日和と質問

私は夜道さんと空っぽになった車に乗り込んだ。

今までの私をこの山奥に埋めてきたから。


ぼーっと車の助手席から外を眺める。

朝焼けというには空はまだ暗い。


車内は静寂。

夜道さんと私に会話はない。


憑き物が落ちたかのように瞼が重たい。

昨晩からずっと起きていたのだから当然か。

私は重い瞼をこする。

別に夜道さんの横で寝てしまっても問題はないだろうけど。

何となく、起きていたかった。

たぶんこの時間を共有したいんだと、そう思う。


「夜道さん」

「なに日和ちゃん」

「今どこに向かってますか?」

「ん?言ってなかったっけ」

「聞いてません」

行先も知らず、免許も持たない殺人鬼の車に乗っている。

傍から見ると危ない。どう考えてもあぶない。

「日和ちゃん家に帰るよ」

「...大丈夫なんですか?」

犯人は犯行現場に戻るってよく言うし。

戻った瞬間に警官に囲まれるなんてことはないだろうか。

「大丈夫。なんたって日和ちゃんのご両親たちは長期の海外旅行だよ」

「そういう設定で行くんですね」

「そんなに近所付き合いなかったみたいだし、大丈夫でしょ?それに車がずっとない方が目立つし」

「......ちゃんと調べてたんですね」

「例外が一人いるんだけど、こほん」

夜道さんの当初の予定では私たち家族は全員殺される手筈だったと。

どうしたって夜道さんは私を助けてくれるということでもある。


「夜道さん」

「なに日和ちゃん。その話しかけられ方なんかデジャヴ」

「何歳なんですか」

これは単純な疑問だ。本来の目的はもっと別だけど。

「ん~内緒。当ててみて」

「面倒な奴じゃないですか」

「そんなことないって。日和ちゃんこそ何歳なの?」

「女の子に年齢は聞くもんじゃないですよ?」

「え~別にいいじゃん。子供なんだし」


ムカっとした。

対等に見られていないようで。


「今ムカついたでしょ」

運転中ということもあり、前を見据えたまま夜道さんは告げる。

「......ムカついてませんけど?」

「ほんとにぃ?」

「しつこいですよ」

「ゲロリちゃん、ほんと?」

「もう知りませんから」

デリカシーと道徳を全て道端に捨ててきたんだこの男は。


「おこんないでよ~」

「黙って運転してください」

「ちょっとそこのコンビニ寄ってこ。日和ちゃんは何飲む?」

「うぇ?あ、えっとココア、で」

アドレナリンが出ていて全く気が付いていなかったが身体はかなり冷えていた。

それどころか穴掘りなんて重労働で私の腕は、既に限界だ。


「ココアね。やっぱおこちゃまじゃん」

「そういう夜道さんは何飲むんですか」

「ココア」


「ああぁ!?日和ちゃん、運転中は蹴らないで!!?」


じゃちょっと買ってくると言って夜道さんは車を降りて行った。

家族や友達と旅行していたら、こういうことがあるのかな。

なんかいいなこういうのって。

ずっとこうだったら、いいんだけどな。


夜道さんはいつまで私といるのだろう。

そのうち車から急に降ろされるんだろうか。

あまりにも私は夜道さんを知らない。

知りたいとか、あの人は思うのだろうか。


「ごめんね日和ちゃん。待った?」

そんな風に思っているうちに、夜道さんがコンビニからもどってきた。

「その台詞なんか面白いですね」

「全然待ってないよって言ってよ」

「遅いです夜道さん」

「これは厳しい。はい日和ちゃん」

そう言ってペットボトルを手渡される。


手に確かにある暖かいココアのペットボトル。

手に残るゴルフクラブの感触。

手に残るスコップの感触。

歪な感覚だなぁなんて。

思ってもみる。


「夜道さん、ココアありがとうございます」

私はお礼を言ってペットボトルの蓋を開ける。

あける。

あけたい。

あけたかった。

あけたいのは山々なのだけれど、これまでの無理が祟ったのか全然力がはいらない。


「よ、よみちさん」

運転席で夜道さんはおいしそうにココアを飲んでいる。

「ん?飲まないの?」

「......けてください」

夜道さんはきょとんとした表情で私を見ている。

しばしの沈黙。


「あ~日和ちゃんさぁ」


とても嬉しそうな声色だ。


「ペットボトル開けられなかったの?アハハハハ!」

めちゃくちゃ夜道さんは笑っている。

こういう時の笑顔はなんというか様になる。

「声に出して言わないでください!」


「だって仕方ないじゃないですか!!初めてですよ!こんな、こんな...えっと」

「こんなに楽しいことは?」

「本当に道徳をどこに置いてきたんですか...」


「ほら、貸して」

ひとしきり私を弄んでから夜道さんはスッと蓋を開けてくれた。

初めからそうしてくれたらいいのに。

何なのだ全く。


「日和ちゃん面白いよね」

「そうでもないですよ。夜道さんの方がよっぽどです」

「僕?面白い?」

「...面白いというかデリカシーがないというか」

「犯罪者にデリカシー求めちゃう?」

「それは言えば私も、同じ、ですから」

夜道さんはこちらをニヤニヤとみている。

「にやにやしないでください」

「ごめんごめん」


暖かいココアを飲みながら。

殺人鬼と語り合う殺人者。

ココアの温かさが胸にしみわたる。

甘さがつかれた脳に広がる。


「そろそろ出発しようか」

「...はい」


さっき重い瞼をこすったところだというのに。

またしても眠気が。

寝たくない、寝たくない。

寝てしまうには私は、あまりにも夜道さんを知らなすぎる。


「...夜道さん、何歳ですか」

「さっきも言ったじゃんか~」

「聞いてませんよ、はぐらかされました。...私は信用できませんか?」

「そんなことはないよ」

「なら教えてください」

「年そんなに知りたいの?日和ちゃん変なとここだわるね」

茶化すように夜道さんは言う。

ひょうきんな態度。

軟派な表情、立ち振る舞い。


夜道さんは私を子供だと思っている。

事実そうなんだけど。


「年は別に関係ないです」

「じゃあ別にいいじゃん」

「よく、ないです。私はもっと夜道さんを知りたいです」

「......」


「私は、中学2年です」

人に何かを聞く時は、まずは自分から。

「...なんか言わなきゃこっちが子供みたいじゃんか」

夜道さんはやれやれと観念したように首を傾げ

「23歳」

と短く、そう言った。

夜道さんはやっぱり年上だった。

嘘か本当かわからないけど。


「私、甘いものが好きです!えっとケーキとか」

「......あー僕もそうかも」

「それに、あとはですね。好みのタイプは年上です!」

「......あー僕もそうかも」

ムカムカ。

「さっきから同じこと言ってませんか?」

「え?そんなことはないけど。気のせいじゃない?」


「私の好みのタイプは年下です!!」

「僕は年上かな。捕まりたくないし」

「ズルです」

「何が?」

完全にとぼけようとしている。

捕まりたくないって、もうそういう次元ではないでしょ!


「ほら十分色々話したっしょ?」

「ダメですよ夜道さん」

ほーんの少しだけ。

ほんの少しだけ夜道さんが私に心を開いてくれた。

と思いたい。

私が知りたいのはもっと深いところ。

夜道さんの、過去、とか。


私だけが夜道さんに弱みというか、過去というか。

本来なら知られたくない部分を知られてしまっている。

どうしようもなく、このままでは対等ではないから。

私は夜道さんを知りたい。

私のヒーローのことを知りたいのだ。


あくまでも対等になるために。

それ以外の気持ちはこれっぽっちもない。

これーぽっちもない。

断じてない。


「......日和ちゃん?」

私は睡魔に勝つことは出来ず。

ここで意識を手放した。



「寝てるし。...いい気なもので」

ちらりと助手席に目を向ける。

なんとも気持ちよさそうに日和は寝息をたてている。

「元々はちょっとだけ希望をちらつかせて、とか。思ってたんだけど」

「だっせぇなぁ俺」



殺人鬼二人を乗せた車は帰路につく。

朝焼けのなかをゆっくりと。

進んでゆく。

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