忘年の交わり

三鹿ショート

忘年の交わり

 私が彼女と関わるようになったのは、彼女が私の教育係だったためである。

 世辞にも仕事が出来る人間ではなく、それに加えて、人付き合いも苦手な私に対して、彼女は嫌悪感を示すことなく、私を指導してくれた。

 これまで私と関わってきた人間は漏れなく私の不出来さにげんなりしていたのだが、彼女だけは異なっていたのである。

 そのためか、一人で仕事をすることができるようになってからも、私は彼女と関わり続けていた。

 親と子ほどに年齢が離れているゆえに有益な助言を与えてくれるだろうと期待し、私は仕事だけではなく、私生活についての悩みも相談するようになっていた。

 彼女は自分のことのように真剣に考えてくれていたために、彼女に対する私の尊敬の念は、強くなっていく一方だった。

 だが、それが恋愛感情へと変化することはない。

 何故なら、単純に、そのような目で彼女を見ることができなかったからだ。

 確かに彼女は素晴らしい人間だが、母親ほどの年齢の女性に恋心を抱くなど、想像しただけで気分が悪くなる。

 それに加えて、彼女には夫と娘が存在していることを思えば、なおのこと恋愛感情を抱いてはならないだろう。


***


 既に娘は自立しているために、仕事が終わると、私と彼女は共に食事に向かうことが多かった。

 その時間は、数少ない友人とのものよりも愉しいものだった。

 それは、生きてきた時代や性別が異なるために、自分では得られることはない考えなどを聞くことができるためだろう。

 生きていく上で必要な知識ではないが、勉強にはなる。

 酒を飲みながら話を続け、やがて彼女が酔い潰れると、彼女の娘に連絡し、迎えに来てもらうという流れは、定番と化していた。

 それでも、彼女の娘は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私に頭を下げた。

 その礼儀正しさは、やはり彼女の娘なのだと私に思わせた。


***


 彼女と待ち合わせをしていた店に向かうと、其処には彼女ではなく、彼女の娘だけが存在していた。

 どういうことかと首を傾げていると、彼女の娘は顔を赤らめながら、彼女に私との食事の場を用意してもらったのだと告げた。

 まさかとは思ったが、彼女の娘は、私に対して特別な感情を抱いているということなのだろうか。

 私の問いに、彼女の娘は首肯を返した。

 しかし、私が同じような感情を抱くことはできなかった。

 何故なら、彼女の娘のことを魅力的だと思ったことは一度も無かったからだ。

 人間としては良いのだろうが、その外見などは私の好みではない。

 だが、彼女の娘にそのような言葉を告げてしまった場合、彼女がどのような感情を抱いてしまうのか、想像しただけで恐ろしい。

 彼女との関係を悪化させないためにも、彼女の娘とは親しくするべきなのだろう。

 何とも厄介なことになってしまったと思いながら、私は愛想笑いを浮かべるばかりだった。


***


 彼女との関係を断絶させないためには、彼女の娘と結婚することが最も良い選択なのだろう。

 しかし、好みでも無い彼女の娘に愛情を注ぐことなど、出来るだろうか。

 そのように考えながら、私は彼女の娘に嫌われることがないような言動を繰り返した。

 恋は盲目というべきか、どうやら彼女の娘は私の真なる気持ちに気が付いていないらしく、私に対する愛情を深めていった。

 此処まで来てしまったのならば、共になるしかないだろう。

 私は仕方なく、彼女の娘に告白した。

 想像していた通り、彼女の娘は、私を受け入れた。

 隣で笑顔を浮かべる彼女の娘を見るたびに、私の心は痛んだ。


***


 義理の息子と化したものの、私に対する彼女の態度は、それほど大きな変化を見せることはなかった。

 家族と化したとはいえ、他者であるという認識が生きているのだろう、彼女はこれまでのような態度で私に接していた。

 それは、私にとっても喜ばしいことだった。

 私が頼っていたのは、人生における先輩としての彼女であり、義理の息子と化したために彼女の妙な優しさを欲していたわけではないのである。


***


 ある日、妻である彼女の娘が、私と彼女との関係について問うてきた。

 妻である自分を差し置いて、二人で食事をしていたことなどから、特別な関係を築いているのではないかと疑ったらしい。

 当然ながら、我々は揃って否定したが、妻は最初から我々の言葉を聞くつもりはなかったようだ。

 妻は私に家を出るようにと告げると、部屋に閉じこもってしまった。

 どれほど声をかけたとしても出てくることがなかったために、私と彼女は辟易した。

 彼女は大きく息を吐くと、申し訳なさそうな表情で、しばらく会うことを避けた方が良いと告げてきた。

 妻には腹が立ったが、彼女が悩む姿をこれ以上見たくはなかったために、私はその言葉を受け入れることにした。


***


 結局、私と妻は別れた。

 それでも、私と彼女の関係は続いている。

 聞くところによると、どうやら妻には新しい恋人が出来たらしい。

 一刻も早く私のことを忘れてほしかったために、それは喜ばしい報告だった。

 私と彼女の関係が何時まで続くのかは不明だが、それが友人というものだろう。

 私の人生において、彼女と出会うことができたということが、最も幸福な出来事だったのかもしれない。

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