黄金の日々

@rabbit090

第1話

 愚痴を吐き捨てるようなものなのだと思う、僕にとっての妻とは、そういう存在でしかなかった。

 だから、逃げられた。

 当然なんだけど、

 「お前奥さんに離婚迫られたんだって。」

 最近同期の中でうわさが広まっていて肩身が狭い。でも仕方が無い、妻は僕と同じ会社に勤め、そして僕との結婚が決まると同時に退社したのだから。

 「ゆみのこと?」

 「そうだよ、それ以外に誰がいるんだよ。」

 でもさ、言いたいけど言えないんだけど、

 「…ああ、見ての通り僕は独り身だから。」

 「だよなあ…俺は最近結婚したけど。」

 と、同僚は寂しさをアピールすると優しくなってくれる。というか、最近って性格のきつい人が少ないなあ、と思う。

 なんか、拍子抜けっていうか、じゃあ何と闘って生きて行けばいいんだ、とか。とにかく、僕は空っぽになってしまった。

 でも、妻には、ゆみには悪いことをしたと思っている。

 だって、ゆみは大人しく、オシャレも好きで、はっきり言って持てる女の子だったから、バツイチ、という傷がついてしまって申し訳ないって思ったけど、でも、本当は、心の奥底ではあいつのことを軽蔑している。

 ゆみは、僕以外の男と、付き合っていた。しかもずっと昔から、幼馴染なのだという。恋とかそういう関係ではないと言っていたはずなのに、僕と結婚することによってその違和感から解放されたらしい。

 つまり、運命の相手はそいつだったと。

 ゆみは、「ごめんなさい。」と演技っぽく吐き捨てて、家を出た。しかし僕は、彼女を引き留められなかった。僕は、確かに彼女に対してひどいことをしていたから。

 というか、さあ、きっと運命なんて無いんだよなあ。

 だから、僕のことが嫌いになって、他の手近な男に目を付けただけで、それを運命だとかなんだとか、口にしている妻を見て、内心笑った。

 まあ、こういう所がいけないって分かってるけど、でも、結婚してからは、祖語途上の愚痴とか、そんな話ばかりを妻にしていたから、なまじ同じ会社に勤めていたということもあって、業務に対する理解もあったから、余計、それを嫌な顔せず5年間もうんうんって頷いて聞いていたんだから、感服いたします。

 なんて、

 「ピロンピロン。」

 携帯が鳴っている、この可愛い音を着信音にしたのは会社の同僚で、ゆみからは恥ずかしい、って顔されていたなあ、と思い出す。

 「はい、もしもし。」

 「あ、ごめん。私。あのさ。」

 「うん、何?」

 「…あの、お金。足りなくて。」

 「うん…分かった。いつもの事情だよね。」

 「そう、ごめんね。もう関係ないのに。」

 「別に、気にすんなよ。」

 「じゃあ。」

 「うん。」

 ふうっと息をついて、銀行の振込アプリを立ち上げる。

 残高を見ると、だいぶ減っている。その額の大きさに、ぐふ、とか、変声が出た。

 そしていつも通り手順を済ませ、早速入金し、また、連絡を待つ。

 僕は、空っぽなのだ。

 ゆみは、僕を多分、都合のいいATM程度にしか思っていない。というか、人をATMと思える奴が幸せになれるのか?と甚だ疑問ではあるけれど、でもそんなことはすべてどうでもいい。

 いつも嘘をつき、僕に金を要求する。元妻の言い分を、全部欺瞞だと認識したうえで、黙ってオーケーなんて思ってる。

 なんか、だってだるいんだ。

 妻と離婚してから(あ、元妻だけど)、色々なことが面倒くさくて、でも、仕事を続けていくためにはモチベーションが必要だし、それを与えてくれる存在であるなら何でもいい。

 僕には家族が一人もいないし、仕事だけがあっても、生きるのは難しい。

 だから、

 「ダマされてやるんだよ、なあ。」

 と誰にでもなく、問いかけた。

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