第20話 味方

 グラージオと出会った頃。

 まずは近くの村へ行こうと話が決まった時、周りに人がいればドラゴンハンターも手出しはしないだろう、とグラージオは言った。傷付けようとすれば、みんな味方してくれる、と。

 それを聞いたルシーダは思った。


 実際に矢を向けられたら、誰も味方はしてくれない。


 誰だって傷付けられそうになったり、ましてや死ぬかも知れないという状況になれば、怖いと感じる。可能なら……可能じゃなかったとしても、逃げようするだろう。

 それは本能だ。生きようとする生物なら、みんなが持つもの。

 でも、グラージオは逃げなかった。ゴーダイと向き合い、ルシーダの盾になろうとしてくれた。

 疑っていた訳じゃない。でも、彼は本当に味方だったのだとわかり、心が締め付けられそうになった。

 そんなルシーダの気持ちが、グラージオの手を握る強さに変わる。

「ルシーダ、と言ったか。一通りの魔法はできるな?」

「ええ、もう大丈夫。グラージオ、ごめんね。あたしのために」

 ルシーダは治癒魔法の呪文を唱えた。

 竜が使う魔法だ、人間が使う以上に効果はすぐ現れる。

「あ……れ?」

 もうろうとなりかけていた意識が急にはっきりとなり、グラージオは目をぱちぱちさせてルシーダを見た。

 見られたルシーダは、またにっこりと笑う。その顔は、さっきまでの人形のように生気のないものではない。

「もうグラージオの身体のどこにも、傷はないわよ」

 ゴーダイに付けられた腕の傷。凍傷になりかかっていた手。グラージオは自覚していなかったが、足も相当冷えていた。

 それらを全て治し、その後で身体に熱を流す。

 おかげでグラージオは寒さを全く感じることなく、当然痛みもなく、スムーズに身体を起こすことができた。

 さっきまでは、寒すぎて感覚が麻痺していたので逆に寒さを感じなくなっていたが、動きやすさがまるで違う。身体がとても楽だ。

「ありがとう、ルシーダ」

「もう大丈夫ね。グラージオもあたしも」

「うん」

 お互いの無事を確認し、ふたりは心から笑い合った。

☆☆☆

 ようやく気持ちも落ち着き、ふたりは池にその身体の半分以上を沈めているであろうラングルを見た。

「改めて、ありがとう。あなたが来てくれて、助かったわ」

「まさか、本当に来てもらえるとは思わなかった」

 氷の竜はいないかも知れない。いても、自分が呼ぶ声に応えてくれないかも知れない。

 それでも、グラージオは現れてくれると信じた。

 そんな一か八かの賭に、グラージオは勝った、ということだ。

「仲間を助けろと言われて、見殺しにはできないからな」

 ゴーダイは、グラージオが叫んだ「仲間」という言葉を「ぼくの仲間のルシーダ」という意味にとっていたかも知れない。

 だが、グラージオはこの山にいるかも知れない氷の竜に向けて「竜の仲間であるルシーダ」を助けてくれ、と叫んでいたのだ。

「じゃあ、魔法の呼び掛けより、直接ぼくが口にした言葉で来てくれたってことですか」

「さぁな」

 原始的な方法の方が、効果があったのだろうか。

 魔法使いのグラージオとしては、魔法の呼び掛けに時間差で応えてくれた、と思いたい。結果オーライ、としておくべきか。

「あのハンターはどうする? 騒ぐと面倒なので、氷漬けにはしたが」

 解毒や治療に気を取られてその存在を忘れかけていたが、ラングルに言われてふたりはゴーダイの方を見る。

 彼のせいでルシーダは大変な……と一言では表せないような目に遭ったし、さらにはグラージオまで一緒に殺されそうになった。

 自分にとどめを刺す気満々だった人間を、ルシーダは冷たい目で睨む。

「本当なら、凍ったままの状態で殴ってやりたいところだわ」

「ルシーダ……」

 人間の少女にしか見えないが、本性は竜。そんなルシーダが殴れば、凍っているゴーダイの身体は完全に粉々になるだろう。

 そうされても仕方のないことを、彼はやったのだ。

「だけど、そんな簡単に話を終わらせるのも腹が立つわ。あいつ、確かルールに従うつもりはない、とか何とか言ってたわよね」

「うん。他人が勝手に決めたルールだ、とかって。ルシーダ、あいつの話が聞こえてたんだ」

 ゴーダイが姿を現した時のことだ。

 竜を殺すための勝手な言い草を並べていた。完全に自分を正当化して。今思い出しても、腹が立つ。

 すでにルシーダはぐったりしていたから、聞いていないと思っていた。

「何となくね。偉そうにしゃべってるって思ってたもん。とにかく、従うつもりがないって言うなら、無理にでも従わせてやるわ。それがこの男にとっての、一番屈辱的なことでしょ」

 ルシーダは仕返しのように言っているが、人間の決めたルールにのっとって罰することを選んでいるのだ。

 彼女が怒りのまま直接反撃しても、グラージオには止められないのに。

 止める権利は、人間にはないのに。

「ルシーダ、それでいいの?」

「ええ。怒りにまかせて死を与えるのは簡単よ。でも、そんな楽にはさせないわ。残りの人生、ずっと誰かにコキ使われればいいのよ。自由が最高だってことを、とことんまで思い知ればいいんだわ」

 死ねばそれまで。生きて苦しめる方が、ルシーダにとっては報復になるというものだ。

「一生監獄からは出られないだろうけど……そういう言い方をすると、ちょっと怖いよ」

 ルシーダの言葉に、グラージオは苦笑する。

 それから、ラングルの方を見た。

「それでいいのかな」

「私は騒がしい人間を黙らせただけだ。他のことについては、関知しない」

 どうするかは当事者で決めろ、ということだ。

「それじゃ、こっちで根性を叩き直すようにしておくわね」

「だから、ルシーダ……その言い方」

「そう簡単に直らないでしょうけどね、この男の根性は。じゃあ、この趣味の悪い氷像を引き取って……どこへ行こうかしら」

 ここに放っておいては、凍り付いたまま。罰するためには人間の街へ行って、役人に引き渡す必要がある。

「グラージオ、どこかいい所ある?」

 人間のことは人間に聞けば、とばかりにルシーダが尋ねるが、グラージオもすぐには思い浮かばない。

「いい所って言われてもなぁ。今回のことで顔がつながった訳だし、ミドラーの街のジュネルさんに処理してもらったらどうかな」

 彼自身は図書館の責任者だが、ドラゴンハンターを取り締まる部署に知り合いがいるような話しぶりだった。彼を通じて、適切な責任者に引き渡すことができるだろう。

 ゴーダイを突き出すことで、彼から何か裏の情報が得られることもある。それで闇ルートの店がつぶれるなら、さらにいい。

 いたちごっこでなかなか減らないという話だったが、たとえ一時的に一軒でもそんな店がなくなれば、竜や魔獣が被害を受ける数も減るはずだ。

「ああ、そうね。彼には色々とよくしてもらったし、報告もできるわ。じゃ、ミドラーの街へ戻りましょうか」

「だけど、この氷像を運ぶのって大変そうだね」

 グラージオより大柄の男だから、かなり重いに違いない。

「そんなの、大した労力はいらないわ」

 ルシーダが軽く指を鳴らすと、ゴーダイの凍り付いた身体が手の平サイズになる。人形が凍り付いているようだ。……やっぱり、見た目は趣味が悪いが。

「それを、ジュネルにもらった袋へ放り込んでおけばいいわ」

「あの袋、火山で摘んだプララ草がまだ入ってるよ。溶けないかなぁ」

 火そのものではなくても、火山の花。そこに氷を入れたら、すぐに溶けそうだが。

「溶けたら、それでも構わないわ。動けるようになったって、そのサイズじゃ何もできないんだから」

 ラングルも、山を出たら溶けると話していた。プララ草があってもなくても、ここを離れたらゴーダイの氷は溶けるのだ。

 でも、竜の力で小さくされてしまい、しかも袋の中に閉じ込められてしまっては、意識が戻ったところで何もできない。逃げたとしても遠くへは行けないし、どこかへ行く前に獣に喰われることもある。

 話もまとまり、出発しようとなって、グラージオがポケットを探った。

「ああ、そっか。今日、この山へ入る時に使った分で羽はなくなってたんだ。他のもので簡易魔獣を作らないと」

 今のところ、羽を使えば一番脚の速い魔獣を作れる。

 少しでも早く街へ戻りたいから、早く移動できる魔獣に乗りたかったのだが、この寒い山で鳥の姿は今のところ見た覚えがなかった。

 ここで調達するとなると、樹氷の枝くらいか。直接的な影響は受けないはずだが、乗っていたらそのうち凍りそうだ。

「ああ、もうそんなのいらないわよ、グラージオ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る