第43話 楽園の境界
『魔物が森に戻って行く……』
バジュラムの停止がキッカケかもしれない。あるいは聖地のレリクスが壊されたせいなのかもしれない。
恐慌状態に陥って人々を襲っていた魔物たちは一斉に沈静化し、生きている魔物は森に戻りはじめた。
敢えてそれを追って騒ぎを大きくする必要はない。むしろ今一番注意しなければならないのは、聖地のレリクスから漏れ出して人を襲い続けている粘性生物だとユクシーは判断した。
だが、不定形のアメーバー状の生物など、どうやって倒せば良いのか?
その迷いがユクシーの足を止めさせていた。
『グズグズしてんじゃないよ! このスットコドッコイが!』
そんなユクシーの背中を叩いたのはバレンシアだった。
『私の武器よりあんたの武器の方が効くかもしれないだろ! ダメならダメでそん時に考えりゃいいことさ! ほら、行くよ!』
グランディアに先導され、バジュラムが砲撃で城壁が崩された場所から、エスパダは市街地に入り込んだ。いや、入り込もうとしたが、あふれ出てくる市民の波で思うように進めなかった。
熱線に晒されて燃え上がった家の火は鎮火されるどころか、次々と燃え広がり、その中にあの怪物が現れたのだから市民の逃げる場所は城壁の外ということになる。ましてや外の魔物たちは潮が引くようにいなくなっているのだから。
新たに起こった爆発音に目を向けると、上空からアイオライトが不定形生物にボム・ランスを撃ち込んでいるところだった。しかし、爆発して穴が穿たれても、身体が四散しても、飛び散った蛍光ピンクの滑りは集合して元に戻っていく。
『爆発も火も効果がないのか?』
『みたいだね! くっそ。私もお手上げかい……』
スピンストックとボム・ランスしか武器がないグランディアは、アイオライトと同じ攻撃しかできない。スピンストックの武器が細剣かウォーハンマーかの違いだけだ。
『ユクシー。道を開くよ! グランディアの肩に乗りな!』
『分かった!』
人をかき分けて進もうものならフォートレスでは踏み潰してしまう。だから崩れた城壁で足止めされていたわけだが、人の流れが絶えるのを待っていればどんどんと被害が増してしまう。苦肉の策として、バレンシアはグランディアでエスパダを担ぎ上げ、そのまま宙に放り投げた。
『私は自力で登る! あんたは先に行きな!』
『分かった!』
自前の脚力とグランディアの腕力で城壁の上まで跳び上がったエスパダは、城壁を伝い、さらに隣接する高層建築の建物に爪を立てて飛び回り、ようやく人の波から抜け出した。
だが、その間にも多くの人が不定形生物の犠牲となっていた。
ソレは不定形の身体から触手のように細い腕を作り伸ばし、それで人間を突き刺してはその生気を奪い盗っていた。瞬く間に刺された人間がミイラ化していく。
『くそっ! 人を離せ!』
エスパダはシャムシールを振り降ろした。距離がある。だが、心得たようにシャムシールは分裂して刃先を伸ばし、人間を貫いていた触手を斬り落とした。
熱した鉄板に水滴を落としたような音が鳴り響き、バーン・ブレードがその粘液体を焼いたことを証明していた。しかし、切断された触手は溶けるように形を失い、そのまま本体に吸収された。
バーン・ブレードの攻撃が有効か、判別が難しい。
再度刃を伸ばして攻撃を行うが、同じように焼ける音こそすれども、変化は見られない。
『そもそもコイツはなんなんだ!?』
「おそらく精霊の集合体です! 歪められ、狂気に満ちた憎悪の思いだけしか感じませんが……」
近くを飛行していたオーニソプターから、ベルが真剣な声で応じてきた。いつものノンビリした面持ちはそこにはなく、精霊の負の感情を受けて苦痛に顔を歪めていた。
『倒す方法は!? なにかないのか!?』
「圧倒的な熱量で破壊する以外、方法はないのだ!」
『そんな……』
圧倒的な熱量。そんな武器はどこにもない。
あるとしても、それはもう倒してしまったバジュラムの腕にしかなく、バーン・ブレードの熱量でもダメージを与えているとは思えないものだった。
万策尽きた。その思いがユクシーの心にのしかかってきた時だった。
『後ろに飛び退け!』
声に振り返るよりも速く身体が反応し、エスパダは後ろ跳びに飛び退いた。
声は辺境領姫のものだった、しかし飛び退けとは?
城壁が崩れた場所に、倒したはずのバジュラムが立っていた。破損した痛々しい姿で右腕を構え熱線を放った。
火線が走り、耳を塞がずにはいられない甲高く耳障りな絶叫が周囲に響き渡った。そして卵が腐ったような硫黄の臭いと黄色い煙が辺りに充満していった。
煙が晴れると、そこにはもうあの不定形の生物の姿はなく、炭化した暗緑色の塊だけが残されていた。
『バジュラム!』
エスパダは身構え、城壁の上にいたグランディアも千棟姿勢を取った。しかし、放熱行動をして蒸気を吹き出しているバジュラムは腕を下ろし、叩き斬られた自身の腕を拾い、ズルズルと音を立てて森に向かって進みはじめた。
『どういうことだい?』
『魔物を追っている……のか?』
『そうか……』
バジュラムは人よりも魔物を狩ることを優先する。あの不定形の怪物を魔物と断定し、狩り終えたバジュラムにとって、ここに残された生存者たちよりも、森に向かう魔物たちを狩る方が優先されるものだった。
『じゃあ、なにかい? 私らがやったことって、ただバジュラムの邪魔をしただけだったってことなのかい?』
『どうかな……?』
『そうではあるまい』
翼を羽ばたかせて地上に舞い降りてきたアイオライトは傷らだけのエスパダとグランディアに敬意を表すように、剣礼をして見せた。
『卿らが戦わねば、あの人々は救われなかっただろう』
あの人々――アイオライトの目線を辿ると、城壁の外に数万のスラムの人々が立ってこちらの様子を窺っているのが見えた。
『半数近くが亡くなったが、半数は卿らのおかげで救われた。無駄な戦いではなかったということだ』
それだけ言うと、アイオライトは再び翼から青い燐光を放ちながら空に舞い上がった。
『再戦の時まで壮健なれ!』
ユクシーの返事を聞くこともなく、そう言い残してアイオライトは上空に待機するトロンベに戻っていった。
『だってさ。惚れ込まれたねぇ。あはははーん!』
『勘弁してくれよ……』
疲れ切った声を出したユクシーはアルフィンとネビルの無事な姿を見つけてホッとしたようにため息をついた。勝った気はまったくないが、それでもなにかを成し遂げられたのかもしれないという満足感が彼の疲労を和らげていた。
しかし、手を振りながらエスパダの駆け寄ってきたアルフィンはどこか不機嫌そうだった。
「色々と資材を使ったから赤字よ赤字!」
『はぁ?』
「新たな稼ぎネタを探さないと、エスパダの維持費も出せなくなっちゃうからね!」
『勘弁してくれよ……』
日常の銭ゲバが戻ってきた。そんな思いにユクシーは苦笑を漏らした。
だがバレンシアとしては気が気じゃない。
『あ、あのさ……私らはどうなるんだ?』
「はぁ? お前らってどういうことだ?」
『え? いや、あー……一緒に組んだわけだが……』
「ああ、まあこの仕事が終わったんだから好きにしていいんじゃねえか?」
まったくもってバレンシアの言葉の意図に気づいていないネビルは、どうでもいいよというぶっきら棒な調子で答えた。
そばにいたアルフィンは、バレンシアに向かって〝それじゃダメでしょ! ハッキリ言いなさいよ!〟と口パクで伝えたが、バレンシアはどう話をしたらいいのか分からず、コクピットの中でオロオロしていた。
「まあ、アレだな……。俺たちは足もねえし、お前らに問題ないならしばらくは組んで仕事をするか?」
『し、し、し、仕方ないから……く、組んであげるわよ! 足がないと、困るでしょ!」
ヤレヤレというようにユクシーとアルフィンが、同時に苦笑を漏らしたのは言うまでもなかった。
後日、クラウツェン精霊首長国はバジュラムの攻撃によって聖地が破壊され、ゲンナジー首長が落命したことを発表した。だがそれは表向きの発表であり、カティンカとイサークに事情の説明を求められた臨時首長のマラクは、渋々とことの真相を話すこととなった。
あのレリクスはソウル・イーター・システムを搭載した土壌改良装置であり、大量の魂と引き換えに土壌を豊かにするものという認識だったという。
かつてこの遺跡でそれを見つけた先人たちは、生贄の魂で土壌を豊かにしていた。しかし装置がバジュラムを引き寄せることが判明し、その攻撃を防御する壁を作り、バジュラムが追い立てる魔物たちの魂魄を消費する方法を思いついたのだという。
だが、幾度もの襲撃で壁は脆くなり、とうとう崩された。
そして、レリクスも壊され、そこに封じられて使役されてきた精霊の集合体が暴走してしまった。とても指導者が民に語れるような話ではなかった。
「あのレリクスがなくなれば……我々はこの先どうしたらよいか……」
「他の街と変わりなくなっただけでしょうな。生きることとは常に戦いである。楽園とはほど遠いが、人が住まう場所の境界に生きる我々のモットーですよ。というところで、帝国には被害もいかなかったわけですし、納得してお下がりいただけますかな? 辺境領姫」
「結構です。しかし、今後は問題になるでしょうね?」
「なにがですか?」
「あの剣です。ストーム・ブリンガーと私は呼ばせていただいておりますが、あれほど強力な力を持つ剣を一都市国家が持つことを果たして他が許すでしょうか?」
「さて……それはどうでしょう? あの剣は、彼ら個人の物ですからな」
食えない男だと思いつつ、カティンカは苦笑を漏らすしかできなかった。
同時に、彼らのこれから先の旅が、あの剣によって波乱に満ちたものとなることを確信したのだった。
エリジウムズ・エッジ~楽園境界~ くしまちみなと @minato666
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