《声劇台本》黄金シリーズ

和泉 ルイ

第一幕 黄金色の約束

SE:オルゴールのネジを巻く音から波音

女「この雲の上では、きっと星も綺麗なのでしょうね」

女:貴方に逢えない寂しさを映すように、分厚い雲から白く細い雨が窓を叩いている。

女「今夜は、会えるかしら…」

女:膝の上で寝息を立てる仔猫の柔い背を撫でながら呟いた。


※場面変更

SE:波音

女:窓辺から差し込む月光に照らされた木製の小さなテーブル。そこに並べられたシーグラスを指で摘まめば、テーブルにカラフルが落ちる。色に染まった舞台で指人形を躍らせて。

女「独りで、何してるんだか」

女:零れた言の葉は吐息に紛れて落ちていく。窓の外はひとけのない真っ暗な海が広がっている。飛び込めばその暗闇に溶け込んで帰って来れなくなりそうだ。

女「…いってきます」

女:誰もいない寂れた家に声が小さく反響して消えた。


※場面変更

SE:波音

男:その桟橋には魔女が住んでいる、と言われていた。

男「おっと、綺麗なシーグラス。あの人に持って帰ってあげましょうかね」

男:足元で踏みかけた黄色のシーグラス。月に掲げればそこから黄金が降りてくる。…まるで彼女の瞳のようなそれを大事に懐に忍ばせて。

SE:砂浜を歩く音

男:誰もいない砂浜は酷く寂しい色をしていた。二人でよく見る夜の海はいつだって柔らかな金銀の波で埋め尽くされていたのに、今夜の海はただただ静かに夜空を映している。彼女がいないというだけでこんなにもこの世界は色を失くして見えるのか、と大切な彼女の声が、温もりがとても恋しくなった。

男「おや…あれは」(何かを見つける)

(間)

女:いつもと変わらぬ海を眺めながら独り砂浜を歩いていた。

女「おばあさまは云っていたわ。どんなに変わらぬ景色でも毎日観察しなさい、と」

女:どうせ毎日変わらないとしても見続けていることで小さな変化に気付きやすくなる。月や星を詠み続けなさい、そうすることでいつしか貴女は“貴女の”運命を引き当てる。

女「運命、だなんて」

女:月はいつもと同じ顔色で独りぼっちの私を見ている。何も変わらない日々、今夜もきっといつもと同じ…。

男「ちょっ!そんなとこ登らないで!」

女:誰もいない筈の桟橋の近くで若い男の声がした。

男「わっ!ほんとに駄目なんだって!お気に入りのシャツが破けるって」

女:慌てた男は暗がりの中でもぞもぞと動いている。

男「すみません、そんな樽の影から眺めてないで助けていただけませんか!?」

女:男の大きな声に思わず肩が跳ねる。

男「突然すみません、でもコイツ言う事きかなくて!」

女:恐る恐る男に近付いてみれば男の背に黒くて小さな何かが張り付いている。

女「黒猫…?」

女:男の背には小さな黒い塊…ぽやぽやとした毛の黒い仔猫。

女「…こちらへ。そんなところより私の傍が暖かいわ」

女:そう声を掛ければ仔猫は顔だけこちらへ向けてなんだか困った顔をしているように見えた。

男「あの、どうなってますかね」

女「爪?爪が引っ掛かっているのね。少し待っていて…」

女:仔猫の爪を一つずつ外しながら男を観察する。仕立ての良い服にきちんと整えられた髪。ぼさぼさの私とは大違い…。

男「取れましたかね…?」

女:男にそう尋ねられ慌てて手元を見る。手の中には遊んでもらってすっかりご機嫌な仔猫。

女「え、あ、はい…」

男「助けてくださってありがとうございます」

女:男は満面の笑みでそう言ったあと、私の顔をまじまじと眺めて…

女「なに、か?」

男「いえいえ、“過去の”お姉さんはこんな感じなんだなって」

女:男はなぜか嬉しそうに、微笑ましそうによく分からないことを言ってのけた。

男「ははっ、その顔っ(笑い声)そっくりだ」

女:怪訝な顔をした私を見て大笑いする男。なんだこの失礼な人間は。

男「ふふっ、すみません、つい、ふふ」

女「結構失礼ですよ、貴方。気付いてます?」

男「すみません、悪気はないんです」

女:悪気なんてあってたまるかと眉間に皺を寄せれば、男は。

男「この頃から貴女はその表情をするんですね」

女:という。この失礼千万な男との出会いが、祖母が云っていた運命に変化するだなんて、この時の私は知る由もなかった。


※場面変更

SE:波音

女「何かご用?」

女:波の音が聴こえる寂れた桟橋に直座りして月を眺めている男に話しかけた。

男「待ってるんです」

女「何を?」

男「内緒です。貴女はどうして此処へ?」

女「私はここで仕事があるもの」

女:いつもと同じように見上げた夜空で月は物静かに私たちを照らしている。

男「仕事?」

女「そう、仕事」

男「ふうん、貴女はその仕事をあまりお好きではないようですね」

女「そんなこと…」

女:ない、と即答はできなかった。毎晩毎晩夜空を見上げても、星も月も…私には何も教えてくれず。代り映えのない日々に少し、嫌気を差していたから。

男「じゃあ、少し僕と遊んでみませんか」

女「そんな時間があるのなら、帰った方がいいと思う…私といると外聞が悪いから」

女:男は不思議そうに首を傾げ、はたと気付いたように笑った。

男「貴女が“桟橋の魔女”と呼ばれているからですか?」

女「…そう、知っているなら帰って頂戴」

男「嫌です、と言ったら?」

女「貴方に得はないでしょう?」

男「貴女と居る方が僕にとって得なんですよ」

女:だから僕と遊びましょう?とあどけない笑みを浮かべて私に手を差し出す。…この手を握れば、このつまらない日々に何か変化が起きるだろうか。


※場面変更

女:あの夜以来、桟橋には彼が訪れるようになった。月明かりが灯す静かな世界で二人きり。裸足で月白の砂浜を駆けたり、綺麗なシーグラスを拾ってみたり、下手くそな絵を描いてクイズをしたり。毎夜、子供騙しみたいな遊びで声が枯れるまで笑って。

女「疲れた…」

男「あれ、もう限界ですか?体力が無さ過ぎやしませんかね」

女「貴方の若さが羨ましいわ」

女:砂浜に雪崩込むように寝転んで見上げた夜空はキラキラと輝いている。

女「なんて綺麗な夜空かしら」

男「本当、此処から見える空はいつだって綺麗ですね」

女「ねぇ貴方は、私以外の私と会ったことがあるの?」

女:出会ったころから度々、私越しに誰かを透かして見ている気がして、そんなことを問いかけた。横目で見た彼は背に爪が引っ掛かって取れないあの時の仔猫と同じ、困った表情をしている。

男「内緒、としたいところですがそうですね、ヒントをあげましょう」

女「ヒントより解答が欲しいんだけど」

男「すぐに答えを求めるのは貴女の悪い癖ですよ」

女「癖を当てられる程、まだ貴方と会話していないと思うんだけど」

女:彼はあのあどけない笑みを浮かべて星を指さした。

男「あの輝きを覚えておいてください」

女「輝き?」

男「ええ、あの星の輝きです。いつか僕と貴女があの星の下である誓いを立てるのです」

女「なんの誓い?」

男「それは今はまだ、内緒です」

女:波のさざめきと彼の温かな声が重なり、心地よい音の連なりとなって鼓膜を揺らす。

女「いつか、私にも解る時がくる?」

男「ええ、必ず」

女:彼はまた黙って夜空を見上げた。月が優しく微笑んでいる気がした。


※場面変更

SE:波の音

女「また、会える?」

男「ええ、もちろん。約束をしましょう」

女「それは、なに?」

男「人と人とが約束を交わす際に行うものです。さあ、小指を絡めて」

女:彼に促されるまま彼の小指に自分の小指を絡める。小指から伝わる熱に全身の血が沸騰してしまいそう。

男「約束です。この桟橋に黄金色の刻が訪れたらまた会いましょう」

女:そう言って彼は潮風に溶け込んで未来へと帰っていった。

(一呼吸開けて)

SE:波の音

女:彼が来る前と同じ独りきりの海岸。満ち始めた月が雲の隙間から顔を出し、私を見下ろしている。嗚呼、

女「今夜、も。海が綺麗…です、ね……」

SE:オルゴールのネジ巻き音

SE:オルゴールの蓋を閉める音

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