第21話 竜のルシーダ

「だけど、歩くとかなりの時間がかかるよ。魔獣を使っても、ここから街まで数日はかかるんだから」

「そんな魔獣なんて、いらないってば。目の前にいるの、誰だと思ってるの」

 誰だ、と今更尋ねられても困るのだが。

「ルシーダは風だったか?」

 ラングルが、代わりに尋ねる。

「そうよ。竜の中では、一番速く移動できるの。成長途中だし、まだ身体が小さいのは認めるけど」

「えーと、ルシーダ……風の竜が何?」

 ルシーダの言いたいことがわからず、グラージオは首を傾げる。

「もう。あたしが竜の姿になって、街へ行くってことよ。グラージオを乗せてね」

 ルシーダの言葉に、グラージオはしばらくぽかんとなる。

 それから、改めて目を丸くして驚いた。

「ええっ。ルシーダが竜になって、ぼくを乗せてくれるのっ?」

 びっくりしすぎて、オウム返しになる。

「だからぁ、そう言ったでしょ」

 ルシーダが不服そうに、口を尖らせた。

「う、うん……。だけど、竜って人間を乗せてくれるんだって思って」

「だって、竜にとっては人間なんて小さいもん。結構な人数を乗せられると思うわよ」

 何人乗れるかではなく、竜が人間を乗せてくれることそのものにグラージオは驚いているのだが。

「今まで、毒のせいでずっと人間の姿だったものね。ようやく、本来の姿になれるんだわ」

 嬉しそうに言うと、ルシーダはその姿を変える。

 今までグラージオの目の前に立っていた少女がいなくなり、目の前には白銀の竜が現れていた。

 体長は、グラージオが出した馬の魔獣の倍以上は軽くありそうだ。でも、すぐそばにいるラングルが大きすぎて、ルシーダがものすごーく小さく思えた。

 ざっくり見積もっても、氷の竜と五倍くらいは差があるような。

 ルシーダも言ったが、成長途中なのでこれだけサイズの差があるのだろう。

 だが、美しさは負けていない。

 白銀に輝く身体は、そのうろこ一枚一枚が宝石にも匹敵する程にきらめいている。濃い青の瞳は、人間の時ももちろん美しかったが、竜の姿だと大きくなるのでさらに美しい。こんなに深く透明な青を、グラージオは見たことがない。

 四肢の太さはラングルと比べるべくもないが、グラージオの足より太くたくましい。その先にある爪は、真珠を加工したかのようだ。

 竜にどれだけの価値があるか、グラージオは知らない。

 だが、竜の身体を欲しがるゴーダイ達ドラゴンハンターの気持ちが、この姿を見て少しわかるような気がした。

 これだけ美しく大きな生き物なのだ、手に入れたくなる人間がいてもおかしくない。

「ほら、その陰険ハンターを袋に入れて、さっさと乗って」

 ルシーダに言われるまま、グラージオは人形のようなゴーダイを袋へ入れ、恐る恐るルシーダの背中に乗った。

 身体は全体としてはもちろん長いが、幅は馬と変わらないので乗りやすい。表面はなめらかで、もふもふした獣とはまた違った気持ちよさがある。

「えっと……本当に大丈夫? 重くない?」

「そんなに心配される程、あたしは貧弱じゃないつもりだけど。いいから、気楽に乗ってなさいって」

 グラージオが乗ると、ルシーダの身体がふわりと浮かぶ。当然、グラージオの足も地面から離れた。

「ラングル、本当にありがとうね。またいつか、遊びに来るわ」

「……次はもう少しおとなしく訪問しろ」

 静寂を好む竜に、今回の騒動はひどい騒音だっただろう。

「んー、そううまくいかないと思うけど、善処はするわね」

 もういちいち年齢を尋ねる気はないが、その雰囲気からしてもラングルはルシーダより間違いなく年上だろう。

 しかし、ルシーダは別に遠慮することなく、気楽なしゃべり方だ。風の竜というのは、こんなものなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、ルシーダの身体はどんどん上昇する。グラージオは、もう一度ラングルに大きな声で礼を言った。

 ラングルの声は聞こえなかったが、きっと「騒がしいことだ」などと言っていそうだ。

☆☆☆

 簡易魔獣の術は、所詮「簡易」なのだと知った。もしくは、竜の飛行能力のすごさ。

 空には障害物がないから一直線で移動できるとは言え、数日はかかるはずの距離を半日とかからずに着いてしまった。

 それをグラージオが素直に驚いていると、ルシーダはこれまた素直に得意げに言う。

「これくらい、軽いわ」

 ほめて、と言いたげに胸を張るルシーダを見て、グラージオは笑ってしまった。

 ルシーダの身体は、まだ成長途中ということもあってそんなに大きくはない。

 だが、それは竜としては、という意味であって、一般の人がよく目にする動物の中では相当大きい。

 と言うか、普通の人は馬の倍以上あるような大きな動物を見る機会がない。そういう人達ばかりの前に、いきなり竜が現れたら混乱は必至。

 なので、街の外でルシーダは人間の姿になり、グラージオと歩いてミドラーの街へ入った。

 この街を出る時は、ルシーダが竜の姿になるのを見届ける、と言っていたグラージオ。

 今こうして、自由に竜と人間の姿に変われるルシーダがいる、ということがとても嬉しい。

 ジュネルのいる図書館へ行くと、またあの門番に止められた。

 日が変わると、また新たな入館許可証が必要らしい。特殊な施設だから、そこは仕方がないのだろう。

 だが、ふたりは許可証なんて持っていないし、カルラムからもらった紹介状はもうない。

 仕方がないので、ジュネルを呼び出してもらう。もう図書館そのものに用事はないが、また彼の仕事部屋へ入れてもらった。

 ここへ戻って来たことでジュネルも察していたが、無事にルシーダの解毒ができた報告をする。

 それを聞いてジュネルも顔をほころばせ、喜んでくれた。

「あともう一つ、お願いがあるんですが」

 そう言ってグラージオは、捕まえたドラゴンハンターをしかるべき部署へ引き渡す手続きを依頼した。

「まさか、そんな所までルシーダを追っていたとは……。人間の執念とは、恐ろしいものだね」

 驚きと同時にあきれつつ、ジュネルはドラゴンハンターが入っている袋を受け取る。

 火山の花と一緒に袋へ放り込まれていたゴーダイは、袋の中の暑さでぐったりとなっていた。

 自分が凍らされていたため、それが溶けて余計に蒸し暑い状態になっていたらしい。

 拘束しなくても抵抗をする気力もなさそうだが、元の大きさに戻ったゴーダイが逃げられないよう、念のためにとルシーダが風の縄で動けなくしておく。

 少し強めに拘束したのは、ルシーダのささやかな仕返しだ。

 ジュネルやカルラムも話していたが、ドラゴンハンターは捕まえられないことが多い。

 竜の肉や爪など、身体の一部を所持している者や、それらを売買しているところを現行犯で捕まえる、というのが現状である。

 人間に殺された、と仲間の竜から訴え出られることがないので被害の実情が不明だし、ドラゴンハンターもうまく竜を捕まえることが少ない。

 なので、明らかに竜を狙った、捕まえた、という現場を押さえることができないためだ。

 でも、今回は間違いなく殺されかけた竜がいて、目撃者で被害者にもなった魔法使いがいるので、言い逃れはできない。

 ゴーダイを通じて、闇ルートの店にも役人の手が入るだろう。

「これで一掃できればいいが……前にも話していたけれど、実際はいたちごっこだからね」

 事情を聞くためにしばらく引き止められていたグラージオとルシーダに、ジュネルがためいき混じりに言う。

「ああいう連中を止めようとしてくれている人間がいるってこと、あたし達もちゃんと知っているから。外へ出る時は、姿を隠すくらいのことはするよう、若い竜や子連れの竜を見掛けたら言っておくわ」

 ひどい目に遭ったはずのルシーダは、笑いながらそう言ってジュネルの肩を叩いたのだった。

「ねぇ、グラージオはこれから……明日からどうするの?」

 先日のように、グラージオとルシーダはジュネルの家で厄介になっていた。

 夜、庭にある小さな池の前に立っているグラージオを見付けたルシーダは、彼の隣りに立つ。

 ここ数日、あれやこれやと話を聞かれていたが、調書とやらもどうにかできた。ようやくお役御免だ。

 明日からは、どうしようと自由。そもそも竜を拘束する権利など、人間にはないのだが……グラージオに付き合う形で、ルシーダは一緒にミドラーの街にとどまっていた。

「また旅に出るよ。どこへ行くかは、決めてないけど」

 元々、目的地のない旅なのだ。

 今回はルシーダのことがあって、あちこち行くことになってしまったが、もうその必要はない。

「ねぇ、それじゃ、しばらくグラージオと一緒にいてもいい?」

「え?」

「あたしだって、目的地なんてないもん。だったら、魔法使いと一緒に歩くのも悪くないかもって」

 月の光で、少女の流れるようなプラチナブロンドがきらめく。それと同じくらい、ルシーダの笑顔はきらめいていた。

「ね? いいでしょ」

 その顔、もう完全に決定してるじゃないか。

 そうは思ったものの、竜と旅をするなんてそうそうできることではない。一緒に行きたいと言う竜に、断る言葉などなかった。

「いいけど、空は飛ばないよ」

 飛ぶのは気持ちよかったが、それではその道中に面白いものがあっても見損ねてしまう。

「いいわよ。ふふ、旅に出る前の夜は、わくわくしていたわ。今夜はあの日より、もっとわくわくしてる」

「うん、ぼくも」

 彼らにとって、明日は言わば第二の出発。

 グラージオも明日から旅に出る、という日はわくわくしていた。

 今は……多少の不安はありながら、でもルシーダと同じようにわくわくしている。竜と一緒なら、どこまで行けるだろう。

 空を仰げば、青い月が浮かぶ。

 明日の朝はきっと、気持ちのいい出発ができそうだ。

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きみが竜に戻るまで 碧衣 奈美 @aoinami

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