日和と後片付け

「夜道さん」

「ん~?」

「落ちません!」

「頑張れ~」

「落ちませんよぉ!義兄の血が落ちませんよぉ!」

「これから鈍器は禁止ね」

「えぇ!私の初めてだったのにですか」

「口を動かさない。手を動かしてね~」

夜道さんと私は今後片付け中だ。

といっても夜道さんは私の両親を綺麗に絞殺していたので、そんなに時間はかからない。

時間がかかるのは私の方だった。


義兄の頭をゴルフクラブで一閃。

たぶん即死だったと思う。

ピクピクと痙攣してはいたけれど。


スイングの勢いが良かったのか床は血まみれ。


「はぁ」

「ため息つかないの日和ちゃん」


流石に気が滅入る。

人の死体を横に掃除って。

しかも私が殺したんだ。

気持ちの乱高下が激しい。

だって私はもう普通には生きてはいけないのでは?

そんな感情が胸の底から押し寄せる。


「日和ちゃん」

夜道さんは急に私の頭をそっと撫でてきた。

「暗い顔してどったの?掃除ももうちょいじゃん」

「...私」

「大丈夫だよ、大丈夫。日和ちゃんは大丈夫」

夜道さんの手、大きいな。

なんだかとてもホッとする。


「それにほら見てよ、この顔めっちゃダサいよね」

夜道さんはケタケタと笑いながら、義兄だったモノの髪を掴み上げていた。

デリカシーも道徳もない。


なんだか感傷に浸っていた私が馬鹿みたいではないか。

「やめてくださいよ~」

なんて言いながら私は笑った。


ははははは!

あははは!


は、うぇ、うぅ

「ちょ日和ちゃん!?」

何故か困惑した表情の夜道さんが私を見ている。


酸味の強い液体が、胃から登ってくる。

口に酸味が広がる。

幸いにして何も食べていなかった私は胃液をそのまま吐き出していた。


ああ折角、掃除、したのにな。

嘔吐は止まらず、私はしばらく吐き続けていた。


「あはははは!ホント面白いね日和ちゃん!でもせめてトイレで吐いてね」

「ご、ごめんなさい、うぇ」


「ここの掃除やっとくから、リビングの方最終チェックしてきて」

「わ、わかりました」


「えーと肉片がないか、拭き残しがないか、毛が落ちていないか...」

他にも何か言っていた気がするんだけど。

「そうだ!家具は元の位置にっと」

夜道さん曰く、金目のモノには絶対触らないことが大事らしい。

こう考えるともしかして夜道さん結構危ない人なんだろうか。


でも私の心配をして後始末もしてくれるし。

ちょっと配慮というかデリカシーがない気がするけれど。

殺人鬼にデリカシーを求めるのも変な話か。

というか元々何をしている人なんだろうか。

絶対宅配人ではなさそうだし。


「日和ちゃーん?そっちどう?」

「うぇ!?あ、大丈夫です!」

急に声をかけてくるからびっくりしてしまった。


黒い長髪に、細身の身体。

軽薄そうな笑み、紫がかった瞳。

長いまつげ。

世間でいう顔がいいというやつだろう。


「そんなに見つめてどうしたのさ」

「別になにもありません」

「ふーん?かっこいいな夜道さんとか思ってたんでしょ?」

「...自分で言わないでください」


なーんか残念なんだよね。


「そんなこと言わなくてもいいじゃん。冷たいなぁ」

ぽんっと。

またしても私の頭を撫でた。


「女の子の髪の毛にそんな風に簡単に触ったらだめですよ」

夜道さんはきょとんとした表情でこちらを見ている。

あれ?私変なことをいっただろうか。


「はははは!ごめんごめん気を付けるね」

「なんでそんなに笑うんですか!?」

「え~絶対怒るからいいよ。うんうん、女の子だもんねぇ」

「な!?」

何て言い草だ。

夜道さんは小さい子供をあやしているつもりだったのだ。


「もう知りません」

「いいの?そんなこと言ってたら死体3人と暮らすことになるよ~」

ヘラヘラと笑いながらそんなことをいう。


「い、いやです。ごめんなさい」

「日和ちゃんは素直だねぇ」


「あの」

「ん?」

「その私の代わりに、掃除、ありがとうございました」


「......お礼、言われ慣れねぇなぁ」

「夜道さん?何か言いましたか?」

「いえいえ、どういたしましてってさ」



部屋の掃除は一通り終わったが、部屋には勿論3人が残っている。

義兄、義父、義母。


「夜道さん、どうしたらいいでしょうか」

「いやぁ場合によるけどねぇ」

「というと?」

「好みのタイプだったら腐らないように処理する」

「えぇ!!」

「今回は全員醜いから無しだなぁ。実の親じゃなくてよかったね、日和ちゃん」

「...なんでわかるんですか?」

「だって全然似てないじゃん」

キュッと胸の奥が熱くなった気がした。

この家に馴染むことのできなかった私を肯定されたような。

そんな。


「それにこのお兄さんとか特に似てないじゃん、ぷぷぷ」

「また吐いちゃうんで顔をこっちに見せるのやめてください」

本当にデリカシーがない。


「お兄さんの処理はまあこれでいいとして、後の二人は処理がいるなぁ」

「どういうことですか?」

「えーこれからこいつら捨てるじゃん」

!!?

びっくりしたが、確かにそうする他ないよね...


「顔面ぐしゃぐしゃの方が、誰が死んだかわかりづらい」

「見つかる前提なんですか?」

「万が一があるからねぇ。あと単純に俺の趣味」

「趣味って」


「ほらブルーシート敷いて」

「どっからだしたんですかそれ」


私と夜道さんは部屋中にブルーシートを敷き詰める。

「それと汚れてもいい服に着替えてね」

と夜道さんは告げた。


「ん~こんなもんかな」

「何するんですか」

なんだか少し嫌な予感がするけれど。


「決まってんじゃん。帰りの会だよ」

「か、帰りの会?」


「これから帰りの会をひらきまーすッ!!」

そう言って夜道さんは私が使っていたゴルフクラブで義父の顔を思い切り叩きつけた。

耳を覆いたくなるような音が部屋響く。

血液がぱたたとブルーシートに飛び散る。


何度も何度も。

音が響く、血が飛び散る。

夜道さんはにやけながらひたすら続けた。

私はその光景をただ見ていた。


「ふぅ。じゃ次日和ちゃんね」

「え!」

「え、じゃなくてさ。やってよ。だってそっちの方が面白いよ?」

こちらを見つめ、優しい声色でそんなことをいう。

やっぱり夜道さんはおかしいんだ。


だけど。

私はそれがどうしようもなく。

嬉しかったんだ。


義父だったモノの顔を嬲り続ける夜道さんが。

私の代わりに、私の為に怒ってくれているようで。

本当はそうでなかったとしても。


「義兄を、やってもいいですか?」

「もうぐちゃぐちゃだけど?」

「ダメ、ですかね?」

「いいじゃん!面白い」



私は一心不乱に義兄だったモノを嬲り続けた。

義兄であるということがわからぬような肉塊にしてやるという気持ちで。

一心不乱に。

息を荒げながら。ひたすら。

夜道さんはそんな私を見ながらほほ笑んでいた。


そのあとは夜道さんに代わってもらい、義母も同様に叩きこわした。




「いやぁ楽しかったね」

「......」

正直、もう限界だ。

「あれ日和ちゃんもしかして...」


「すとーッぷ!?日和ちゃんストーッぷ!!」

もうだめだ、胃液が逆流してくる感覚。

それは当然なのだろう。

いままで普通に生きてきたのに。

急に道徳の教科書に絶対に乗せられないような行為に及んだのだから。

「ストップだよぉ!日和ちゃん!頑張れ!」

「......うっぷ」

「ダメだ日和ちゃん!これからも殺るんだから!癖になったら大変だ!?」

夜道さんの心配の仕方が道徳0点。



「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから」

夜道さんは私をそっと抱き寄せて。

ぎゅっと抱きしめてくれた。


男の人にこんなことをされるのは、初めてで。

驚きと恥ずかしさがこみあげて。

すっかり私は吐き気のことと、帰りの会のことを忘れていた。

自分でいうのもおかしな話だけれど。

めでたい奴。

「よ、夜道さん。私、そのこういうこと、」



「日和ちゃんなんか酸っぱい匂いするね」

笑いながら夜道さんはそんなことを言う。

本当にコイツはデリカシーがない。

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