第二幕 黄金の舞台で踊りましょ

SE:波の音

男:海が綺麗ですね。

男:海がっ!綺麗ですね!

男:海が…綺麗、ですね…。

男「今日も、海が綺麗です」

男:今日とて僕はあなたに溺れているのです(心中台詞のため音量小さめに)


男:誰もいなくなった二人だけの夜の海。陽の光が落ちて、柔い月の明りだけが僕ら二人を灯している。古くなって歩くたびに軋む桟橋の上で今夜も彼女は“何か”を待っている。

SE:波の音


SE:波の音

SE:オルゴールのねじ巻き音後、BGM開始

※場面変更

男「…こんばんは」

男:桟橋の上に置かれた小さな丸椅子に腰かけて沖から岸へ寄り返す波のさざめきを聴いていた。

女「やあ、また来たんだね。こんばんは」

男:潮風が彼女の艶やかな黒髪を攫い、風に弄ばれて乱れた髪を整えながら言う。“また”来たんだね。と。

男「今夜は来そうですか」

女「いいや、今夜はまだ」

男「いつになったら来るんです?」

男:あなたが待ち望んでいる“何か”は一体いつになれば現れるのでしょう。

女「いつ、か。それは“まだ”。それに詳細は分からないから未来は楽しいんじゃないか」

男:そう昨日と同じ返答をして、彼女は今夜も月が降る夜を過ごしていく。


※場面変更-桟橋近くの女の家

SE:裸足で歩く音(小さめ)・水が滴る音

女「黄金色に輝く君の瞳が好きだと彼は言った」

女:風呂上がり、タオルで拭いてもまだ乾ききらず濡れ烏のような色を帯びた髪を無造作に結び。通りかかった窓辺に映る自分の顔に足を止めた。

女:陽の光に当たれば美しい黄金色、けれど暗がりではまるで猫のように妖しく光るこの目が私は昔から嫌いだった。

女:…私は。窓に映る黄金の目をそっと手のひらで覆い隠した。


※場面変更

SE:ドアをノックする音

男「ねえ、今夜はどこかに出かけませんか」

女「今夜?」

男「そう今夜です。いかがです?」

男:あの桟橋に毎夜ただ佇んでいるのは飽きるでしょう?

女「今夜は先約があるんだ。申し訳ないね」

男「先約?僕以外にあなたに逢いに来る人がいるんですか…?」

女「キミ、結構な失礼を口にしていることは気付いているかい?」

男「え。だって僕があなたの元に通い始めてから人っ子一人出会ったことありませんよ!」

女「そうだったかな…まあ、とりあえず今夜は先約があるんだ」

男:申し訳ないね、と言いながら全然申し訳なさそうな顔などしない彼女は僕の目の前で静かに扉を閉めた。

SE:ドアを閉める音


男「…先約があるって言ってませんでしたっけ?」

SE:波の音

女「おや。先約があると言っておいたにも関わらず来たのかい。そういうのって、今時ストーカー予備軍とかなんとか言うんじゃないかい?」

男「そんなことより先約なんてなかったんじゃないですか!ひどいです」

男:歩くたびに軋む桟橋の上、降り注ぐ月の下で彼女は肩を竦めながら呆れたように僕を眺めた。

女「ひどいかどうかは知らないが彼にとっちゃあキミの方がひどいかもしれないよ」

男:彼女の視線を辿った先には小さな黒い塊がひとつ。僕を見上げて鳴いている。

SE:猫の鳴き声(可愛くないもの)

女「邪魔なんだってさ、そこに居られると私のとこまで来れないから。この狭い桟橋で湿っていない箇所を探して歩くのは大変なんだと。分かったらさっさとどいてやってくれ」

男:彼女の言葉に慌てて足を退けるとその黒い塊は僕の足を踏みつけながら足早に彼女の元へ駆けて行ってその膝に飛び乗った。

男「汚れませんか、そんな所に座って」

男:汚れませんか、そんなものを膝に乗せて。(心中の声のため音量小さめ、前台詞に被せる様に。)

女「こんな寂れた場所でなにをやったって汚れちまうものさ」

男「せめて桟橋の上に椅子を置いたらいかがです?」

女「その椅子はいちいち家に持って帰らなきゃいけないのかい?面倒だよ、却下」

男「じゃあ、せめて直座りじゃなくて、ハンカチを敷きましょうよ」

女「ハンカチなんて二枚しか持っていないし、今日は持って来ていない」

男:ああだこうだと言い合っていれば彼女は不思議そうに首を傾げて。

女「どうしたんだい今日は。いつもの数倍噛み付いてくるじゃないか」

男:膝に乗せた黒い塊とじゃれ合いながら聞いてくる。だって…

男「だって、せっかく勇気を出してデートにお誘いしたのに。あなたは僕じゃなくてそんな黒くて汚いなにかに夢中なんですもの。その黒いなにかがあなたがずっと待ち焦がれていた“なにか”なんですか?」

男:彼女は黄金色の瞳をまん丸にした後、スッと猫みたいに目を細めて視線を落とした。長い睫毛が月光色に染まる。

女「それは、悪かったね。まさかデートのお誘いだなんて思いもしていなかった。…し、まさかこの子が何かも見えていなかったなんて」

男:彼女は黒い塊を撫でながら答える。

女「この子は昔、この桟橋の近くで暮らしていた野良猫の仔さ。未熟児で生まれて乳飲み子時代は私と共に暮らしてた数少ない友人なんだ。最近になって独り立ちして週に一度こうやって報告会を開いているのさ」

男「…ねこ」(SE:猫の鳴き声)

女「そう黒猫。ふさふさの毛並みに金の瞳。私によく似ているだろう?」

男:薄汚れた真っ黒い塊は、いつしか彼女の言葉で呪いが解けたように、きちんと猫の姿に見えていた。

女「痛っ…悪かったって、仔猫扱いしたことは謝るよ。だからその爪を引っ込めてくれないか。痛いんだ…」

男:爪を引っ掛けられて痛がる彼女は普段見る彼女よりずっと幼く見えた。

男「あなたはおいくつなんですか」

女「女性に年齢を聞くなんて、失礼だよキミ」

男「あなたは何色が好きなんですか」

女「どうしたんだい、急に質問責めじゃないか」

男:僕は気付いてしまったんです。

男「…あなたのことをなんにも知らないなと思って」


※場面変更

SE:波の音

女:…陽が落ち、月が昇る。波のさざめきと微かに聴こえる黒猫の鳴き声。

女「今日も違ったみたい」

女:月明かりが桟橋に長い影を生み、私は独り瞼を閉じて肩を落とした。

男「こんばんは」

女「やあ、こんばんは」

男「今夜も来ませんでしたか」

女「ああ、多分今夜も来ないだろうね」

男「あなたがそんなに待ち続ける“なにか”は一体何なんですか」

女:いつものようにこの狭い桟橋の上で私に逢いに来る彼は衣服が汚れるのも構わず私の隣に座る。

女「服が汚れるぞ」

男「いいんです、あなたの近くに寄れるなら」

女「あんなに直座りを嫌っていたのに」

男「嫌っていたわけではありません。あなたが汚れるのが嫌だっただけです」

男「…どうして、あなたはこの場所を選んだのです?」

女「…私が選んだ訳じゃない。彼が、彼が言ったんだ」

男「あなたが待ち続けている“なにか”は人なんですね」

男:それも僕じゃない他所の男。

女「彼が言ったんだ。この桟橋に、黄金色の刻が訪れたらまた会いましょう。と。私のこの瞳と同じ黄金に」

男:黄金色に輝くあなたの瞳が好きなのは、僕、なのに。

男「あなたはその男の訪れを毎夜焦がれているのですね」

男:震える声でそう呟けば彼女はうっすら笑みを浮かべて小さく頷いた。


※場面変更

BGM:静かなもの 又は 弾き語り開始

男「今夜は僕と踊ってくれませんか」

男:動くたび軋む狭い桟橋の上でそっと手を差し出した。

女「踊る?こんな狭い桟橋で?」

男「そう、こんな狭い桟橋の上で」

男:気でも狂ったのかと問いかけたそうな顔をしつつも彼女は僕の手を取り、左手を僕の肩に載せた。初めて握った手は少し冷たくて。

SE:靴の音 又は 衣服が擦れる音

男「まるで月明かりのステージみたいですね」

男:こんなに恋焦がれた黄金色がすぐそばに。

女「今夜のキミはロマンチストなんだな」

男「僕はいつだってロマンチストですよ」

男:あなたの気を惹くのに必死なんです。

男:くるりくるりとステップを踏んで束の間の幸せに眩暈がしそうだ。他の男に焦がれる彼女を独占したような錯覚に。

男「黄金色に輝くあなたの瞳が好きです」

男:彼女が足を止めた。ふわり舞っていたスカートが萎む。驚いたように目をしばたたかせて。

男「あなたのことが、」

男:言い切る前に彼女は僕の口元に人差し指を添えて黄金の瞳を細めて微笑んだ。

女「今夜も月が綺麗ですね」

SE:魔法がかかる音(シャララ…等)

女:いつしか、月明かりのステージは黄金色に染まって…。

男:これが桟橋の魔女と呼ばれる彼女と平々凡々な僕の、恋物語の幕開けだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

《声劇台本》黄金シリーズ 和泉 ルイ @rui0401

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ