第42話 秘されていた魔神
バジュラムはまた腕を構えて熱線を放った。エスパダが間近に迫っているにもかかわらず、眼中にもないという様子で腕を構えて祭壇の謎のレリクスを攻撃し続けた。
『ヤツは人間よりも魔物の攻撃を優先する』
『じゃあ、あのレリクスは魔物よりもヤベーやつってことじゃないのかい!?』
ユクシーはエスパダを走らせつつ横目で怪しい輝きを増す祭壇のレリクスを見上げた。
攻撃を受けているせいなのかは分からないが、先ほどよりもより謎めいた薄ピンク色の光の脈動が激しくなった気がした。
そこになにが隠されているのか気になるが、今はバジュラムを倒すことが先決だった。
排熱ハッチを開いて冷却行動に出ているバジュラムに、エスパダは下から逆袈裟斬りに斬り上げた。
ガッ! という音と共にバジュラムはハルバートでその斬撃を受け止めた。やはり特殊な合金で作られているのか、バーン・ブレードの刃をもってしてもその柄を叩き斬ることはできなかった。しかし受け止められた瞬間、シャムシールは青く輝き刃を分裂させた。
柄を起点に刃が折れて回り込み、バジュラムの装甲を斬りつけた。
『浅いか!?』
装甲に傷はつけた。だがその傷は浅く、駆動部分にまで達してはいない。
だが通常の剣では歯が立たなかった装甲に傷をつけたことは大きい。
刃を戻し、さらに斬撃を加えていく。
片手間でその攻撃を受けきれぬと判断したのか、バジュラムはハルバートを構えなおして向き合い、その攻撃を弾くように受け流した。
『あんたの相手はエスパダだけじゃないんだよ! このスットコドッコイがあああっ!』
グランディアは低く滑り込むような体勢でハルバートを掻い潜り、バジュラムの蛇体の胴にウォーハンマーを叩き込む。ピックが高速回転し、金属が削れる音と共に火花が飛び散った。
やはりこうした特殊武器ならバジュラムの身体に傷をつけられる。この魔神は決して無敵ではない。
そうこの攻撃で気づいたものの一度攻撃が成功すると、バジュラムはその攻撃を軽快して武器を巧く受け流してくる。対応が速かった。
なによりもパワーの差が段違い過ぎた。押し合いになるとパワー負けし、エスパダはおろかグランディアまで跳ね飛ばされる。
『さすが一四発騎……。パワーは伊達じゃないってか……』
体高一八メートル。全長で四〇メートル近くある巨体を動かす動力が必要だとしても、一四本ものエーテル・ジェネレーターを搭載しているのだから、その余剰エネルギーはとんでもないものがある。しかも、死者の魂を吸引してエネルギーに変えるシステムまで搭載しているとなったら、どれほどの余剰エネルギーを保持して戦っているのか想像がつかない。
この戦場は、魔物も人も大量に死にすぎており、おそらく供給過多のレベルでソウル・イーター・システムが可動しているはずだった。
『上空から牽制をかける! その隙を突け!』
上から降ってきた台詞にハッとしたユクシーが見上げると、そこには金属の翼を羽ばたかせるアイオライトが滞空していた。
アイオライトはランチャーを構え、バジュラムの頭部を狙ってボム・ランスを放った。しかし、バジュラムはハルバートをプロペラのように高速回転させてボム・ランスをはじき、爆圧まで封殺した。
バジュラムにできた隙を突いてエスパダとグランディアがハルバートの旋風の下に潜り込み、武器を振るった。しかし、バジュラムは左手で腰に固定していた剣を引き抜き、二騎の攻撃に対応してきた。
『バケモンはやることもバケモンだね!』
圧倒的なパワーの前に武器を振るうことができない。
ユクシーたちの苦戦をバリシュから見ていたアルフィンたちも気が気じゃなかった。
「アルフィン手伝え!」
「なにをする気!?」
なにかよからぬことを思いついたのか、意気揚々と槍を掴んで叫んだネビルにアルフィンは不安しか感じなかった。
「お前の得意技さ。コイツに複数の光熱石を結びつけるんだ!」
「はい?」
槍に複数の光熱石と言われてもアルフィンはピンとこなかった。それを見て鈍いなというように、ネビルは残念そうな顔を見せた。
「光熱石を括りつけたコイツを、バジュラムのエーテル・ジェネレーターに叩き込むんだよ!」
肉弾戦をすることしか考えないネビルらしい発想だった。だが、体高一八メートルの背面につけられているエーテル・ジェネレーターに、どうやってこんなバランスの悪い物を投げつけるというのか?
「どうやって叩き込むのよ! 小回りの利かないバリシュからじゃ難し……オーニソプター!?」
「そうだよ。あの羽虫飛行機だ!」
そうと決まればこの親子の動きは速かった。
槍の穂先に四個ほどの光熱石を括りつけたものを都合二本作り上げた。
「なにがあるか分からないから、僕たちも支援に飛ぶのだ!」
「よろしく!」
ボブが操縦し、その後ろにベルを乗せたオーニソプターが先に飛び出してゆく。
アルフィンはゴーグルを下ろし、後席に跨がるネビルに声をかけた。
「ちゃんとつかまっていてよね!」
「おう! 安全第一だ!」
「ホントに?」
嘘つきと笑いながらアルフィンはアクセルを捻り、格納庫からオーニソプターを発進させた。
羽音鳴らして二機のオーニソプターがバジュラムに迫った。
ベルがカラー・スプレーと言われる多色の煙を放つ魔法を唱え、バジュラムの顔周りにまとわりつかせて視界を奪う。その間に接近したアルフィン機の後席からネビルが光熱石付き槍を投げつけた。
期待通り衝撃を受けた光熱石は発火した。しかし、バインダーに阻まれてその発熱は思ったようにならず、ただエーテル・ジェネレーターの表面を焦がしただけで終わった。
「くっそ! やっぱり吸気口に直接放り込まないと意味がねえな!」
「無理でしょ、そんなの!」
「やってみなきゃ分からんだろ! エーテル・ジェネレーターの上に回り込め!」
指示通りにアルフィンは振り回されるハルバートに注意しながら、オーニソプターをバジュラムの上空に向かわせ、そしてエーテル・ジェネレーターに接近させた。
「やっぱ直接叩き込むにはコレしかねえな!」
そう言うが速いか、ネビルは安全ベルトのフックを外して宙に跳んだ。
「バカじゃないの!?」
そんなアルフィンの罵声もネビルには届いていなかった。発熱するエーテル・ジェネレーターにつかまり、革手袋が焼ける臭いを嗅ぎつつその吸気口に光熱石付き槍を突っ込んだ。
すぐさま熱反応が起こり、ネビルは手を離して蹴って跳び、そのまま落下してゆく。
慌てたボブがエアバーストの魔法を放ち、ギリギリのところで減速したネビルはフワリと持ち上がり、受け身を取りながら地面に転がった。
「どうだっ!?」
見上げたネビルの顔に上から火花が飛び散ってきた。
エーテル・ジェネレーターの一本が爆発し、それに隣接する二本からブスブスと黒煙を上げていた。だが、一四本の内、三本が停止しただけではその可動に変化は現れなかった。
「クソ硬えヤツだな!」
ここにいてもネビルにできることはない。
さっさと退散しようとした矢先、見上げたネビルは驚愕した。
「お前まで跳ぶこたあねえだろ!」
爆発して黒煙を上げるバジュラムの背面に点検用ハッチを見つけたアルフィンは、後先考えずにオーニソプターを近づけると、鞭を片手にバジュラムに向かって跳んだ。
ネビルのことをバカと言ったアルフィン自身、自分もバカだと心の中で罵っていたが、今やらなければどうにもならないと判断した。こういう思い切りの良さは、養父の影響が高かった。
バジュラムの肩飾りのトゲに鞭を絡めてそれに身体を預け、足がかりが少ないバジュラムの背をよじ登る。
起動後、一度も開けられたことがない点検用ハッチは隙間に泥が詰まり、硬くなっていた。動き回るバジュラムに振り落とされないようにしながら、アルフィンはクロウ・バーで泥を落とし、ハッチのレバーを回す。
「ふんっぬううううっ!」
半ば癒着しかけているレバーを力尽くでこじ開け、アルフィンはバジュラムの内部に潜入した。だが、そこはアルフィンが今まで見てきたフォートレスとはまったく異なる思想で作り出された機械の山であり、どれをどうしたらよいのかサッパリ検討がつかない。
「だったら、壊すしかないでしょ!」
見たことがない機械に怯む自分を勇気づけるために大声で自分を叱咤し、機械のあちこちにクロウ・バーを叩きつけた。だが内部の機械は恐ろしく硬い素材で造られており、クロウ・バーごときで殴った程度ではビクともしない。
ポシェットやシザーバッグを漁り、手持ちの光熱石を探すが見つかったものはわずか二本のみ。
これだけじゃ完全破壊は不可能だということは、アルフィンにも分かっていた。
――どこを叩けば効果的だろう……?
周りはモニターもなにもなく、ただ無数のパイプや弁が見えるだけだ。
落ち着いて観察すると、左右同じ位置に金色のパイプが上から下に走っているのが見えた。そのパイプは、あの祭壇から伸びていた謎のレリクスと同じ素材に思えた。
――これが、ソウル・イーター・システムに関係するパイプなら……。
そうであることを願いながら、アルフィンはクロウ・バーの先端に光熱石のソケットを挟み込み、叩きつけた。眩いほどの光が放たれ、熱反応でパイプが溶かされていく。
「もう一丁!」
もう片方のパイプにも同じように光熱石を叩きつけて溶かし、アルフィンは背面のハッチから外に跳びだした。その瞬間、激しい蒸気が点検室内に吹き出し、背面のハッチから白煙が吹き出した。
跳びだしたアルフィンは間一髪のところで鞭を掴みぶら下がり、蒸気の直撃を免れた。
そしてバジュラムは――
内部破壊で一瞬動きが止まり、そしてギシギシと異音を立てながら再び動き出した。だが、その動きはぎこちなく、先ほどまでの機敏な様子は見られない。
「ユクシー! 後は任せたからね!」
アルフィンは鞭を離してバジュラムの背を蹴って跳び、ネビル同様にボブのエアバーストの魔法で受け止められて地面に転がった。
「お前まで危ねえ真似するんじゃねえ! 心配すんだろうが!」
地面に転がったアルフィンを小脇に抱えて一目散に駆けだしたネビルは説教混じりの台詞を口にしたが、アルフィンはそれをあんたが言うか? という冷たい目で睨めつけただけだった。
二人の攻撃でバジュラムの攻撃にキレがなくなった。
今までがまるで自然界に存在する動物のようなしなやかな無駄のない動きだったのに対して、今はどこかぎこちなく明らかに作り物の機械的な動きに変化していた。
ユクシーは一気に間合いを詰めて斬りかかり、下段から刃を振り抜いた。
シャムシールの鋒が空に向いた瞬間、空から稲妻が走ってそこに落雷した。
ザアッと激しい音を立てて雨が降り始め、一気に嵐の様相を見せ始めた。
シャムシールの刃は帯電したままさらに青白く輝き、エスパダは身を屈めてハルバートを避けると、足のバネを生かしてさらに剣を振るった。
ガッという鈍い音がし、その直後、重い音を立てて剣を持っていたバジュラムの左手が地面に転がった。
『まだまだあああああっ!』
腕を失い身を引くバジュラム。
間合いを取らせまいとさらにエスパダは踏み込み、身を屈めると跳び上がりざまにバジュラムの身体を縦に斬り裂いた。
火花が飛び散り、バジュラムはギシギシと音を立てながらぎこちない姿で眼前に広がるクラウツェンの市街とその奥に見える丘の上の祭壇を見上げた。
その瞬間、バジュラムは右腕に持ったハルバートを全身のバネを使い、祭壇に向かって投げつけた。
凄まじい風圧が焼け焦げた建材を薙ぎ倒し、ハルバートは金色のレリクスに突き立った。
『あの距離に届くのかい!?』
バレンシアの驚愕の声は、崩れ落ちるバジュラムの音にかき消された。
『終わったのか……?』
しばし赤く明滅していたバジュラムの目の輝きは失われ、それは魔神からただの壊れた機械へとなり果てた。
ドラグーンから歓声が上がり、誰もが終わったと思った瞬間、再び市街地から悲鳴が沸き起こった。
あの金色の根のように張り巡らされたレリクスから、蛍光ピンクに光輝く不定形の粘液が溢れ出し、周囲にいた人々を襲いはじめた。
それは脈動しながら不定形に広がるアメーバのような魔物。クラウツェン精霊首長国の聖地に隠されていたレリクスが産み出した怪物だった。
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