第4話 男娼姫くんの転生2

「しかし、やっぱヘイゼルは凄いぜ。蘇ってすぐに、あんな特大の火炎球をブッ放せるんだからよ」

 キズだらけの男は上機嫌だ。

 丸顔の女は、自分の手の平から照射される青い光を姫くん……いや、ヘイゼルのやけどによりただれた部分に当てている。

「本当ね。でも、あの時ヘイゼルの手が上を向いていて良かった。もし正面を向いてたら、人類史上最悪の大惨事になってたわ」

 二人は笑い話とケラケラ笑っていたが、ヘイゼルは一人青くなっていた。手の平が上を向いていたのは、全くの偶然だったからだ。

「ミーメの前髪、結構焦げちまったな」

「髪の毛で良かったわよ。カイザーのおでこ、やけどで赤くなってるわ。髪が無いと、こんな時大変ね」

「違いねぇ」

「ちょっと待ってね。ヘイゼルが終わったら、あなたも治療してあげるから」

 ヘイゼルは、申し訳なさで一杯になる。

 バルコニーにいた者は全員、大なり小なりヘイゼルの放った炎の被害を受けた。

 国王もヒゲが焦げ、王妃は顔を覆うレースに火が付き、従者が慌てて消し止めた。

 無理もない。一瞬とはいえ、魔王を倒したほどの火炎球が頭上に浮かんだのである。

 だが、それで苦情を漏らす者などいない。勇者の力は健在であると証明されたからだ。

 そしてそれは、新たな脅威からも人類を守ってくれる筈のものだ。

「どう? 痛みは取れた?」

 先程まで焼きただれていた部分が、もうカサブタになっている。

「はい、だいぶいいです」

「良かった。で、私たちのことは思い出したかしら?」

「ええ、ミーメさん。そしてカイザーさん」

「ヤダ、さん付けはやめてよ」

「すみません。でも、お二人ともボクの記憶と少し違っていて」

 肉体は勇者で間違いない。だが、魂は何かの手違いで転生した卑しい男娼だ。

 この事実を伝えたところで、とても信じてもらえる状況ではなかったので、今はそう言うしかなかったし、それもまた事実だった。

 カイザーがしみじみと言った。

「無理もねぇ、アレから一〇年も経ったんだ。俺らも歳をとった。ミーメの目元にはシワが、俺の頭には白髪が増えたし」

 ミーメが笑う。

「フフフ。私のシワはともかく、カイザーの頭には最初から毛なんて無いでしょ」

「ハハハ、そうだった。だが、ヘイゼルはあの日のままだ。しかも、キズ一つ無くなっての復活だ。まあ、早速手の平にやけどの跡がついたがな」

 言っている内にカサブタも落ち、跡は残ったが、もう痛みも痺れも全く無い。

 アニメやゲームでおなじみの治癒魔法だが、実際はあれほど完璧なものではなく、人の自然治癒力を加速させる魔法なのだろう。

「さあ、終わりよ。だけど気を付けてね。ヘイゼルの攻撃魔法は桁違いなんだから。ヘタすると、自分の腕が吹き飛んじゃうわ」

「ありがとうございました。手を挙げる時は気を付けます」

 ミーメは笑いながら、次はカイザーの額に青い光を照射する。

「でもヘイゼルの言葉使い、なんか調子狂っちゃうわね」

 カイザーは頭を動かさないように、目だけミームを見て言った。

「まだ蘇ったばかりだ。しかもいきなり一〇年後にだぞ。焦んなよ、そのうち馴染むさ」

「うん、そうよね」

 カイザーへの照射は短時間で終わった。やけどが軽かったので、跡形もなく治った。

「さてとだ。ヘイゼルには説明すべき事が沢山ある。長い話だ。まあ、お茶でも飲みながら、ゆっくり聞いてくれ」

 侍女が丸テーブルの上に、三人分のお茶を置いてくれた。そして、クッキー状のお菓子。

 ミーメは、そのお菓子を遠慮無しに口に入れる。

 ヘイゼルも一口お茶を飲んでみる。ジャスミンティーに近い味がした。

「最初に一つ聞いていいですか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「ここは王宮ですか?」

「そうだ。オレ達は魔王を倒して凱旋したあと、国王より宮殿に住まう権利を頂いたんだ。オレは今でもここに住んでいるが、ミーメは……その、結婚してここを出ている」

「ミーメさんが結婚……」

 何気無く言った言葉だった。当然ながら、今のヘイゼルにミーメに対する恋愛感情は全くない。

 だが、カイザーとミーメの目には、ヘイゼルが大変なショックを受けている様に映った。

 カイザーなど、これ以上は辛くて言えないといった様子だ。

「ほら、ミーメ、後は自分で言えよ。早いうちに伝えた方がいいって」

 ミーメの瞳が涙で膨らんでいる。

「ごめんなさい、ヘイゼル。あなたが蘇るなんて誰も思ってなくて、寂しくて不安ばかり積もって……私、目の前にあった幸せにしがみついてしまったの……」

 ポロリと涙が溢れた。

 それを見たカイザーが、悲壮な面持ちで言った。

「ヘイゼル、俺からも頼む。ミーメを許してやってくれ。旦那は腕のいい大工でな、オレらも、この結婚に賛成したんだよ。女が子供を産める時間は短い。ミーメだって、その時期を逃すわけにはいかなかったんだ」

 ヘイゼルは目を閉じ、勇者の過去の記憶をあさる。その時の感情まではわからないが、過去の出来事を主観的に見る事はできた。

 なるほど、ミーメの笑顔の記憶ばかりがやたら多い。

 指先が触れ合うだけで頬を染める二人が見える。ラブコメかよと、微笑ましく思う。

 勇者と巫女は、プラトニックな愛情を育んでいたらしい。

 きっと、本人達を含めた国民の誰もが、人類を守った勇者と巫女が結ばれることを望んでいたのだろう。

 だが、正直なところ、ヘイゼルは胸を撫で下ろしていた。

 魂は男娼の姫くんである。根っからのゲイだ。

 だが、国中が二人の結婚を望んでいれば、それを拒むほどの勇気は持ち合わせていない。勇者に転生しても、性根は小心者の姫くんのままである。

 ヘイゼルは目を開けると、二人に言った。

「許すも許さないもありません……ミーメさんの幸せがボクの幸せです。それに、一〇年も女性を待たせたボクが一番悪いんです」

 言葉を選んで話すヘイゼルは、二人には気丈に悲しみに耐えているように見えた。

「ヘイゼル……オマエって奴は、やっぱり男の中の男だぜ」

「大袈裟ですよ。それより、カイザーさんの方はどうなんですか?」

「結婚か? うん……実はな、エランドの村で、両親を魔物に食われた姉弟を憶えているか?」

 ヘイゼルは目を閉じ、エランドの村、両親を魔物に食べられた姉弟、というキーワードを思い浮かべる。

「ええ、思い出しました。魔物の標的になっているらしいという話を聞きましたが、魔王城への最短ルートから外れるので、カイザーさんが見捨てるしかないと言った村ですよね」

「そうだ。結局、ヘイゼルの意見が通って助けに行くが、俺がダダをこねずに最初から行けば、両親を失わずに済んだかもしれないあの姉弟だよ」

「はい。でも仕方のない事です。ボク達は勇者や戦士であっても、神様ではありませんから」

「お前は本当に優しいな。だけど、俺はやっぱり責任を感じてな、あの姉弟を引き取ったんだよ。孤児にするには、あまりにも忍びなかった」

「へえ。カイザーさん、いきなりお父さんになったんですね」

 ミーメが口を挟んだ。

「それがね、それから……」

 カイザーが慌てふためく。

「ミーメ、やめてくれ。自分で言うから……それでまあ、俺の子供として二人を引き取った訳だが、それから五年後に姉の方がなぁ……今度は俺の女房になると言い出して……」

「ええっ! そんなマンガみたいな展開」

「マンガ?」

「いえ、何でも。それで、どうなったんですか?」

「どうって……まあ、そういう事だよ」

 カイザーが照れるので、ミーメが補足した。

「それから毎年赤ちゃんこさえてね、今じゃ子宝が五人よ。どんだけ奥さんを愛しているのやら……」

「うるせぇ!」

 カイザーの頭がゆでダコの様に真っ赤になった

 ヘイゼルは少し残念だった。実はエスっ気があり、前の世界ではカイザーの様にゴツくて怖い感じの男に、おもちゃの様に乱暴に抱かれるのが好きだったからだ。

 しかし、カイザーが奥さん一筋で、自分もカイザー並みのゴツさとなった今では、ヘイゼルの願望が叶う可能性は一抹もない。

「だから、俺たちばかり幸せになって、ヘイゼルには本当に申し訳ないと思っているんだ。しかも、安らかな眠りにつかせもせず、万物の理を破って、無理矢理生き返らせてしまった……」

 カイザーとミーメは、深々と頭を下げた。

「やめてくださいよ。ボクとしては生き返れて感謝していますから」

 ヘイゼルの言葉で、ようやく二人は頭を上げる。

「ヘイゼルったら、相変わらずのお人好しね」

 ミーメの瞳が、また涙で膨らんだ。

 大きく深呼吸して、カイザーが言った。

「じゃあ、説明するな。勇者ヘイゼルは、どうやって復活したのか、なぜ復活せねばならなかったのか……」

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