第5話 勇者ヘイゼルの転生3
恐る恐ると駅のホームへ出た。
祭りかと思うほど多くの人がいる。
見上げると、呆れるほど巨大な建物がそびえ立っていた。しばらく茫然と見上げていたが、よく見るとさっきまで自分がいたホテルだった。
――あれが倒れてきたら、ここら一帯ただでは済まないな。
本気で心配になる。
轟音と共に電車が近付いて来た。
思わず身構え、ある筈のない剣を求めて右手を左腰にまわす。
だが、この世界の住民にとっては日常なのだろう、誰もがためらいなく轟音に向って突き進んでいく。その流れに押されて姫くんも電車に乗り込んだ。
自動で開いたドアが、自動で閉まった。
急に不安にかられ、閉まったドアに張り付く。すぐに、窓からの景色が右から左へと流れ始めた。
すぐに不安は吹き飛び、車窓の景色が楽しくてたまらない。姫くんは、夢中で移り行く風景を眺めていた。
どこまで行っても、人と人を乗せて動く箱ばかりだ。馬も牛も、豚すらも全く視界に入らない。
時々駅に止まっては、多く人が降りて行き、入れ替わりで多くの人が乗って来た。
やがて、反対側のドアから、お揃いの制服を着た少女が三人乗って来た。
姫くんをジッと見ている。
「ねえ……アレって」
「うん、似てる。本人?」
「でも、昼間に素顔で堂々と?」
またかと思い、少女たちに背を向ける。
他人の空似で通そうと思うが、それでは済まない事態がすぐに起きた。
「アレーッ! アンタ、ちょっと前に週刊誌に砲撃されてたオカマだろ?」
最初、魔物かと思った。耳たぶに輪っかを通し、腕に意味不明の模様が入っている。下級のゴブリンによくある特徴だ。
実はただの通りすがりで、よく顔を見ると人間だったが、この世界における下級な種族であることは間違いないだろうと姫くんは思う。
無視するつもりだったが、痛い所を突いてきた。
「ケツの穴で商売して朝帰りか? なあ、オレらにも使わせてくれよ。アンタくらいキレイなら、男でも全然イケるわ。なあ?」
もう一人の男に同意を求めると、その男もニヤニヤ笑いながら頷いた。この男に至っては、まるで牛の様な鼻輪までしている。
男の予想は的外れでもなかったので、言葉を返す事もなく場所を移動しようとすると、いきなり姫くんの髪の毛を鷲掴みにしてきた。
「おいゴラッ! 何逃げてんだよ!」
男は二人とも、姫くんより頭一つ大きい。また、姫くんの身体は年齢からすると華奢で、成長期に十分な栄養が与えられなかった可能性が高いと、ホテルで自分の裸を見た時から思っていた。
それでも、この二人の立ち振舞いは戦闘訓練を受けている者のそれではなく、肉体の強度に関わらず、簡単に制圧できると考えた。
何と言っても、前の世界では数知れない魔物と渡り合ってきた、勇者ヘイゼルとしての経験があった。
とはいうものの、周囲にはイカツイ男達に一方的にいたぶられている様に見えたのだろう、少女たちの一人が声を上げる。
「ヤメて! 姫くんに乱暴しないで!」
鼻輪の男が、ヘラヘラ笑いながらその少女に近付く。
「なんだあ? こんなオカマ野郎に、まだファンがいたのか」
髪を掴んでいる男の視線が少女の方を向いた。
すかさず姫くんは、自分の頭の上に男の手を両手で固定すると、身体を急速に左回転させながら男の脇の下をくぐった。
それだけで、男の肩、肘、手首の関節は完全に逆に決まり、姫くんはドア横のコーナーに男を押し付ける。
「アタタタッ! テメエ、何しやがる!」
この状態でもまだ抵抗しようとするので、男の膝関節を後ろから踏み付けた。体勢がガクンと低くなり、逆関節が更に絞られる。
ゴリゴリと男の肩が悲鳴を上げた。後一センチ絞れば関節が外れる、そんなギリギリの状態で止めた。
「折れる……マジ折れる……」
姫くんは、男の手を頭上から下げる。肩の逆関節が少し緩くなった。
「先に手を出したのはオマエだ。この国の定めでは、腕を折ったところで私の正当防衛が成立すると思うが、違うか?」
呆気に取られて見ていた鼻輪の男が、慌てて姫くんに向かって行く。
「オイ! やめろ、コノヤロ……」
だが、姫くんが睨み付けると、その眼力に足が止まる。
「覚悟はあるな?」
睨み付けたまま、鼻輪の男に尋ねた。
「え?」
「腕を失うくらいの覚悟は持って、闘いを挑んでいるのだろ?」
再び、関節を決めている男の腕を絞め上げる。
「イタイ! イタイ! イタイ!」
恥も外聞もなく、男は泣き叫んだ。
鼻輪の男は、泣き叫ぶ男を気遣いながら言った。
「わかった! わかったから、そいつを離してくれ」
「離してくれ? 違うだろ。人に謝る時は何と言うんだ?」
すると、泣き叫んでいる男が先に謝った。
「ゴメンなさい! お願いです、離してください!」
姫くんは、鼻輪の男に言った。
「お前は?」
鼻輪の男は、顔を引きつらせながら愛想笑いする。
「すんません、オレが悪かったっス」
「私にではない。そのコにだ」
後ろを向くと、男は少女たちに向けてペコリと頭を下げた。
「さーせん。失礼したっス」
姫くんは関節を決めていた手を離し、膝の裏を踏み付けていた足を上げた。
肩の痛みに顔をしかめた男はヨロヨロと立ち上がろうとするが、膝の裏を踏まれた拍子に足首も痛めたようで、思うように立ち上がれない。鼻輪の男が肩を貸して立たせた。
立ち去ろうとする二人に、後ろから声をかける。
「おい」
ビクッとして立ち止まり、恐る恐ると姫くんを振り返る二人。
「肩は冷やした方がいいぞ。足首も痛むようなら冷やせ」
この世界に治癒魔法は存在しない筈だ。精一杯のアドバイスだった。
再びペコリと頭を下げて歩いて行く二人組。
根は悪くない若者なのだろう、前の世界における魔物の様な悪質さは感じない。
隣の車両に移る前に次の駅に到着したので、そのまま電車を降りて行った。
姫くんは、少女たちに近付く。
「不愉快な思いをさせてしまった。巻き込んでしまい、申し訳ない」
呆然としている少女たちは、金魚の様に口をパクパクと動かすばかりだ。
気付くと、車両中の誰もが姫くんに注目していた。
「すごい……」
「何あれ、ドッキリでしょ? どっかにカメラない?」
「姫くん、テレビと全然違う。ホントは男らしくて強いんだ」
「やらせだろ、やらせ。人気回復に必死だよ」
耐え難い居心地の悪さを感じた姫くんは、目的前の駅で電車を降りてしまった。
勇者は男娼と入れ替わる @neko-no-ana @neko-no-ana
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