日和と沙織

「ん」

柔らかい。

いつもの肌触り。


「あれ?」

私いつの間に寝てたんだろう。

ここは私の部屋だ。

何の飾り気もない寝るためだけの部屋。

それはいい。


夜道さんがいない。

いや夜道さんがいない方が普通なんだけど。

寝ている間に殺されてしまっていなかっただけでも、もしかしたら奇跡だったりするのかもしれない。

そんな風にも考えてしまう。

そんな風に考えておいてなんだけど、なんかいやだ。


夜道さんが黙っていなくなるのがいやだった。


「夜道さん!」

今は亡き義理の両親の部屋の扉を勢いよく開ける。

大きいベッドが一つ。

そこには誰もいない。

私の部屋と違って高級そうなクローゼットや本棚なんかもある。

ここにはいない。


「夜道さん!!」

今は亡き義理の兄の部屋の扉を勢いよく開ける。

高そうなベット。高そうな机。

そこには誰もいない。

ここにも夜道さんはいない。



どうせリビングで寝ているに違いない。

私はリビングのソファに向かって声をかける。

「夜道さん!!!」


夜道さんはリビングのソファにもいなかった。

わたしは置いていかれてしまったのだろうか。

確かに夜道さんがここにいなくてはいけない理由なんてない。

理由がないから置いていかれたんだろうか。


「......もっと色々話せばよかったな」


これからどうしようか。

当面の資金は、まあこの家を物色するとして。

うーん。

自分を卑下するつもりではないけれど、私は色々な知識が足りない。

...本当にこれからどうしようかな。


リビングにある時計を私はちらりと確認する。

時刻は午前11時。

疲れていた割にはあまり眠れていない。


...何か朝ごはんでも食べて、学校でも行こうかな。

あ、シャワーも浴びておこう。

私は何かあってもルーティーンを崩せないみたい。


もともと一人だったのが、ちゃんと一人になっただけ。

何もかわらない。

元に戻っただけだ。


何か食べ物あるかな。

私は冷蔵庫を開けてみる。

飲み物と使われることのなかった食材。


そんな中で冷蔵庫の中の一品に目がとまる。

目玉焼きがある。


「......こんなのあったっけ?」

目玉焼きの入った皿の下に1枚の紙がある。

なにやら文字が書かれている。


『日和ちゃんへ ちょっと出かけます。また夜には帰ります。』

かわいらしい丸文字でそれだけ書かれていた。

夜道さんは随分とかわいらしい字を書くみたいだ。

多分寝てる私を起こすのが忍びなかったんだろう。


「...ばーか」

私は形の歪な目玉焼きを頬張る。

おいしい。



「さてと」

朝食というには遅いけれど、朝食も食べたし。

シャワーも浴びたし。

...学校いこうかな。

私は制服に着替えて家を出ようとした。

何か忘れている気がする。

「あ、書置き」

もしも私より先に夜道さんが帰ってきたら心配するだろうし。

心配するよね?

...なーんか夜道さん心配してくれなさそう。


『学校いってきます 日和』

こんなんでいいかな?

別に学校に行って帰るだけだし、問題ないか。


「それじゃ行ってきます」

当然返答はない。



ボロボロの校舎。

良く言うのなら年季の入った校舎。

ところどころにひび割れがある。

勿論塗装は大方はげてきている。

生徒数はかなり多い。

この辺りの子は皆この学校だ。

恐らく今の時間帯なら午後の授業がはじまってしまっているだろう。


「遅れました」

「笹原~、まーた遅刻か」

笹原は私の苗字らしい。

私はこの苗字が大嫌いだか、そういう風に呼ばないでほしい。

といつも考えている。


くすくすと教室から笑い声が響く。

まぁ遅刻も遅刻、大遅刻なのだからそれも仕方ないだろう。


大人しく席につく。

窓際の前から二番目。


学校は私にとって避難場所。

いや避難場所というのは少し違うか。


くすくすくす

背中に消しカスが当たる感触。

まぁこういうことだ。


...なんで私、わざわざ学校来たんだろうな。


つまらない授業が終わるまで、自分の席で耐える。

それだけだ。


待ちに待ったチャイムの音。

だけどまだあと1限のこっている。


「はぁ」

憂鬱だ。

私は自分の席に突っ伏す。


「日和ぃ!大丈夫なの!?」

大きな声で、机に突っ伏している私に話しかけてくる人がいる。

これもいつものことだ。


「大丈夫ってなにが?」

「昨日学校きてなかったしさ。今日も遅かったし」

「学校サボってることなんてよくあるでしょ?今日は普通に遅刻だよ」

「日和、本当に何にもなかったの?」

「別に何もないよ。沙織は心配性だよね」

砂糖沙織は私にとっての数少ない友人といえる人物だ。

クラスメイトからはそのまんまシュガーとか呼ばれてたりする。

私と違って嫌な絡まれ方はしていない。

要するに世渡り上手というやつだ。


「日和、嘘ついてるでしょ」

「なんで~?そんなことないってば」

「質問した時に、『なんで』って質問でかえしてきたから、かな」

それでいて困ったことに勘が鋭い。

誤魔化すのは無理か。


「まあ色々あった、かな。でも全部解決したから大丈夫」

「ほんとにぃ?まぁ日和がそういうんならいいけどさ」


「困ったことがあったらちゃんと言ってね?」

私にはまぶしいくらいの笑顔。

正義感。まっすぐな子。

仮に裏があったとしても、私に対してそうするメリットもないだろう。


「ん、ありがと」

こうして沙織と話している間は、他の面倒な有象無象は私に近寄ってこない。

...本当にありがたい友人だなぁってしみじみと感じる。


チャイムの音。


「もう休み時間おわりか!日和また後でね」

「はいはい。んじゃね」


授業は相も変わらずつまらなかった。

私は消しカスを背中にためながら、ウトウトと眠りに落ちた。



「日和~おきて~!」

「沙織、どしたの」

「もう授業終わったよ?全然日和起きないんだから」

やっぱり昨日の疲れが凄いようだ。

身体も精神も疲れ切っていたのかな。

...あたりまえか。


「一緒に帰ろ?」

「準備するね」

といってもロクに教科書も持ってきてはいないので、ほとんど手ぶらだ。

沙織は私の背中の消しカスを落としてくれていた。

別に私は問題児ではない。


「まったく、日和は問題児なんだから」

私は断じて問題児ではない。


夕暮れのグラウンド。

運動部の練習が始まっている。

部活に入っていない私には縁のない場所だ。


「沙織、今日の部活は?」

「今日は休みだよ~。久しぶりに一緒に帰るね!」

沙織は私と違って部活を掛け持ちしている。

人脈もあるし、頭もいい。


「久しぶりっていっても1週間ぶりとかくらいじゃない?」

「えーそうかな?日和、最近休みがちだったし」

「まぁ、そうかも?」

「ダメだよ~ちゃんと来ないと」

「私ちょっと夜型みたいなところがあるからねぇ」

「夜更かししてたら肌荒れちゃうよ!?」


他愛のない会話をしていても、沙織は正しいことを言っている。

正しいというのは世間であったり、大多数が賛成するであろうという意味での正しいこと。

いつだって正しいことを言っているのだ。


夜更かしはいけない。

学校はサボってはいけない。

皆の使うものは丁寧に扱う。

人には親切にする。

人の嫌がることはしてはいけない。

人を殺してはいけない。

いつだってやってはいけないことがたくさんある。

沙織は、まぁ沙織でなくとも正しいことを正しいと。

そうやって人に説く。


たまに考えてしまうことがあった。

そうじゃない人間は。

正しくない人間は。

人間ではないのだろうか、なんて。

そんな風に考えてしまうことがあった。

正しいことをいう沙織が疎ましく思う瞬間もあったけれど。

そんな風に思う自分が嫌だった。

嫌だったけれど。

それ以上に正しいことをいう沙織が私は好きだった。

好きだったんだ。


今。

今の私は人殺しだから。

多分人間じゃない。

こんなふうに楽しく沙織と話していていい人間じゃない。

その価値が私には。


もうないだろうから。



「ちょっと日和。聞いてる?」

「聞いてるよ?で何の話だっけ」

私は馬鹿みたいにおどけてみせた。

それだけ。

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日和と殺人鬼さん 暇人音H型 @nukotarosu

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