第41話 ストーム・ブリンガー

『爆撃を集中して着地場所を作るよ!』


 バレンシアの合図でまずバリシュから数発のボム・ランスが放たれた。そこにカダス商会のドラグーンたちも合わせるようにボム・ランスを放っていく。しかし、軍艦と違い搭載しているボム・ランスの数が少ないために思ったほどの効果は出ていなかった。

 それを見たカティンカはすぐに判断を下した。


「面舵回頭。ドラグーン・バリシュが狙う場所を支援攻撃する! 射角に入り次第、攻撃開始!」


 伝声管を伝ってカティンカの命令は射撃ハッチに伝えられ、艦回頭後に射撃が行われた。

 数回の射撃で生じた空白地帯。そこが魔物で埋められる前にバリシュは低空進入し、地表数メートルの高さに降下して後部ハッチを開いた。

 先に降りたのはグランディアだった。着地と同時にボム・ランスをバリシュの侵攻方向に放ち、離陸の邪魔をする魔物を蹴散らしてゆく。

 次いで地上に降りたエスパダはシャムシールを構え、手近にいた陽光を浴びて溶けかけたトロールを斬り倒した。

 斬った瞬間から、ブーンというなんとも言えぬ震動と唸りをシャムシールがあげはじめた。


「コイツは……大丈夫なのかよ……」


 コクピットの中でユクシーは独りごちたが、ここまできたら迷っている暇はなかった。

 スイッチを入れてバーン・ブレードを起動させる。すると刃が青白い燐光のような光を放ちはじめた。


「赤色発光じゃないのか!?」


 迫ってきた硬そうな巨人にシャムシールを振り下ろすと、まるでバターに熱したナイフを当てたように難なく斬り倒せた。その切れ味にユクシーは恐ろしさすら感じた。


「だがこの刃なら頼りになる……」


 そしてさらに近づく魔物を斬り倒し刃を振り抜いた時、刀身が伸びた。いや、青白い光で繋がったまま一〇個に分裂し、バリバリと空気を引き裂く稲妻と同じような音を轟かせてより広範囲の魔物を切り散らして元の形状に戻った。


「これは……使いやすいんだから使いづらいんだか分かんねえ武器だな!」


 バジュラムと相対するまでに分裂のタイミングを見極めなければならない。だが、練習台はいくらでも群がってくる。魔物を斬り倒せば倒すほどに刃は唸りを上げ、時には稲妻が空気を引き裂くような音を響かせた。


『調子が出てきたようだね!』

『どうかな? 剣に振り回されている感じだ!』


 同じようにウォーハンマーで敵を蹴散らしていたグランディアからバレンシアが声をかけてきたが、ユクシーは余裕のある返事などできなかった。しかし、その答えにバレンシアは満足そうな笑いを漏らした。


『それでいいのさ。あんたは武器に呑まれないよ! さあ、自信を持って戦いな! 私が背中を護ってやるよ! あはーん! あははは~ん!』


 その高笑いさえなければ良い女なのにとユクシーは苦笑しつつ、さらに群がる魔物を斬り伏せていった。

 一振りするたびに面で魔物が消えてゆく。シャムシールという剣でありながら、その攻撃範囲はバジュラムのハルバートを上回るかもしれない。

 上空から戦いの様子を見ていたカティンカは、かつてアイオライトと相対したエスパダがあの時とは全く別の怪物にでもなったような印象を受けた。


「あの剣はいったいなんなのだ……」


 エスパダが剣を振るうたびに雲が反応して輝き、どこか遠くで雷鳴が轟く。

 さらに暗い雲が空を覆い、時折稲光が雲を輝かせて雷鳴が近くで鳴り、空気が冷えはじめた。同時に雷雲と呼応するかのようにエスパダの剣が電気をまとい、時折稲妻のようなものを刀身に走らせ道を切り開いてゆく。


「アレは本当に嵐を呼ぶ魔剣だと言うのか?」


 空気が電気に焼かれる臭いに顔をしかめつつカティンカは、風に荒れる髪を押さえた。湿気った風が吹いているのに、髪や手すりを触ると静電気がパチパチと爆ぜる音を立てるため、迂闊に手すりを掴むのも危険になってきた。


「監視員は艦内監視に切り替えるように指示を出せ! 例外は認めない!」

「辺境領姫もお早く中へ!」


 艦橋のウイングで戦況を見守ることも危険になってきたため、カティンカも艦内に戻り艦橋内の窓に張りつくようにして戦況監視を続けた。

 エスパダの破壊力の前に魔物たちは恐れをなし、エスパダの進路を避けるように動き始めていた。そのため、エスパダとバジュラムの距離が先ほどよりもずっと近づきはじめていた。

 だが、バジュラムはエスパダとグランディアに気づきつつもそれを無視して、再度街を攻撃するように右腕を上げて構えた。つまり、この二騎よりも重要ななにかがあの城砦の中に隠されていることになる。

 様々な色の煙を放つベルの魔法の光がバリシュの舷側から飛び、バジュラムの視線を遮るように飛び回った。だが、バジュラムは気にした様子もなく三発目の熱線を放った。

 焼かれた城壁から熱線は街の中を突き抜けて、火線が祭壇まで走った。


「ヤツはなにに固執している!?」

「祭壇を狙ったようです!」

「首長は無事か!?」


 誰もカティンカの問いに答えられなかった。

 街は猛火に包まれ、悲鳴と絶叫がこだましていた。

 もうもうと立ちのぼる黒煙のせいで視界が妨げられ、クラウツェンの首脳陣の安否はトロンベから確認することは不可能だった。


「なんだ……アレは?」


 巻き起こる突風で煙が流され、焼かれた街が露出してゆく。揺らぐ黒煙に遮られつつも不可解な光を放つソレが確認できた。

 金色の管のようなものが祭壇から地下に向かって、まるで木の根のように伸びており、脈打つように薄ピンク色の光を放って明滅していた。


「アレがバジュラムの狙いか!?」


 それはなんらかのレリクスなのだろう。

 だが、その奇怪な姿からは今までカティンカが見てきたレリクスからは感じたことのない怖気が伝わってくる気がした。あの魔剣とは別物のもっと歪んだなにかがアレには込められている。それがバジュラムを引き寄せているのかもしれない。

 地上で戦うエスパダたちからは、あの装置は見えていないだろう。だとすると、装置に気づき、いざという時になんらかの対処ができるのは、今のところカティンカだけということになる。

 拳を握り締めてしばし悩んだ後、カティンカは踵を返した。


「アイオライト出るぞ! トロンベは上空待機! 以後の指揮は副長に任せる!」

「しかし! 辺境領姫!」

「私は出ないと言ったな……。あれは嘘だ。許せ副長!」


 もう止めることは難しい。そんな顔をカティンカはしていた。


「では、せめてドラッヘ・テンツェリンの同行を!」

「いらぬ。私単機の方が、いざとなれば逃げられる」


 逃げるという言葉を聞き、副長は渋々納得したように敬礼した。それを見てカティンカは返礼し、小走りに格納庫に向かっていった。

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