日和と殺人鬼さん

暇人音H型

日和と初めてのヒーロー

私が幼いころに両親は交通事故で亡くなった。

あまり両親の記憶は残っていない。

それ以来私は遠い親戚の家で育ってきた。


親戚は私を快く迎え入れることはなく、元々の一人息子を溺愛していた。

一応義理の兄にあたる人物になるのだけれど。

この際は名前は別に重要ではないだろう。


義理の両親も兄も私の存在を疎ましく思っていた。

私一人を置いて外食、旅行。

勿論家には何もない。

ただただ空腹に耐えるか、ゴミ箱を漁るしかない日々。


こんなことになるのなら私も事故で、生きていなければよかったのに。

そう思って毎日を生きている。

いや、生きていた。

生きていたんだ。


「はあ、はぁ......」

一応は私の自宅でもある義理の両親の寝室。

私は義父のゴルフクラブを片手に肩で息をしていた。

ゴルフクラブからは鮮血が滴り落ちる。

一滴、二滴と。


床には義兄だったモノが仰向けに横たわっている。


悲しいだとか、嬉しいだとかそんな気持ちはない。

ただ私は取り返しのつかないことをしたし、もう普通に生きていけないのだなと。

ぼんやりとそんなことを思考していた。


「...どうしよ、これ」

血まみれの床、血まみれゴルフクラブ、血まみれの義兄だったモノ。

私の茶色の髪の毛にも血が飛び散っている。服もはだけ汚れている。

両親に見つかるともう終わりだ。


落ち着け日和、落ち着け私。

どうしたらいいんだろう。

片づける?

でもいつ帰ってくるかもわからない。

片づけるにしても何処に?

何をどうしたら。


「で、電話線切ろう。そうだ。そうしよう」

私は携帯電話があれば何の意味もないことを理解しながら、そんなことを言っていた。

この家には最近の家には珍しく固定電話があった。

リビングの固定電話の線を雑に力を入れて引っこ抜く。

受話器と本体が床に散乱する。


部屋が荒れてゆく。

纏まらない思考の中での雑な行動。

ああ、どうしたら。



ガチャリ、と

玄関の開く音が聞こえた。


自分の心臓の音がどんどんと大きくなるのがわかる。

両親がここに来るまでもう時間がない。

私は蛇に睨まれたカエルのように、もう動くことはできなかった。


リビングの扉が開く。

「日和!?お前一体何をしている!」

電話が床にぶちまけられ線が千切れているのを目の当たりにし、煩い声を上げている義父。

義母はまだ玄関のようだ。


「ご、ごめんなさい」

いつものようにオドオドと小さい声で私は義父に謝罪していた。

顔についた返り血も落とさずに。

はだけた服も直さずに。

血まみれのゴルフクラブを片手に。

謝罪していた。

ジジイに謝罪していた。

なんて惨めだろうか。


「な!?何をしていたんだお前は!!?」

困惑を怒りの混じった声。

当然だろう。

私だってこんなことをしたくはなかった。

...迫ってきた義兄が悪い。


「いやぁぁぁああああ!!祐介ぇぇえ!!」

義母の甲高い声が部屋に響く。

あはは、うるさいババアだ。

そういえばそんな名前だったか義兄。

どうでもいいけど。


そんなことより、終わったなぁ私。


義母の叫び声、私の見てくれ、部屋の荒れ具合。

それらで息子の死を悟った目の前のジジイは年甲斐もなく私につかみかかってきた。


首を絞められる前に、ゴルフクラブで頭を狙った。

けれど体格差、ゴルフクラブという私に不釣り合いの獲物ではダメだった。


「げぇ...うぇお、ぐるじ」

目の前のジジイは私に何かわけのわからないことを吠えている。

両手は私の首をしっかりとつかんでいる。

脳に酸素が回らなくなってきたのか、何を言っているのかわからない。

わかりたくもないけど。


塀の向こうで暮らすことになるかな、なんて考えていたけれど。

この世界からバイバイしてしまいそうだ。

目の前が暗くなってゆく。



ピンポーン


玄関のインターホンの音だけが無駄に大きく聞こえた。

音に驚いたのか義父の手の力がほんの少し緩んだ。


「げほごほ、ごほ!」

酸欠でロクに力が入らず成人の男を振り払うことはできなかったが、なんとか呼吸をする。


すぐにまた絞殺される、首を絞められる。

と思った矢先。


「ちょっちょっと!何やってるんですか!」

義父でも義母でもない男の声がきこえた。


宅配のお兄さんと思わしき人物がこの修羅場に上がり込んできていた。

肩くらいまではある黒く長い髪を携えた、軽薄そうな青年。

義母が招いたのだろうか。

いくら何でも混乱しすぎだろう。


「ああ!?なんだ君は」

義父は大きな声で威嚇する。

「娘さんがかわいそうですよ、そんな首をしめたりしては」

まるでバカを諭すかのように青年は言った。

その様子が少し可笑しくて私は少しほほ笑んでいた。

だってこの場に似つかわしくない台詞なのだから。


「こいつ!!何を笑って...」

義父がそんな私が気に入らなかったのか、またしても手に力が入る。


けれど一向に私は苦しくはならない。

ちらりと義父の様子をうかがう。

......手に力が入っていない。

それどころか目の前の義父の方がみるみると顔色を悪くしてゆく。

一体何がおきているのだろうか。


義父は呼吸をしようとしているのだろうか。

こひ、こひゅといった小さな呼吸音だけを響かせながら必死にもがいている。

そして数十秒もしないうちにパタリと動かなくなった。


「ぷふふふふ、コイツ何を笑ってって!面白いなこのおじさん」

青年は私にそう話しかけてくる。

「えっとそうですね?」

「あれご両親死んじゃったけど、もっと他にないの?」

「さっきまで殺されかけていたのは私だから」

「それもそっか」

うんうんと一人納得する青年。


「あの」

「ん?どうかした?」

「母は?母といっても義理なのですが」


「殺したよ。玄関開けてくれたのはいいけどうるさくてね」


青年は曇りない笑顔で簡単に。

そんなことを言ってのける。


「お嬢さんのお名前は?」

「ひより、日和です」

「そっかそっか。じゃあ日和ちゃん」


「君もここで死ぬんだよ?」

「そ、それは困ります!!」


「...いやもっと泣きわめくとかしてよ」

「貴方のお名前は?」

「普通この状況でそれ気になる?」

「いいんです!お名前教えてください!」

「......夜道だけど」

「夜道さん!」

「...何」

「私も同業者です!」

「はあ?いや何を言って」

「殺しました!さっき!義兄を!」


夜道さんは辺りを見渡す。

部屋の惨状を確認したのち、私をじっと見つめる。

夜道さん、なんか意外とまつげ長いな。


「ちゃんと処理はしたの?」

「えっと処理って」

「死体そのままだと色々問題でしょ」

「そのままだし、血まみれです!」

「はぁ...日和ちゃんさぁ」

「は、はい!」

「失格」

「な、なんで!?」

「殺人は処理までやって殺人なの」

はじめて聞いたそんなこと。

というか多分殺人は人を殺めた瞬間【殺人】になると思いますよ夜道さん。

「ごめんなさいは?」

「え!?」

「処理できなくてごめんなさいって」

「ご、ごめんなさい。殺しっぱなしでごめんなさい」

夜道さんめちゃくちゃ私のことを見てる...!


「ん~まぁいいか。日和ちゃん、保留にする」

「それって」

「日和ちゃんが面白い間は殺さないよ、だって面白いし」

「夜道さん!ありがとうございます!」

「......はじめてコレでお礼を言われたな。どういたしまして日和ちゃん」


「それじゃあまあ片づけから始めますか」



私の本当の両親が幼い頃に言っていた。

誰かがきっとヒーローみたいに私を助けてくれるって。

その言葉だけは忘れずに今まで生きていた。

そんなことは絶対にありえないのに。

ありえないはずだったのに。


私にとってのヒーローは殺人鬼さんだった。

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