第28話 アカネチェイス(後編)

 与太話のせいで香和を見失っちまっていたが、どうやら香和は途中でスマホのライトを頼りに立ち止まっていたらしく、すぐに後ろ姿を捉えることが出来た。ある意味ラッキーだ。


「あそこか」

「あっ、また走り出した」

「ちっ……あたっ!?」

「ちょっとなにやってるの」

「いやなんか躓い……なんだこれ、硬い……箱?」

「ドジ。そんなのいいから、香和ちゃん見失うよ」

「あ、ああ……」


 何かが脚に引っ掛かる。同時にバシャンって音もする。近くに立ち木がなければ盛大にすっ転んでいたが助かった。いやんなことはどうでもいい。瑠璃垣の言う通り、うかうかしていたら香和を見失っちまう。多少痛みが伴ってるが、せいぜい打撲程度だ。走れないわけじゃない。


 俺は香和が辿って行った道無き道を駆ける。

 瑠璃垣も後ろに続いている。

 その先になにが居るのか。待ち受けるのか。

 まさかほんとうに魔族とか、地球外生命体なのか……。

 俺には分からない。分かるわけない。

 こうして追いかけているのだって、理解不能だ。


 だけど、こんな風に思っちまう。

 ほんとどうしようもない戯言だ。


 魔法使い、予言者、霊媒師、探究者、異世界訪人……なんだっていい。いっそ閻魔大王様でもいいさ。


 香和が興味惹かれる特異な存在なら、なんだっていい。

 ほんとうに居るなら応えて欲しい。知って欲しい。

 こんな魔法もクソもない世界で、オドもマナもあるのかどうかも不明瞭な地球上で、なお魔法を使おうとしている、魔女になろうとする、キャラクター性がちょっとブレ気味の、オカルトに傾倒しがちな女の子のことを。


 ……いやそんな特異な存在はきっと、いないんだろう。

 俺だってどっかでそうじゃないかって決め付けてんだろう。


 ここで都合良く魔族が召喚されたり、宇宙の彼方からUFOが降臨したり、追っている影が本物の魔法使いだったり……ドラマやアニメや映画的なフィクションなら、そんな展開が香和を待ち受けているだろう。俺も巻き込まれちまうかもしれねぇ……でも現実は違う。


 現実は魔法使いになろうとすると、年齢を重ねれば重ねるほど白い目で見られる。イコール何を意味するか……魔法ってのはほんとにあろうが、なかろうが、大多数から信じられない能力ってことだ。そんなのもう……無いのと一緒だ。

 そして実際問題……有り得ない。

 魔族も、地球外生命体も、霊も、魔女も、空想の話だ。

 地球にこんだけの人が居て、誰一人見つけられないくらいだ。ツチノコ一匹すら見つけられないくらい、無能だ。


 所詮はフィクションだ。夢物語よりも夢の中だ。

 もう分かり切ってるさ。くだらないと分かってる。

 もしかしたら、香和だってそうなのかもしれない。

 無いものをひたすら追いかけてるのかもしれない。


 でもな……無いものを追う香和が、俺は羨ましいんだ。

 これが異性としての恋愛感情かどうかも知らん。

 それこそ鬱陶しい、浮ついた話でしかない。

 だけど誰よりも、魔女を名乗る香和って、どうしようもなく煌びやかなんだ。キラキラってより、ギラギラにな。

 言ってることやってること。もうめちゃくちゃでしっちゃかめっちゃか、なんだがな……こう、楽しそうに語るんだよ。

 それを聴かされる俺も、日々の漠然とした不満が無くなるくらい、心拍がドクンと跳ねるくらいには伝導してる。


 つまりなにが言いたいかというと……いや単純だな。

 香和がやってること全て、俺の認識では魔法になるんだ。

 嘘でも騙し騙しでも、そうなってしまえばいい。

 別にいいだろ? 一人くらい妄言のような魔の法則を信じようとするクズが居たって。今追っている影は、香和が行動した結果付き纏ってきた……無意識の魔法の一つかもしれないって。


 もちろん俺だって魔法とか……そういうたぐいを本気で信じるわけじゃない。でも希望的観測があったって、魔女を信じているヤツが居たっていいと思うんだよ。そんな魔女を、自称魔女を……香和を信じたいって思う。まあ、本人には言わないけどな。


「追い詰めたっ! ここまでだっ!」

「……っと。はは……」

「とりゃあぁぁぁっ!」


 はぁあ……とかなんとか思ってみたが、全部余計なお世話かもしれねぇか。だって微かな光線の向こうで、俺と瑠璃垣の助太刀する必要も無く、香和は追い掛けた影を追い詰めている。しかも臆することもなく、暗闇で足場も悪い中、いつものロングローブを脱いだと思ったら、そのローブを網取りに見立てて広げ、勇敢にも全体像すら掴み辛い影に飛び掛かる。

 いやもうそれ魔女でも魔法でも無く、物理でゴリ押しにいってるじゃねぇか……自称魔女じゃなくて脳筋自称魔女だったか? 勉強も運動も出来ても、パラメーターの使い方がいっつも斜め上なんだよな。全く器用なんだか不器用なんだか。


 ……っと。何はともあれ、確保に成功したらしい。

 俺に出来るのはそうだな……近付いて代わりにライトを当てるくらいだろうか。


「香和」

「その声……ああ、明かり助かるー」

「……やったか?」

「それやってないフラグだよ〜」

「いやフラグとか知らんがな」

「にゃははそうね……やってやったもんっ!」


 スマホライトを当てたところに、モゴモゴと揺れ動くロングローブと、そこに覆い被さってVサインを作る香和。俺の角度からはローブの中に居るなんらかの足元一つ見えなくて、人なのか動物なのかもちゃんとは分からない。

 一応分かることと言えば、モゴモゴと動き回れる生命力があること、どことなく人型の片鱗はありそうなこと、そしてローブをも突き破りような長棒があることくらいだ……なんか既視感こそあるが、断定はし切れない。


 いやある程度推測が成り立っても、言わないだろう。

 だってこれは香和の獲物だ。掠め取っちゃあ悪い。


「うわあ、ほんとうに捕まえちゃったんだ」

「あ、蒼乃ちゃんと居るんだね」

「うん」

「ということは二人とも居るね!」

「ああ」

「じゃあじゃあ、一緒に見るよっ! 魔法陣の生き証人とご対面……それっ!」


 いつから香和の中で魔法陣の生き証人になったかは知る由もないが、とにかくローブの中でもがく獲物を披露した。さあ魔族か、UMAか、幽霊か、同族の魔法使いか……的にニッコニッコの香和を横目に……こんな夜の学校の裏山に彷徨っていた影が形となって、俺たち三人の注目の的となる。


「「………………………………ええ?」」

「およ? ええっ!? 何してるの………………翠子みどりこちゃん」


 香和が捕まえたのは、魔族とかでもなんでもなく、翠子みどりこと呼ばれた女の子だ。いやその名前だけじゃ俺は分からなかったんだが……つい最近顔見知った怠そうな顔と、先ほど躓いてバシャンと音がしたバッグ、ローブに隠されて長棒となっていた肩掛けている釣具を思い出し……翠子というのがそいつの下の名前だと遅れながらに理解する。


「な…けほっ、けほっ……はぁー……息苦しっ。なんだよ一体……殺す気か! アタシが、ぶち殺してやるっ」

「……て、鉄炮塚?」


 粗暴な振る舞いでそこに居たのは、以前堤防で逢った鉄炮塚。休日だっていうのにパーカーを上に着た制服姿まで、あんときと一緒だ。

 つまり香和が言った翠子というのは、鉄炮塚のことか。

 鉄炮塚てっぽうづか 翠子みどりこ……苗字だけならカッコいいが、フルネームだと柔らかさが醸し出てんな。


「ああ? お前なんで……」

「なにやってんだよこんな夜に……」

「なにやってんだって……お前には言ったぞ、確か」

「はあ?」


 俺には言ったって?

 いやいや、さっぱり心当たりないんだが。


「ちっ……まあいい。あと香和? が居るのか?」

「そうだよ〜。どうしたの翠子ちゃん、こんなところでー」

「いやどうしたはこっちのセリフだ。山を歩いてたらいきなり辺りが光出すわ、反射的に引き返したらなんか追い掛け回されるわ、変な布に捕まるわ……どういうことだよ」

「あー……詳しく言うと長くなっちゃうんだけど、魔女としては見過ごせない事情があってね……にゅははは」

「笑い事じゃない……いきなり布を覆い被されて、なんか馬乗りみたいにされて、通り魔か強姦魔にでも遭ったのかと思って声も出なかったんだぞ」

「あ………………そっか。ごめん、なさい」


 鉄炮塚の立場に置き換えて考えたのか、香和はシュンと身体を縮こませて謝る。そうだよな……夜の山であんな風に狙われたら誰だって怖い。通り魔や強姦魔ってのがマジで言ってるのかは鉄炮塚のみぞ知るところだが、有り得ない話じゃねぇしな。少なくとも魔族関連よりはよっぽど現実的な事案だ。だからこそ、一層恐怖に迫られてたかもだ。気の強そうな雰囲気があるけど、鉄炮塚だって同級生の女子と変わらねぇしな。


「……まあ、そうではなさそうだな」

「ああ……」

「香和じゃなくてお前が言うと信憑性が下がる」

「な、なんだとっ!? 俺は鉄炮塚のことをだな……」

「分かってる分かってる、そこは冗談だ。このくらいの冗談が言えるくらい、今は気にしてない」

「うぅ……ごめんね、翠子ちゃん」

「いや、もう謝らなくてもいい。面倒だ」

「翠子ちゃんのこと、勝手に魔族とかUMAとか先人魔法使い扱いしちゃってた」

「……酷いなそれ。酷すぎて呆れて、逆に何にも言えないわ」

「でしょ」

「……まあ、そっちも気にすんな。普通の人間扱いされないのには慣れてるし。呆れこそしたが、お前らなら問題ないし気にしてもない」


 項垂れたままの香和の頭に、ポンと鉄炮塚の手が乗る。

 気にしていないという部分を、より強調するように。


「あと、瑠璃……はぁあ、知らないヤツも居るな」

「はー……久しぶりね」

「何が久しぶりだ。体育の授業で顔合わせたばかりだろ」

「はあ? 先にそっちが無視しようとしたんでしょ」

「なんのことだ?」

「なによ、もうボケたの?」

「ボケたんじゃない。アタシを見るたびに溜め息吐くようなヤツを、記憶から抹消しようとしたんだ」

「それは私のセリフだっての」

「……ほんと、つくづくお前はお邪魔虫だな」

「なによその言い草は」

「このメンツなら察しろっての」

「そっちだって紛らわしいことしてるじゃん。察しが悪いのはそっちじゃないのっ」

「あぁん?」

「なに? この私とやり合おうっていうの?」

「……いい加減、口だけじゃ解決しないと思わないか?」

「偶然ね。私もそれでもいいかなーって思ってたの」

「……こいよ」

「……そっちからどうぞ」


 先ほどの和やかムードはどこへやら。

 お互いが言ってた通りの険悪さが、あっという間に上書きしてしまって一触即発状態じゃねぇか。


「おい待て待て待てっ! こんな視界も足場もわりぃー山奥で掴み合いとかするなよ」

「……掴み合いだと?」

「私は殴り合う気だったんだけど?」

「もっと悪いわっ! どこの不良漫画だっ。おい香和もこのバカ二人を止めてくれよ」

「えへへ〜やっぱり仲良しさんだね〜」

「ちくしょうこの自称魔女平和ボケが過ぎるっ!」


 それからというもの。挙句にファイティングポーズまで取り出した瑠璃垣と鉄炮塚の休戦協定をなんとかもぎ取り、一先ず全員で荷物を手に下山することになった。休戦をもぎ取れた理由はまあ……尊い犠牲というか、俺の失態のせいというか、とにかく一方の怒りの矛先がズレるのには十分なことがあったおかげだな。うん。今日明日、俺が殴り殺されでもしないか不安でいっぱいだが。

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