一緒に空を見よう

一色姫凛

第1話

「見て、たくちゃん! 飛行機だよ!」


 大きく揺れるブランコに乗りながら、濃青色の空をゆっくりと横切っていく小さな機体を見つけて、優香ゆうかは目を輝かせる。



「エンブラエル 170だ! あれカッコいいよなあ!」

「飛行機の名前なんて分からないよ。たくちゃん良く知ってるね!」

「前に父さんに空港に連れて行ってもらったんだ。あれは機体の色が沢山あって、勢ぞろいしてるとヒーロー戦隊みたいでカッコいいんだ」


 隣のブランコに乗り優香と交互に揺れる少年、拓真たくまも優香同様に目を輝かせて空を見上げた。


 二人は互いに小学校三年生。家が隣同士で親同士も仲が良く、幼い頃から何をするにもずっと一緒だ。



「優香はキャビンアテンダントっていうのになるんでしょ?」

「うん! 真美まみお姉さんがそうでしょ。すっごく綺麗で英語も話せるし憧れるんだあ」


 優香は近所のお姉さんを思い出してうっとりと語る。自分も大人になったら、あんな素敵な女性になれるだろうか。真美お姉さんは仕事から帰って来るたび、いつもお土産を渡しに来てくれる。優香はそれをとても心待ちにしていた。


 お土産が欲しいのはもちろんだけど、お姉さんの土産話が何よりの楽しみだったのだ。


 飛行機から見た空の景色や外国の風景。眼下に広がる見事なグラデーションを描いた大海原。外国の生活模様。聞けば聞くだけ心が躍る。自分も見てみたい、行ってみたい。その思いは日増しに強くなるばかりだ。


「俺はパイロットになりたい!」

「飛行機を操縦する人だよね。あんな大きな飛行機を操縦できるなんて凄いなあ」

「ただ乗るだけなんてつまんないじゃん」

「そうかなあ。なれるといいね、パイロット!」

「なるよ。それで優香を乗せてあげる!」


 二人はブランコを降りると、屈託のない笑顔で指切りを交わした。


「約束ね、たくちゃん。絶対乗せてね!」

「うん、約束!」


 だけどそれから数日後。拓真の父親の転勤が決まり、引っ越しの時が訪れる。両親から話を聞いた二人は別れの日まで毎日のように泣き続けた。そして当日、互いに目を真っ赤にして堪えるように口を一文字に結び、向かい立った。


「……ううっ、うわあああああん」

「泣かないでよ優香……うっううっ、うわあああん」


 互いの両親が笑顔で別れを交わす中、二人は堰を切ったように泣き出した。


「一緒に飛行機に乗るって約束したのに~っ!」

「ぐずっ……乗るよっ約束だもん!」

「だっていなくなっちゃうじゃない……」

「大丈夫。大人になったらきっとまた会える。絶対、パイロットになって優香を迎えに行くから!」

「……ほんと?」

「約束する!」


 頬に涙を伝わせながら、拓真は力強くうなずいた。優香もまた歯を食いしばって涙を堪える。約束したんだ、二人で空を飛ぶと。

 大丈夫、きっとできる。


「二人で一緒に空を見ようね」

「うん」

「約束だよ」

「約束」


 泣き顔で二度目の指切りを交わし、二人は別れを告げた。今は離れ離れになってもきっと、大人になったら会えるはずだ。その時は優香はキャビンアテンダントに。拓真はパイロットになっているのだ。約束を果たすために!


 その想いは別々の場所でどれほど長い月日を過ごそうとも、二人の心から消えることはなかった。


 二人は時折スマホで連絡を取り合いながら、専門学校、大学へと歩みを進める。


 描いた夢を先に手につかんだのは優香だった。憧れのお姉さんが勤めていた航空会社に見事就職し、国内線に配属されて追われるような日々を送り始める。


 さらに数年後、優香は夢に見た国際線に配属された。


 その初フライトの日。


 真新しい機長の制服を身につけて、目の前に現れた人物を目にして優香は涙を浮かべる。パイロット帽を脱いで優香の頭に被せた拓真は、あの頃と変わらない笑顔を向けた。


「さあ、一緒に空を見よう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一緒に空を見よう 一色姫凛 @daimann08080628

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ