる。

 大きさはルービックキューブほどだ。表面は白い樹脂で、小さな穴から計測用の赤外線を照射する。

 奇しくもその日はクリスマスイブだった。コンビニのケーキとチキン、缶ビールで祝杯をあげる。

「とりあえず、一つだけ完成させた。ぼくの元カノ、綾瀬の元カレ、まずはどっちに仕掛けよう?」

 いつかのように、彼女がまっすぐぼくを見た。そして「あのさ」と小声で囁く。

「……本当は八神くんも、もういらないって思ってるよね?」

 ああ、そうだ。いつの間にか、元カノはどうでもよくなっていた。もっと大事な人がいる。

 綾瀬が身を寄せ目を閉じた。華奢な体を抱き寄せて、唇をそっと重ねる。


 その瞬間、閃光と轟音が、ぼくらを包んだ。

 遠のく意識で最期に思う。

 やり遂げた。爆弾は、本当によくできている。

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リア充を壊す爆弾。 原田なぎさ @nagisa-harada

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