最後に伝えられなかったから。

香涼宮音

第1話

会いたい。

ある一言、たった一言でいい。

ずっと側に居てくれた、貴方に。その一言を伝えたいのだ。

一言で自分の気持ちは伝わるのだから。

前に伝えたくても、いつも側に居るのが当たり前で、別に次があると過信し、会えなくなってから伝えなかったことを後悔した、あの言葉を。

「愛してる。」

その一言を私は伝えるために一瞬だけでも貴方に会いたいのだ。

そう考えるよりも先に貴方がいるかもしれない詰所へ駆け出す。

本音を言うなら、貴方に会えればそれでいいわけが無い。

本当は、「今までなにしてたか聞かせてよ。」とか、「私は仕事が多くて大変だったけれど楽しかった。」とか、当たり障りのない会話をしたい。

それに私は貴方が好きだとも伝えたい。生まれたときからずっと一緒で、二人の両親が事故で居なくなったときも、どんなに喧嘩したときもずっと一緒にいたから気付くことが遅れたけれど、離れていたときに気付いたと。

今さらかもしれないが、この気持ちを伝えたい。もし言ってみるなら、


「貴方が好きなの、何があってもずっと側に居てくれた貴方が。貴方と離れて初めて気づいた。私には貴方が必要だって。貴方は私の笑顔の源なの。私はまた貴方と離れたくない。私と一緒にいて欲しい。」


私自身、こんなロマンチックな台詞を言うタイプでもないが、これを言えば、

貴方はどんな表情を見せてくれるのだろうと少し期待し、胸が高鳴る。

戸惑いか、羞恥、喜び、それとも悲しみだろうか。

また、その返答がどんなものだとしても受け入れるつもりだ。

もし、その事を伝えれない状態、死んでしまったのならば、その望みは叶わない。

そんな最悪の事態は考えたくないが。私は貴方と、会えることを信じている。

それでも足を止めてはいけないと私はずっと走り、走り、走り続ける。

息が切れても少し息を整えてまた走り出す。しばらく走って、ついに。

きっと貴方がいるはずの詰所に着いた。周辺の兵の人に名簿を借り、名前を探す。

しかし、兵の名簿には貴方の名前は無い。最悪の事態を思い浮かべ、近くにいる兵の方に聞いた。兵曰く、勇敢に立ち向かい、儚く散った者達は、犠牲者を少なく見せるために、親族がいないものは名前が消され、存在が無かったことになるという。

そう、名前が無いということは、私の望みは叶わなかったのだ。

叶わなかったではない、これからも、もう一生叶わないのだ。また別の兵曰く、俺はその人に助けられて、また、一般人を逃がして敵に勇敢に立ち向かい、敵と道連れで崖から落ちて散ったと聞いた。そんな正義感の強い貴方が側にいてくれたことを私は誇らしく思う。しかし、私の望みは生きたうちでは叶わない。ただ、貴方と同じように散れば―――。私は貴方のためなら、命だって散らせるし、崖からだって落ちてみせる。もしかすれば貴方と同じように命を散らすことで、海で混ざり、貴方と会えるのではないか、狂気じみた考えではあるが、貴方という存在を無くし、生きる希望を失った私にとっては、とても嬉しい、考え方だ。

私はすこし遠目の崖へと馬車で向かう。崖に着くと、黄金色の夕日が海に反射して、きらめいていた。夕陽は優しく私を見守っているのだろうか、夕陽が私を包み、貴方の元へと向かわせてくれるようだった。「生きていては叶わなかったけど、わたしも散らせた先で、また貴方と一緒に居られることを願っています。どうか、また後で。」そんなことを誰も居ない架空を向いて言った。しかし彼女の目にはしっかりと彼の姿があった。言い終わるとまるで、空へ飛んでいくかのようにとても嬉しそうに微笑んで、落ちて海と混ざった。



例えそれが、傍から見ればバッドエンドでも、

彼らにとってはハッピーエンドかもしれない。

彼女が、彼と会えたのか、伝えたいことを伝えれたかは命を散らしたことの無いものにとって分かるすべは無いのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後に伝えられなかったから。 香涼宮音 @tokageduti1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る