「お前あの祠を壊したんか!?壊した者は好きな人と両思いになって結婚し、幸せな家庭を築いて子に恵まれ、天寿を全うして死ぬんじゃぞ!?」

nullpovendman

短編

「お前あの祠を壊したんか!? 壊した者は好きな人と両思いになって結婚し、幸せな家庭を築いて子に恵まれ、天寿を全うして死ぬんじゃぞ!?」


「やっぱ俺は今日死……なねぇのかよ。むしろそれは何がダメなんだよ」


 幼馴染の小野つむぎが声を上げたのに合わせて、俺は死を覚悟する予定だったが。


 なんか人を幸せにするタイプの因習だったらしい。

 なんでそんな祠がまだ残ってんだよ。

 できた瞬間にすぐさま壊せよ、利点しかないだろ。


 作っては壊し、作っては壊し、スクラップアンドビルドの精神で行けよ。

 みんな幸せにはなりたいだろ。


 短いツインテール(ピッグテールというらしい)をぴょこぴょこと跳ねさせて、つむぎは続けた。


「もう地球にはワシとお前しか人間は残っていないのに!?」

「じゃあ、なおさらいいじゃねぇかよ」

「え? お? そ、そうか」


 そう。

 もう俺とつむぎ以外の人類はすでに死滅している。

 歩いていける範囲で観測した程度でしかないから、例えば海の向こうとかには人類はいるかもしれないが。

 一生会うことはないだろうという意味ではいてもいなくても一緒である。


 ***


 テロリストが使用した、くねくねこうせんビームによる虐殺とその報復で、人類の大半は滅んでいた。

 クソダサくて頭痛が痛いみたいな名前とは裏腹に、見たら自殺してしまう光線を放つ光学兵器で、核兵器より遥かに人を殺した。

 写真部の暗室にいた俺たちは運良く死を免れたが、この町で残っているのはもう俺たちだけだった。世界的に見ても生存者はほぼいないだろう。

 ネットが使えた一週間ほどの間に、SNSや掲示板への書き込みがあり、情報は拾えたが、徐々に人はいなくなった。

 しばらくは電気もネットも使える状態だったが、電話が通じた相手はおらず、俺たちは最後の人類となったことを悟った。


 そこかしこに知り合いの死体があるという状況に、俺もつむぎも何度も吐いたが、人間は順応する生き物だ。

 何人かは埋葬することもできた。


 生きるだけならそれほど困らなかった。

 幸いにも、通っていた高校の体育館倉庫には災害用の缶詰が一年分以上あった。

 さらにいえば頭のおかしい校長により、ゾンビパニックに備えて屋上にも家庭菜園レベルの畑を常備してあった。

 始業式の挨拶なんかで怪我に気をつけろとかの普通の内容に加えて、宇宙人襲来、猫型ロボットの反乱、ゾンビパニックといった毎回不測の事態にすら備えるように言っていたからな。

 持つべきものはラノベ読み過ぎな校長である。


 二人で学校に泊まり、自給自足の生活をするうちに、つむぎに情が湧くのは自然な成り行きと言えるだろう。

 とはいえ二人きりで生きていくには余裕なんてなく。

 互いの家に帰って家族の死を確認したり、必要な物資を外から調達したり。

 恋愛的なイベントを起こそうと思う余裕がない。

 それどころか、ラッキースケベが起きないように注意していたくらいだ。


 俺たちの生活に変化があったのは、人類滅亡の二か月後のことだった。


「なんじゃお前は! やめんか!」


 シャワールームからつむぎの声が聞こえてきた瞬間、俺はノックをする余裕なんてなく部屋に飛び込んだ。

 まさか生存者がいたのか、とか、俺が見張りをしていながらなんてことだ、などといろいろな思考が渦巻く中、見えたものは百足と向き合う下着姿のつむぎだった。

 百足は毒をもっているから、武器なしで立ち向かうのは難しいだろう。

 声を上げるのも仕方がない。

 俺は触らないよう告げたあと、一度部屋を出た。

 ちりとりと箒をもってきて、百足は捕まえて逃がした。

 殺して仲間を呼ばれても困るからな。


 意図せずとはいえ、着替えを覗いてしまい、一気に気まずくなった俺たちは、その日の夕飯では口を聞かなかった。

 今さら着替え程度で、とは言わない。この二か月、そういうことは過敏すぎるくらいに気を付けていた。

 男女二人だけの人類で、俺が強引な行動に出てしまえば、つむぎにだけ我慢させるなんてことになりかねない。


 案の定というべきか。

 翌日から、彼女は写真部の暗室に閉じこもってしまった。

 缶詰や水は自分でも持ち込んでいたみたいだし、俺も定期的に差し入れている。

 あんな暗いところに閉じこもるくらいなのだ、俺のことが嫌いなのだろう。


 つむぎと喧嘩してしまった俺は、別々に暮らしていく未来を想像して耐えられなくなった。

 孤独に死ぬことを恐れてしまった俺は呪いにすがることにしたわけだ。


 俺たちが住むのは再開発されたとはいえ、もともと広島の田舎だったから、変ないわれの祠がそれなりにある。

 校庭の一画にすらある。

 呪われた祠を放置するなよ。野球部あたりがボールを当てたらどうするんだ。

 もう野球部もいなくなったので心配するようなことではないっちゃないんだが。


 校庭にある祠を壊したやつがどうなるのかは知らないが、こういうのはその日のうちに死ぬと相場は決まっている。

 体育館の用具入れから金属バットを取り出した俺は、夏符誅と書かれた石碑と、それを囲むように立つ鳥居をぶっ壊した。


 さすがに校庭で石碑をぶっこわしたら学校中に音が響いたみたいで、天岩戸あまのいわともとい暗室からつむぎが様子を見るために外に出てきた。


 それからは、ご覧の顛末だ。

 とはいえ「お前あの祠を壊したんか!?」までは想定内だったが、「壊した者は好きな人と両思いになって結婚し、幸せな家庭を築いて子に恵まれ、天寿を全うして死ぬ」とかいうポジティブにもほどがある謂れだとは一ミリも思えなかったが。

 作ったやつ、たぶん校長だろ。


 ***


 予想外の事態に固まっていると、俺の胸にやわらかいものが飛び込んできた。

 俺と同じシャンプーの匂いがする……。女の子の匂いってもっと感動的なもんだと思っていたんだが。

 同じシャンプー使っているから当然か。


「これだけ一緒に暮らしていて、ワシに興味ある様子が見られんから、てっきり恋愛対象外なんだと思っとったぞ」

「それはお前に嫌な思いをさせたくなかったから……」

「下着まで見たんじゃ。責任を取るとか言ってくれるかと思ったのに」

「それは……、ごめん」

「諦めがつくまで部屋にこもっていようと思ったのがバカみたいじゃ」


 つむぎがバカなら、石碑をぶっ壊して死をもって償おうと思った俺に至っては大バカである。


「呪いのせいで両想いとかじゃないならいいや。するか。結婚」

「うん」

 つむぎがぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 そっと抱きしめる。


「これからは大変だぞ」


 なにせ幸せな家庭を築いて子に恵まれ、天寿を全うして死ぬらしいからな。


 その日の夜は、校庭でバーベキューをした。

 二人で手を繋ぎながら星を見て、花火をした。

 流れ星を神父に指輪を交換し、夫婦となった俺たちのこれからは、きっと楽しいことだけではないだろう。

 それでも、祠の呪いとかではなく、つむぎとなら幸せになれる、そう確信を持って言える。


(了)

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