第29話 かわいいあの子のために

 下山した俺は、学校近くのアパートに居た。築年数は結構経ってそうな、サビが目立つ木造建築の二階の部屋。もちろん誰彼住んでるかも分からん部屋じゃなくて、ここは……鉄炮塚が暮らしている部屋だ。


「……お疲れ様、とは言わないからな?」

「あ、はい。すみませんでした鉄炮塚さん」


 手ぶらの鉄炮塚に、俺は平謝りながら鉄炮塚の荷物を玄関前に続々と置いて行く。もう下僕にでもなったのかと、周囲から怪訝な目で見られそうなくらいの低姿勢だ。


 ただ、こうしているのにももちろん理由がある。そう……ちょっとしたある問題をきっかけに、鉄炮塚の怒りの矛先が、瑠璃垣から俺に切り替わったからだ。


「ほんと……アタシの釣った山魚が入ったクーラーボックスを、どさくさで蹴り飛ばすとはな」

「いやマジわざとじゃなかったんだよ、マジで。たまたまそこにクーラーボックスがあったんだって」


 裏山で俺が途中。躓いた何かっていうのが、どうやら鉄炮塚が釣った山魚が入っていたクーラーボックスだったらしい。そして中に入っていた魚の何匹かが、そのまま山道に放たれてしまって弱ったり、行方不明になってしまったらしく、見事に俺は鉄炮塚の逆鱗に触れちまったというわけだ。あと以前に川釣りに行こうかってのを聞き漏らしてたのも、怒ってる原因になっちまったみたいだな。

 そのおかげで瑠璃垣と鉄炮塚のバトルは無くなったから良しとするべきか否か……とにかく釣り上げられた魚には、申し訳ない。でもわざとじゃあなかったのも分かってくれ。


「登山家の名言みたいに言っても許さん。こっちは遊魚券まで取ってんだ。金払ってたんだよ。そいつをぶちまけるなんて……クソが」

「……なんかよく分からんこと言ってるが、金が絡んでるのもそのお怒りの原因で?」

「それだけじゃない。命を粗末にしたことだ」

「え……でも、食べるんだろ?」

「アホかお前は。食べるために殺すのと、足元が覚束無いバカに放たれて殺されるのは違う。ったくこれだからスーパーやコンビニで買うだけのヤツは……自然への尊重が足りてない」

「ああ……確かに、それはそうだな。悪かった」


 スーパーやコンビニだと既に商品として並んでるから意識しにくいが、そうだよなアレって……動物や魚を殺してるんだよな。こーいうのってなんか、ハッと気付かされるもんだよな意外と。ブロックとか刺身にされると、罪悪感もなく、あんな簡単に食べ物になっちまう。不思議なもんだ。


「そういえば、香和と瑠璃垣はどうした?」

「あいつらはセンサーの取り外すってよ。あとでこっちに戻るって言ってたし、もう時期戻るじゃねえか……いや待て。あいつら鉄炮塚の家の場所知ってんのか? もしかして迎えに行った方がいいか?」

「いいやその心配はないだろう。香和は一回、この家に来たことあるし」

「そうなのか?」

「細かいこというなら、瑠璃垣以外のメンツが集まったことがある」

「へぇ、まあなら問題ねえか。めっっっちゃ遅かったら迎えに行く……って感じか」

「それはともかくな……いきなり点いたライト。あれ今度からやめさせろよ。山の中で急にあんなに光るの怖過ぎるんだよ」


 香和の設置したセンサーライトのことか。

 そうだよな……あれ完全に、逃亡犯を包囲して追い詰めたときの光量だもんな。そりゃあ驚くし怖ぇわ。


「はは……まあな。でもあれ俺も、瑠璃垣も、直前まで知らなかったんだよなー」

「ということは香和か……あいつは常識人なのに思い切りがいいのなんなんだよ」

「香和が常識人?」

「ん? なにか変なこと言ったか?」

「いや……ちょっと意外だっただけだ」


 香和が常識人か……まあ少し分かる。

 例えば魔女と名乗らない、オカルト的な神秘に心惹かれない香和はきっと、そうなんじゃないかと思わなくもない。


「というか。お前らはなんたってあんなところにライトを放ってたんだ?」

「え? ああ、あそこに魔法陣が描かれてあってな。それに興味を持った香和が、その魔法陣から魔族的な何かが現れるんじゃねぇ? って、あの仕掛けをやってやったって感じだな」

「あー……なんか納得がいったわ。アタシが魔族扱いしたくだりとか……そういうことか」

「あっ確かに。鉄炮塚はそこら辺の事情知らなかったな。そりゃあ酷いと思うわけだ」

「そうじゃなくても酷いけどな」

「……だな」

「あと酷なこともしたな」

「ああ……んん? 誰がだ?」

「アタシが香和に、だよ。だってあの魔法陣を作ったのは……他でもない、アタシだからな」

「………………は?」


 なんかすげーさらっと言ったが、はぁマジ!?

 いやまあ創りもんだろうなとは思っていたけどさ、まさか制作者がこんなところに居るとは……しかもこの鉄炮塚が? 何のためにだよ?


「……ちなみに言っとくと、アタシの趣味じゃないぞ」

「……だろうな。だからこそ、分かってないって感じだわ」

「はあ……これ、香和には言うなよ?」

「内容次第だ」

「ちっ……いや、ことさら隠すことでもないか。あれはアタシと、前に言ってた香和と瑠璃垣とアタシの三人を集めた生徒会長で作ったものだ」

「また会長か……」


 よく出てくるぜ、生徒会長さん。

 ほんと何者だよあんた。


「ああ。当初作る理由を訊ねたときは、ここに清掃ボランティアに来る子たちがいるから、少し驚かせたい……的なことをほざいてたな。しかも描くだけじゃ掻き消されるから掘って作ろってよ」

「随分とサービス旺盛な人なんだな」

「どーだか。アタシもそのときはちっちゃな子どものためかと思ってたが、そのボランティアって確か、香和が参加してたやつなんだよ」

「香和……ってことは、まさか——」


 ボランティアの子のための魔法陣。

 そこに香和も参加していた。

 そしてこんな魔法陣が、例え創作物だったとしても、香和が興味惹かれないわけがない。つまりこれはもしかしたら……。


「——最初から仕組まれてた?」

「大いにありそうだな。そんで香和のことだ、またあそこに行くのは決定的だろう」

「一体何のために?」

「あそこに行くとしたら、香和が誰かを呼ぶ場合もあるし、アタシが釣り帰りに出会す場合もあるし、会長本人と楽しく話す機会にもなる。このうち実際、二つは当たってるんだ……クラスで孤立気味な香和のためを思う会長なら、容易にやりかねないとアタシは思うね」

「どう転んでも、香和にメリットしかないってことか」

「そういうことだ」


 魔法陣が創られた真相を知ってすぐ、香和と瑠璃垣が鉄炮塚の部屋にぞろぞろと集まる。

 俺はこの事実もとりあえず、香和には伏せることにする。

 鉄炮塚に言われたからってわけじゃなく、香和にとってあの魔法陣は神秘的なモノであって欲しかったからだ。

 なんの意味も無い秘密かもしれんが、オカルト的にミステリアスな方が、魔女としては都合がいいだろうしな。


 そうしてこのあと俺、香和、瑠璃垣、鉄炮塚の四人で、即席の山魚試食会なるパーティーが開催される。まあパーティーだの試食会だのいいつつも、帰宅電車ギリギリまでの時間内に、弱った魚たちの処理を押し付けられた格好だ。しかも律儀に区分けされていて、ぶちまけて弱った魚を主に俺と瑠璃垣が、影響のなかった方を香和と鉄炮塚が食した……俺はともかく瑠璃垣は完全にとばっちりだが、険悪ムードへの制裁ってことかな。


 ただ………………めちゃくちゃ美味かったっ。

 いやあ山魚舐めてたわ。グリル焼き最高っ。

 何も無くても美味いし、ちょい塩は飛ぶっ!

 これで若干鮮度が落ちてんのかってビビり散らかしたわ。

 そういう事情もあってか、フラストレーションが溜まっていた瑠璃垣も大人しくムシャムシャしていて、香和は豪快にかぶり付いてた……また斬新なダークネスが降臨してたな。


 そんな様子を眺めていた鉄炮塚も満足そうに食べてた。

 いくら嫌いあっても、捕まっても、せっかくの釣果を蹴り飛ばされても、釣った魚を美味そうに食うヤツを非難する気は毛頭無いようだ。ちなみに下処理やグリル焼きは全部鉄炮塚がしてくれていて、ますます頭が上がらない。冗談でも良い奥さんになるなっ、とか言ってやりたかったが、下手するとぶっ殺されそうだったからやめといた。


 結局そのまま、たくさんの山魚だけ食べて解散となる。魔族も魔法使いもUMAも……諸々のオカルト的存在はどこにも無くて、魔法陣も創り物で、ただの同級生しか捕まりもしなかったが、有意義な一日だったなと思う。ただ香和は懲りずにまた探すんだろうか……そんときはまあ、なるようになるだろう。とりあえず、自称の魔女が現世でウロチョロしてる限りはな。

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