日和と穴掘り

「日和ちゃんが急に泣くからびっくりしたよ」

「それよりもいうことがありますよね?」

「ごめんごめんって。睨まないでよ~」


そんなやり取りをしている間に私たちは山奥に着いていた。

静かだ。

虫の音と木々の音だけがこの場を支配している。

それなりの高さがあるのかとても肌寒い。

ピクニックでここにきているのなら、最高のキャンプが出来そうだ。

そんなことは無理なのだけれど。


だって私たちは『死体』を埋めにここに来たのだ。

自分たちのこれからが終わってしまわぬように。

身勝手にも隠そうとしているのだ。


夜道さんからすれば初対面の一家全員。

私からすれば一応は家族全員。

......私はこの一家の本当の一員にはなれなかったけれど。


家族たちを殺して、必死に隠そうとしている。

誰がどう見ても私達に未来はない。

私自身さえもそう感じているのだから。


「あはははは!やばみて見て日和ちゃん」

「...なんですか夜道さん」

「こいつらの血、めっちゃ垂れてきてる!!ブルーシートべちゃべちゃ」

夜道さんは子供のように無邪気に笑っている。

なんでこんな状況で笑っていられるのだろうか。

夜道さんは今までもずっとこうやって生きていたからだろうか。

私は迷ったり、考えたりしてしまう。


たぶん心のどこかで自分は悪くないって思いたいんだろう。

夜道さんよりずっと質が悪い。


「それよりどうするんですか?」

「どうするもこうするも」

夜道さんはひょいっと私に積んできたスコップを手渡す。


重い...

正直こういうのはあんまり得意じゃないんだけど。


「あ~日和ちゃん、苦手って顔してるねぇ」

「そりゃそうですよ。普段そんなに運動しているわけでもないですから」

「そんなこと言っても同じだけ働いてもらうよ?」

爽やかな笑顔で残酷なことを告げる。

夜道さんは年の離れた私にも容赦ない。

いやでも殺人鬼基準ならかなり優しいんだろうか。

逆にこんなふうに必死になっている私をあざ笑っていたりするんだろうか?


どちらにせよ私と夜道さんはこの山奥で、穴を掘るしかない。

人が3人おさまるほどの大穴を。

時間はまだあるとはいえなるべく早く終えたいところではある。

こんなところを誰かに見られたら大変だ。


「夜道さん、私もがんばります!」

「いい心がけだね。怖いからね」

珍しく夜道さんが怖いなんて言っている。

そういう心がまだあったんだ。

「珍しいですね」

「そう?いやでも怖いよ」

「でも見つかっても、その、殺しちゃうんですよね?」

「え?無理だよ?なに言ってんのさ日和ちゃーん」

「ええ!?何で無理なんですか?警官の人はすぐ殺そうとしたのにですか?」


夜道さんはスコップを動かしながら、うーんと小さい唸り声。

しばらくしたのち夜道さんはスコップの手を止めてこちらを見て

「日和ちゃん勘違いしてるよ」

「でも、いつも変なのは夜道さんですよ?」

「う...なんか急にあたりが強くないかい?」

「知りません。それで私が何を勘違いしているんですか」

「僕が怖がってるものだよ」

「誰が来ても、大丈夫でしょう?」

「熊」

「あ...」

「熊が来たら無理だから、本当に無理」


私は山に死体を埋めに行くことで頭がいっぱいだった。

確かに山には人間以外の動物の方がたくさんいるだろう。

熊か、熊。

熊を絞め殺す夜道さんは想像できないなぁ。


「もしかして夜道さんフラグを立てましたか?」

「何でそうなるのさ」

「道中だって夜道さんがフラグを立てるから、ああなったんですよ」

フラッグていうのはあれだよ。

強敵に対して『やったか?!』って言ったりするあれ。

戦いの最中に『この戦いが終わったら結婚する』もそうだよね。

後は『こんな部屋に居られるか!俺は帰らせてもらう!』ってやつ。

こほん。


「あれはね、ポリスが悪いんだよ」

警官へ責任転嫁を行う夜道さん。

警官の方はお仕事してただけで、悪いのは私達ですよー?

「死体を下着ということにした私をもっと敬ってほしいくらいです」

「確かにそうだね。ありがとう日和ちゃん」

夜道さんは掘り進む穴の中で、わざわざ座ってこちらを見上げてお礼を言った。


「......下着を覗こうとしないでください」

「いえ、ただ少しパンツが見えるかなって確認したくてね」

「確認しなくていいから!!もう!!」

ナチュラルにセクハラ!

やめてほしい。



ガサガサ、ザザザ

草木の揺れる音。

何かいる。姿形は見えないけれど、何かがそこにいる。


「夜道さんがフラグをたてるから!!」

「ええぇ!?」


ガササ!草むらから飛び出してくる。

そこにはまるで熊のように毛が生えた狸がいた。

小さい犬猫みたいな大きさの狸。


「ビビッて損した。日和ちゃん後掘り進んでおいてね」

夜道さんは大層にこやかな笑顔で無慈悲に告げた。

「私が悪かったです。お願いです手伝ってください」

私は夜道さんに懇願するしかなくなってしまった。

盛大な手のひら返し。

ううぅなんでこんなことに。


「もうこりごりだよ、トホホ」

「日和ちゃんそれ口に出して言うのやめて。地の文で出てくる奴」



三人分の死体が入る穴。

掘れたはいいんだけど、私の腕は限界を迎えていた。

「夜道さん、私、腕が」

「腕の一本くらい大丈夫だって。人の一人を殺ったんだからさ~」

「...平気でそういうこと言わないでください」

「慣れないとこの先大変だから、あえて言ってる」

「ほんとですか?」

「五分五分かな」

「やっぱり半分嘘じゃないですか!」

「いいんだよ」

夜道さん、よくないです。


「それよりお別れの言葉はいいの?」

「え」

思いもよらない言葉に面食らってしまった。


「一応は家族?だったんでしょ」

「......本物の夜道さんはどこ?」

「入れ替わってません。いつもの夜道さんです」


家族、ね。

こいつらが私を引き取ったのは他の親族に良い顔をするため。

世間体。両親のいない可哀想な女の子を救ったという事実がほしかった。

見栄。私自身がどうであるとか、そんなことは関係がなかった。

金。私の両親が残した財産がこいつらの手に多く渡った。


幼かった私は何もわからず、他に道もなくこいつらと暮らしていた。

食卓を一緒に囲むこともなく、家事を押し付けられ。

共にどこかに出かけることもなく。


義父と義兄は特に。

...身体を、触られた。

何度も、何度も、何度も。

気持ちが悪くて仕方がない。


そんな彼らにかける言葉か。

こういう環境だったから、私は気持ちだけは強くいれたのかもしれない。

そういう意味では感謝、なのかな。


.........

...感謝?


「夜道さん、あるよ。お別れの言葉」

「いいじゃん!大声で言っとこ」

「え、大丈夫なんですかそれ?」

「大丈夫じゃないけど、僕らはもう大丈夫じゃないし」


夜道さんと出会ったこの夜から。

私達はもう戻れない。

大丈夫じゃない。

だから大声で叫んでも大丈夫!


「......どけ」

声が震えて大きな声がでない。


「...死んどけ」

のどが慣れたのか声がでる。


「死んどけ!!!」

声がでた。

「千回死んどけバカやろおぉぉぉぉ!!!!」


「何が綺麗な肌だね、だよクソがよ!!!!」

「てめぇのキモい息が大っ嫌いだぁぁ!!!!」

自分でも何を口走っているかよくわからなくなってきた。


「死んどけカスども!!!!」


私は三人がまとまったブルシートを勢いよく蹴飛ばした。

ばふっと鈍い音が響いたが微動だにしなかった。


「くそくそくそくそ!!!!くそが!!」

私は何度も何度も、何度も。

3人の死体を蹴り飛ばす。

帰りの会で顔を潰したにも関わらず。


脳裏からこいつらの顔が消えてはくれない。

気持ちが悪い。

顔があつい。


ぽんっと大きな手が私の頭に触れる。

この人に触られるのは、嫌な気がしないな。

ほんとうに、なんでだろう。


「じゃあねカスども」

非力な私を見かねたのか、夜道さんが蹴りを入れた。

三人を包んだブルーシートの塊は穴に落ちていった。

簡単に。まるでゴミ箱に投げ入れたティッシュのように。


「日和ちゃんのお別れ、必死過ぎぷぷぷ」

「だって!!」

「また泣いてるしさ」

「......」

「楽しみなよ、コレを。終わったんだから」

「...わたしは」



「僕らは終わってるんだから、いいじゃん」

にこやかに告げる夜道さんは本当に楽しそうだなって。

わたしはそんなことを考えていた。

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