第30話 赤色と青色と緑色と黄色
平日になるといつものように学校がある。
家を出て、電車にゆらゆらと揺られ、十倉高校の校門前に生息するキツネの着ぐるみに適当な挨拶を交わして、のらりくらりと教室を目指す。
「おっはよー!」
「っと、ビックリした……香和か」
そして今日も、自称魔女に出会す。
制服にロングローブ姿……うん、見慣れつつある香和だ。
「休みの日は楽しかったね〜。ボクずっとニヤニヤしてたよ」
「香和が楽しかったなら良かったよ。地球外生命体や魔族とエンカウントせずに済んで平和的だったしな」
「次こそはホンモノを捕まえたいねっ!」
「マジかよ……つか鉄炮塚はニセモノだったのか?」
「ああ〜。翠子ちゃんには悪いことしちゃったね……でもローブで捕まえたときはドキドキしちゃったな〜」
「ウッキウキでピースしてたもんな」
「えへへへへへ〜」
「……今も大差ないけどな」
スマホライトで照らしただけでも分かったくらいだ。明るさ満点だったわ。
全く無茶してくれたもんだが、でもまあ、あの表情されたら文句言いにくい。こういうとき無駄に良い顔すんだよな香和は。
「あっ、そういえばだよ」
「ん? なんだ?」
「蒼乃ちゃんだけじゃなくて、翠子ちゃんとも仲良さげだったよねー?」
「仲良いかどうかは知らんが……顔見知りくらいにはなったんじゃないか?」
「だよねだよね。ということはさ、前に渡したスタンプ……そろそろ完成しそうなんじゃない?」
「え……ああ——」
そーいやそんなのあったな。その瑠璃垣と鉄炮塚からもスタンプを貰ったんだっけ……いや全然頼んではなかったが。とりあえずバッグから取り出してみるか。
「——これのことだろ?」
「うわあ。すごいすごい三つ埋まってる!」
「ああ。左上は分からずで、右上が『ル』にその下が『ト』。んで一番新しいヤツ……これが鉄炮塚のヤツか。左下の緑色で『テ』……いや『テッ』か? なんだこれ?」
よくよく見ると『テ』ではなく『テッ』と、ちっちゃい『ッ』が入っている。これ一人一文字じゃなかったのか? あああれか、俳句や川柳的に文字数に含まないのか? 何にしたって変化球なスタンプだなおい。
「がんばったね〜」
「いや集めようともしてなかったんだが?」
「貸して貸して〜」
「え? ああ」
「ありがとっ」
「おう。そのまま永久に貸し出しても構わんぞ」
「大丈夫だよ。すぐ返すって」
「いやいやあのな……って、まあいいや。それにしてもあと一つはどうにもならんだろ」
「え? なんで?」
「だって残りは生徒会長だろ? 俺逢ったことねぇもん。どうやって逢うんだってんだ」
「およ? 遭遇率高いよ会長さん」
「それ前にも言ってたな。マンガならともかく、現実の生徒会長なんか顔も名前も知らねぇもんなんだよ。そうそう簡単に逢えない……つーことでスタンプは揃わねぇな」
「え? 揃うよ、えいっ!」
「……えい?」
なんだ『えいっ』って。なんか力むようなことあったか?
一体何をしたんだと、俺は香和を見遣る。すると香和の左手にはスタンプラリーカード、そして右手にはスタンプを握っていて……俺は理解したと同時に……どういうことだと思う。
理解したのは香和の行動。
香和が今、左上に赤々とした『カ』のスタンプを押した。
逆にどういうことというのは、なぜ香和がスタンプを押したのか。
だって最後の一つは生徒会長のはずだろ?
香和は最初の一つ目じゃなかったのかと。
「はいっ! これでコンプリートだよ! おめでとっ!」
「………………はあ?」
「これで全員分の暗号が揃ったよ。さあさあ、読んでみて」
「……えっと?」
「ああ、左上からね? アルファベットのZの書き順でね」
左上からZの書き順……ってことは。
左上、右上、左下、右下の順番ってことか……。
「………………『カルテット』」
「正解っ! やったね〜!」
「いや、やったとかじゃなくて……」
「あれ? 何か不満?」
「いや不満とかでもじゃなくて……なんで最後、香和が押したんだ?」
「え? だって残り一つがボクだからだよ?」
「はあ? じゃ、じゃあ、この『ト』は? 最初の一つ目は香和じゃなかったのか?」
「うん。それが会長さんの分だよ」
「なん、だと……何がどうなってやがる」
「だってそっちが言ったんじゃん」
「はあ? なにを?」
俺、何か言ったか?
ちっとも思い出せないんだが。
あと何のことかも分からないんだが。
「こんな簡単にスタンプを貰っちゃあ意味がないって」
「……俺、そんなこと言ったか?」
「言ったよ〜。だからボク、あの場で押すのを躊躇ったんだもん」
「……余計なこと言いやがって過去の俺」
「そもそもボクが『ト』の担当なわけないよ。だってこれ、ボクらの苗字の頭文字なんだから」
「頭文字……頭文字って……ああ」
暗号である『カルテット』の頭文字をそれぞれ、スタンプを押したヤツと照らし合わせる。左上の赤スタンプの『カ』が香和、右上の青スタンプの『ル』が瑠璃垣、左下の緑スタンプの『テッ』が鉄炮塚……確かに三つとも頭文字がそのまま反映されている。
「みんなの苗字だな……」
「でしょ〜」
「いやでもそれなら『ト』はなんだ?」
「にゅはは、それはもちろん……十倉の『ト』だよ」
「十倉? 十倉って高校名じゃねぇか」
「そうだよ。それと生徒会長の苗字でもあるんだ〜」
「……生徒会長って、十倉って言うのか?」
「うん、十倉生徒会長。この十倉高校の創設者のお孫さんなんだって!」
「なんだそのベタな設定は」
「ベタでもほんとうなんだもん」
マジかよ。生徒会長が創設者とか、理事長の子どもや孫設定とかそれこそフィクションだと思ってたわ。権力者の下の子が権力者とかベタベタのベタ過ぎじゃねぇか。魔法陣よりもオカルティックじゃねぇかこんなの。つかなんで俺は、そのことを知らなかったんだ。こんなの親から同級生から、もっと早く伝え聴きそうなもんだろうが。
「……はあ。つーことは十倉? 生徒会長様は、俺と逢えないのを予期して、最初に押しといたってとこか?」
「うんん違うよ」
「はぁ?」
「だってだって。ボクにスタンプカードを渡したときにね、もうスタンプを押すに値する子だって言ってたよ」
「ますます意味が分からん。俺逢ったこともないのによぉ」
十倉生徒会長……つまりはその人が、香和、瑠璃垣、鉄炮塚なんていう個性的な奴らを集めた張本人。あと香和のために根回ししたり、喧嘩ばかりの瑠璃垣と鉄炮塚を繋ぎ止める新規団体を作ったりした人だ。要はこの人も生徒会長なんて肩書きがありながら、創設者の孫なんて大義名分がありながら、そこはかとなく変人の香りが漂ってくるぜ。
「ええ? だから逢ってるよ」
「さっきから香和は何を言ってるんだ?」
「え〜だって、さっきも居たじゃん。ボクまたハイタッチしてきたもん」
「はあ? ハイタッチ?」
んーなんだろ。香和のハイタッチに既視感がある。
いつだったか……ああそうだ、このスタンプカードを貰う前のときか。スタンプカードを貰ったのが確か……駐輪場に向かう前の香和からだから……校門近く。そして遭遇率が高い……まさか。
「……なあ、香和」
「なあに?」
「……その生徒会長は、ボランティア精神が凄まじかったりする?」
「んー多分? 毎日朝早く起きて学校掃除してたりするし、清掃活動にも参加するし——」
「——生徒たちも迎える」
「そうっ! いつもきつねの着ぐるみ着てねっ!」
「くっ! ………………あいつかぁぁぁぁぁぁあっ!」
あのキツネかぁぁぁぁぁぁぁっ!
あのキツネが生徒会長かぁぁっ!
そうだわっ。さっきもすれ違ったわ。
なんで気が付かなかったんだ俺は……あんなのおかしいじゃねぇか。
香和、瑠璃垣、鉄炮塚と比肩するレベルの変人なんか、あの着ぐるみキツネしかいねぇだろ。つかあの中の人かよ十倉生徒会長っ! そりゃあ俺との面識があるはずだよな。だって朝にほぼ毎日全校生徒を迎え入れてんだもんな。そりゃあエンカウント率も高いはずだわっ! くそったれっ!
「会長さん言ってたよ。手を振ってくれて嬉しいって」
「ああ……まさかそれでスタンプを押すに値したのか?」
「多分ね。スルーしない人は珍しいんだって」
「まああんな格好だからな」
「あとあと、謝りたいこともあるんだって」
「……ん? なにを」
いや謝りたいこともクソもないだろ。
そっちは知っていても、俺は顔知らねぇんだぞ。
こんなの面識が無いのと、俺的には変わらないんだが。
「ほらあの……頭打って入院したこと、あったじゃない?」
「あったな。でも、それが今更どうした?」
「あれね……後から分かったことなんだけど、もしかしたら会長のせいかもって、ぼやいてたんだ」
「……どういうことだ?」
創設者の孫とはいえ、会長職に就くくらいだ。
だからおそらくは先輩だろう。
そんな人が俺の転倒にどう関与するんだよ? 関連性がまるで浮かねぇが。
「あのね。会長さんが言ってたのは、転倒したかもしれない理由が二つあるらしくてね」
「おお……二つもあんのか」
「一つは朝の清掃活動で、ボクの席だけ贔屓してピッカピカに磨き上げたらしくて、それでワックス的な感じで滑りやすかったかもしれない」
「そんなことしてたのかよ。朝の掃除はいいんだが、すげー行動力だな。つか生徒会長が一生徒に肩入れしていいのか?」
「さあ……ああそうだ。それともう一つは、ボクたちを呼び出す手段があってね? その方法が朝の掃除の間に、机の中に用紙とおもりを置くんだよ。そこに簡潔に……何日何時にここに集まってね、みたいな内容が書いてあるんだけど……それが落っこちてて、その紙かおもりに、足元を掬われたんじゃないかって」
「……結構やり方がアナログなんだな。ああでもそれなら、瑠璃垣と鉄炮塚がお互いに連絡先を知らなかったのにも納得がいく……いや待て」
確かこのやり方、なんか知ってるぞ。
そうだ瑠璃垣が俺を屋上に呼び付けたのと同じだ。
これ生徒会長のやり方の模倣だったのかよ。
いやもしくは生徒会長が逆輸入したのか……そこは、どっちでもいいか。
「……どうしたの?」
「なんでもない。話を戻すが、その掃除か紙かおもりのせいかもしれないってことだよな?」
「そうだよ」
「それはつまり、かもであって、絶対そうではないと?」
「うん。でも一応謝っておきたいとは言ってた」
「……別にいいって。もう済んだことだ」
「そうはいってもだよ」
「つか、さっきすれ違ったときにサクッと言ってくれりゃあいいのによ。なんなら今から気に病むことじゃねぇって言いに……逢いに行ってもいいし」
「いや、それ会長さん話さないと思う」
「はあ? なんで?」
「……キャラクターのイメージを壊すことは出来ないって」
「なんだそのプロ意識はっ! めんどくせぇな!」
マジのプロフェッショナルじゃねえか。
つか、あのバケギツネ無言キャラなのかよ。
そーいや喋ってるところ見たことないな。
まあ声で会長とバレるのを阻止したかったのかもだが。
文句も言わずに子どもから、殴る蹴るされていたのもそういうわけか? そんな屈強な精神もそういった所以なのか?
とにかくそのプロ意識……どこぞのランドでも通用しそうだわ。
「ということでいつか、直接二人で逢いたいらしい」
「いや別にいいって。生徒会長なんかに逢ったら、変に緊張してストレスになりかねないからな」
「ええ……でもキレーな人だよ?」
「そ、そういう問題じゃねぇし」
「着ぐるみちゃんって、呼んで欲しいって」
「呼ばねぇよっ! なんだ着ぐるみちゃんって。バケギツネの名前も設定しておいてくれよ。つか生徒会長の綺麗が、美人的な意味なら余計に緊張するから逢いたくない」
「あ〜確かに美人さんだよ」
「……ふーん、香和が言うならそうなんだろうな」
「んん? ボク?」
「だって香和は、誰よりも素直な反応をするヤツだ。そんなお前が生徒会長のことを綺麗って言うならそうなんだろうさ」
香和は突拍子ないが、好奇心には忠実だ。
お世辞とかきっと無いんだろうなって思う。
「……それはお互い様な気がするな〜えへへ〜」
「はあ? 俺はもうドス黒いわ。綺麗とは真逆のアンダーグラウンドだ」
「お〜閻魔大王様と同じ暮らしだ」
「いやアンダーグラウンドってそういう世界のことに含まれんのか……つかお前」
「ん?」
「閻魔大王様って、今後言わないんじゃなかったのか?」
「およ?」
「そーいや裏山でも言ってたよな。NGワード、じゃなかったのか?」
そう。あのときは指摘しなかったが、ガッツリ言ってたよな。もうわざとやってんのかなって思ったくらいだ……俺と同じで。
「あー……あーやってしまった、ボク、閻魔大王様と言ってしまった。閻魔大王様とー言ってしまったー……」
「なんかめちゃくちゃ棒読みなんだが、どことなく哀愁が有りやがる……自称魔女の悲劇だな」
「これはーなにか奢らなければいけないなー。あのとき借りた分と同じか、それ以上は、全然ーオーケーだなー」
「どこかで聴いたようなセリフだな……いや普通に返したいでいいだろ。あとあれは貸したというか、あげたようなもんだ。だから気にしなくても」
「ついでにスタンプラリーの特典もあげなきゃだー」
「………………はいはい。もらえばいいんだろ?」
ここはもう、サッと諦めて引いておこう。
さっきから情報量が多くて、処理が追いつかねぇし。
「うんっ! じゃあじゃあっ! どうするどうする?」
「急にはつらつとし出したな……まあ、当初の予定通りジュースでいいよ」
「分かった。じゃあレッツゴー」
「……おう」
「あっそうだ。特典も言っとこうかな」
「特典ね……これっぽっちも期待してないが、なんだ?」
「ボク、蒼乃ちゃん、翠子ちゃん、十倉生徒会長の四人が属する団体の名称を発表しますっ」
「へぇ……」
良い特典だなと思う。いや貰って嬉しいとかじゃ微塵もないんだが、貰ってもなんも重苦しくも無くて、元々スタンプの特典なんか存在しなかったらしいもんを、即席でも創ってくれるのはなんか……心穏やかにさせられちまう。なんで穏やかになるかは知らんが。
それに、このへんちょこりん四人の名称は少し気になる。一体どんなトンチキ名称なのか。まあ、逆に普通でも良いんだがな。ほら普通って人それぞれに価値観があるし、どうなるか分からんよな。
「ボクたちは………………『【レヴィカルト四重奏】』、だよ」
「レ、レビ? ……どういう意味だ?」
「黒猫のレヴィアタンのように人を支え、オカルト的な現象に立ち向かう、ボクたちの頭文字がカルテットだから四重奏、って感じ」
「あ……うん」
「どうどう?」
「えっと、なんで四重奏って、ここだけ日本語なんだ? レヴィカルト? のカルテット、じゃダメなのか?」
「うん。言うづらい」
「理由シンプルだな……まあなんでもいいや。ちなみにそれ、他の奴ら公認なのか?」
「うんん、ボクが勝手に言ってるだけ。魔女の特権ってやつ。だから後から変わっちゃうかもねー」
「なんだそりゃ……いや、香和らしいっちゃ、らしいか」
「えへへへへ〜」
「ふ……褒めてないぞ」
「な〜!?」
とまあこんな調子で、今日もこの高校には自称魔女がロングローブを揺らしながら廊下をふわりくらりと歩いて行く。この平凡な世界で魔女になるなんて目標は、口にするだけでも嘲笑されるくらいあり得ないことだ。
それでも香和は、魔女になろうとする。
神秘に触れようとも、しているらしい。
これが魔女の所業なのかはさて置いて、なれっこないところを目指すのって、カッコいいなと思わなくもない。
ちょっとキャラがブレているが……いや、そんくらいでちょうどいいのかもしれねぇな。なんつーか、香和が魔女思想に染まるだけじゃなくて、香和本人の気持ちも混ざってる気がするしな。いい塩梅ってやつだな、うん。
すると俺の目の前で、香和がふらりと振り返る。
にこやかな笑顔で、ほら。こっちこっちと俺を手招く。
その一瞬だけ、おおよそ魔法に匹敵する神秘を目の当たりにする。
全体的に黒々とした彼女の背景に、鮮やかな茜色が差し込んだ。
これが果たして魔法なのかどうかは、きっと自称魔女次第だろう。
レヴィカルト四重奏 SHOW。 @show_connect
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