日和と深夜ドライブ

「よし、積み込み終わり」

夜道さんは満足げな顔でそう告げる。


私の義父の車への積み込みが終わったみたいだ。

今日初めて出会った男の人とのドライブ。

なんだかイケナイことのように思えるけれどそんなことはない。


だってただのドライブだ。

夜中のドライブ。

積み込んだ荷物はスコップとお肉。

ただの肉の塊だ。

行先は海ではなく山らしい。

...イケナイことどころの話じゃないんだよね。


そんなことを知ってか知らずか、夜道さんは伸びをしている。

随分とリラックスしているみたいだ。


「夜道さん免許証、持ってたんですね」

なんか意外だ。

殺人鬼をやっているくらいだし、身分証は持ってないかと思ってた。


「え?日和ちゃん俺が免許持ってるようにみえる?」

「見えませんけど」

ん~?アレ?

「つまりそういうことってわけだよ」

「えぇ!じゃあ誰が運転するですか!」

私が騒ぎ立てると、夜道さんもわざとらしく困り果てていた。

「どうしようか。考えてなかったよハハハ。タクシー呼ぶ?」

「タクシーなんてもってのほかです!」

「日和ちゃんは面白いなぁ」

「全然おもしろくありませんから!!」


「心配しないで、操作はできるから。免許はないけど」

それが一番心配なんだけどなぁ。

だからって私が免許を持っているわけでもない。

夜道さんに頼るしか他ない。

「なんか夜道さん嬉しそうですね」

「いやぁこんなに人に頼られることってあんまりないからね」

あはははと。

本音なんだか、嘘なんだかよくわからないこと言っていた。


今の時刻は12時。

勿論午後12時ではなく、午前0時だ。

夜中のドライブ。

時間に関わらず、誰かと車に乗るのは久しぶりだった。

いつも私は留守番だったから。


だから少しだけ。

少しというのは嘘だ。

とてもワクワクしている。


たとえこのドライブが私にとっての最期のドライブであれ、だ。

その気になればいつでも私を手にかけることが夜道さんにはできる。

今はそうなっていないだけ。

私が面白い、から、らしい。


「日和ちゃん?どうしたの神妙な顔して」

「何でもありません」

「ふーん?あ!?」

「夜道さんどうかしましたか?」

「なんか日和ちゃんまだ酸っぱい匂いするね、ぷぷ」

カ~っと顔が熱くなる。

もちろん、怒りと羞恥心が五分五分だ。


「もう!忘れてください!」

「でもねゲロリちゃん」

「誰がゲロリですか。ひよりです」

デリカシーと道徳をどこかに忘れてきてしまったとしか思えない。


こんなバカなやり取りをしているだけで。

私はとても、楽しいなって。

そんな風に思ってしまう。


これから向かう先に、道はないのに。


「んじゃ出発しようか」

私は助手席に乗り込む。

「夜道さん、積み荷なんですけど」

「どうかした?」

「ちょっと包み方が雑なんじゃないかなって」

「いいのいいの!どうせ職質されたら一発アウトだしね」

「ソレよくないですよね!」

「だって~身分証とかもってないし~」

うぐぐ、確かにそうだ。


「まあ安全運転で行くからさ」

「お願いしますよ、ほんとに」

「任せて」


助手席でジッとしているほか、特にすることもない。

車窓から見える景色は暗闇ばかり。


「目的地は決まってるんですか?」

「一応ね」

「ちゃんとは決めてないってことですか?」

「いや~候補が色々あってね。一か所だとバレたときやばいじゃん?」

なるほど、そういうものなんだ?


「...なんかそういう大事なこと私に言っていいんですか」

「え、なんで?」

「だって今日知り合ったばかりですし」

「関係ないじゃん」

「関係ないことないじゃないですか」

「日和ちゃんは僕みたいなのと出会って、驚いてるかもだけど」

夜道さんは一呼吸おいて続ける。


「正直僕の方が驚いたからね?三人殺そうと思って、いざ入ってみたら一人死んでるんだから」

「そ、そんなに驚きましたか?」

「しかももう一人、というか日和ちゃんも殺されかかってたし」

「その節は、はい。ありがとうございました」

「もう面白かったよね!ほんと!」


運転中ということもあり夜道さんは前を向いたままだ。

けれどそう語る夜道さんの笑顔はとても無邪気だった。


「......ほんと、おもしろい」


他愛のない会話。

他愛ないかどうかはこの際、忘れよう。

それだけで時間は過ぎてゆく。


そんなとき

「やば、パトカーだ。あははは」

「え!どうするんですか夜道さん!?」

「僕たちの冒険もここまでかな?」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよね?!」


「大丈夫だからさ。落ち着いて日和ちゃん」

夜道さんはチラリと私を一瞥し、片手で頭をゆっくりと撫でる。

うう、うううぅ。

私は一人唸るしかなかった。

また子供扱い...


「うーん。よし決めた」

「何をです?」

「今だけ日和ちゃんは僕の姪ね。僕の姉の娘ってことで」

「ええ!?そんな雑でいいんですか?」

「どっちにしろ止められたらもう、アウトだしね」

ケラケラと語る夜道さん。

頭のネジを何処かにおいてきてしまっているのではないだろうか。


「意外とこういう時は止められないんだよ?」

「そうなんですか?信じますよ?」


「僕を信じて日和ちゃん」

ウ~ウ~!!

夜道さんが言った直後にパトカーサイレンが鳴り響いた。


「何を信じればよかったんですか!?」

「あはははは!やばいねコレ!」


「前方の車両止まってください」

無機質な声が後方のパトカーから響く。



夜道さんはすんなりと車を止めて、運転席の窓を開けた。

カーチェイスでも始まるのかと思った。


後方から男の警官が駆け寄ってくる。

「こんばんは。夜分にすみません。こんな時間にどうしたの?」

「どうしたのというと?」

「いえねここら辺じゃみないナンバーだったもので」

口調こそ優しいけれどジロジロと車内を確認している。

「ああそういうことですか。姪が家に泊まりに来てたのでその帰りというか、送迎です」

「こんな時間に?」

もっともな質問だ。しかも今日は平日。というか月曜日。

「姪がなかなか帰りたがらないものでして。ほんと困ったものですよ」

な!そんなことないじゃないですか!

という気持ちを抑えて私は必死に俯く。

なんか恥ずかしい。


「後ろの荷物を確認させてもらっても?」

「ええ、大丈夫です」

夜道さんはそういうと同時に、手元にワイヤーを用意していた。

義父を殺害したときのものだ。

確かにこれで殺してしまえば、この場だけはどうにかなる。

けれどそれではダメだ。


私は嫌だ。私が嫌なんだ。

人殺しが嫌だとかそういうことではなく。

ここで終わってしまうという事実が嫌だった。


「嫌です!!!」

咄嗟の声に警官も夜道さんも私に視線を向ける。


「あ、いやそのですね」

考えろ、考えるんだ。

お泊り帰りも姪の気持ちになるんだ。

......


「...下着とか、着替えしか持ってきてなくて。...恥ずかしいです」

俯きつつ私は二人の様子をチラリと伺う。

「あーごめんね?すっかり忘れてた...」

夜道さんは私に優しく語り掛ける。


「姪がすみません」

と警官へも一言。

「いえ、手荷物だけお願いします」

バツが悪そうに警官はそう告げた。



問題なく手荷物検査は終わり。

私と夜道さんのドライブは終わることなく続くことになった。


「日和ちゃん」

「はい、なんでしょうか」

「ほんと最高だね、日和ちゃん」

「そ、そうでしょうか。えへへ」

「正直さ」

「はい」

「あそこで殺って、パトカーに待機している方もおびき寄せてさ。まとめて殺っちゃうかって」

「そうかなって思いました」

まったく夜道さんは手が早いんだから。



「そのあとに日和ちゃんも殺そうと思ってたのは知ってた?」

はじめてであった時のように冷たい眼で、夜道さんは私を見据える。

「え?えと、なんで」

「人のまま死ねるから?」

そんな言い方では、まるで夜道さんは人じゃないみたいじゃないか。

そんなのはとても悲しい。



「なーんて、冗談だよ?聞いてる日和ちゃん?」


「ちょ!泣かないでよ日和ちゃん!?」


どうやら私の涙腺は決壊してしまったようだった。

ぽろぽろと涙のつぶが頬を伝ってゆく。

夜道さんが私を殺すつもりだったのが悲しいのか。

人ではないと自称した夜道さんを悲しいと思ったのか。

今までの修羅場の糸が切れてしまったのか。

自分の気持ちなのに、よくわからない。


これは全部夜道さんのせいだ。

私はそうきめた。

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