第14話 甦 り
この夏は特に暑い日が続き、普段は涼しい笠置山も熱気を帯びていた。
「さてと、いよいよ明日だね。どうだい緊張するかい?」
若い僧、影明は向かいの黒猫に話している。
「なんてことはないさ。俺よりお前はどうなんだ?大役を任されたんだ、俺なんかと違って遊びじゃないんだぞ。」
「うん。確かに少し緊張はしている。檀家さんも大勢お見えになるし、春日(かすが)大社(たいしゃ)の宮司様も来られる。お寺にとっては一大行事だよ。」
影明が言う一大行事とは、春日大社から笠置寺への「春日移し」の事で、それを披露する式典が明日行われるのである。 昨年の式年造替で社殿が新しくなった『御蓋山(みかさやま)(三笠山)』の山頂にある摂社・本宮神社の旧社殿がゆかりの此処、笠置寺で春日明神社として再興されたのだ。
かつて貞慶が建立した春日明神社は元弘の戦火により消失。以来、再興は行われずであったものが平成二十八年五月二十三日、六八五年ぶりに蘇ったのである。
「よし、明日は早朝から忙しくなるぞ、早めに休むとしよう。おやすみ烏羽玉。」
「ああ、また明日な。」
烏羽玉はそう言って庵を後にした。しかし、影明が言った烏羽玉への言葉の意味は何だったのだろうか?
翌日、笠置寺境内は大勢の人で賑わっていた。檀家衆達はそれぞれに春日明神社の再興を喜びあちらこちらで談笑が見られる。地元関係者も多く参列し、新聞記者の姿も見られた。式典が始まり、春日大社宮司による祭事が執り行われ厳かな雰囲気の中、式典は無事に終了した。
その後の挨拶で
「六八五年の時を経て再び春日明神社が復活したのは大変に喜ばしい事であり、解脱上人・貞慶が建立された八二〇年と同じことが行われた事に感激しております。」
春日大社宮司・花山院氏はそう話した。
この『花山院家』とは、藤原家忠を始祖とし、かつて後醍醐天皇の身代わりを務めた花山院師賢のご子孫なのである。ここに不思議な縁を感じざるを得ない。
「お集りの皆様にもう一つ、ご覧いただきたいものがあります。」
式典後の和やかな場に影明の声が響く。
「春日明神社と同じということではありませんが、実は復活を遂げたものがあります。こちらです。」
会場の隅から何やら大きな物体がこちらに向かって歩いてくる。
「エーッ!」
「何あれ?」
「ぬいぐるみか?」
会場に居た人々はざわつきだした。それが影明の隣に立つと
「皆さん、これはご当地キャラクター『笠やん』です。二十数年前この笠置寺にいた案内猫笠やんが妖怪・猫又の力を借りてこの世に蘇ってきました!」
その顔はニコニコと笑っており、頭に大きな笠を被り、首には鈴ならぬ『解脱(げだつ)鐘(がね)』を模した飾りを下げている。解脱鐘とは笠置寺の梵鐘の事で、下縁部に六つの切込みがあり、銘文が下面に陰刻された日本では珍しい形状で重要文化財に指定されている。
そして何より特徴的なのはその尻尾である。
「そして“笠やん”は猫又の力を借りているのでこの通り、尻尾が二本あります。」
言われた“笠やん”はクルリと後ろを向いて皆に尻尾をみせている。
「面白い。化け猫だな。」
「可愛らしいわね。」
「妖怪かー。誰が考えたの?」
その場にいた人々は驚いたり、色々と聞きたいことがあったりと言葉が飛び交っている。
「これからこの“笠やん”は笠置町の事を知ってもらう為、地域のイベントに参加したり色んな所に出かけたりと活動をして行きますのでどうか皆さん、温かく見守っていただき応援をよろしくお願いいたします。」
披露の後、次々に写真を望まれた笠やんは一人一人とふれあいながら撮影をしている。
「はい、では撮りまーす。はいチーズ」
一人の女性が携帯を預かり次々とこなしているのを見て
「ご苦労さん、終わったら庵で。」
影明はそう声をかけると、来賓者の見送りに向かって行った。
「あー、疲れたねぇ」
「なんでおまえが疲れるんだよ!こっちのセリフだ。」
一足先に庵に戻った烏羽玉はいつものように相棒にツッコんでいる。
「ねえねえ、どんな感じ?面白かった?」
古ノ森は相変わらずの調子である。
「どうもこうも勝手が判らん。動きづらいし、笠が重い。」
「あの姿でないと駄目だったのか、そもそも」
「見た目は凄く可愛いかったよ、フフフ。」
「なに笑ってんだよ!」
「だってね、アンタだと思うと余計におかしくってさ。きかん坊とは真逆の感じだからさ」
「ふん、真逆で悪かったな。」
「そうふくれなさんな。皆喜んでいたよ。写真撮ってって大人気だったじゃないか。」
“笠やん”は烏羽玉が化けていたのである。一年ほど前、影明が突然言い出したのだ。
「ご当地キャラクターって知ってるかい?」
そう言われた二匹は、首を傾げる。
「なんだそれ?」
「お土産品か何かかい?」
「違うよ、ご当地キャラクターっていうのはその地域の活性化を願って創られたキャラクター、うーん何て言えばいいかな。偶像というか。地域の特色を表した空想上の生き物ってところかな。」
「生き物なのかい?」
まだ腑に落ちない感じの二匹に向き合うと
「そう、架空の生き物。それを笠置町でも創れないかと思ってね。そして笠置町を色んな人に知ってもらうきっかけになればいいと思うんだ。」
一昔前には多くの観光客が来た笠置町であるが、近年はめっきり減っているのだ。自然を求めて来る人々はあるものの、その他に訪れる人は数少ない。笠置寺とて例外ではなく往時の観光客数には及ばない。
「勿論、寺にも人が来てもらいたいけど笠置という所をもっともっとよく知ってもらいたいんだ。」
影明はその生き物を考え出そうと思っているらしい。
「笠置の特色ってなんだ?山と川だけだぞ。」
烏羽玉は自分の暮らす環境をそのまま言葉にする。
乱暴な言い方だが、少なからずそう思っている人もいるのは確かなので
「よくそう言われるからこそ、他にも見どころは沢山あるって事をいろんな人に知ってもらいたいんだ。」
影明にはどうやら理想とする目標があるようだ。
「で、そのキャラクターとやらは考えたのかい?」
「うん、実はもう決めてあるんだ。ふたりもよく知ってる者をキャラクターにと考えたんだ。」
「知ってる者?」
またもや首を傾げる二匹に
「笠やんだよ。」
そう告げると
「えっ!」
少し驚いた様子の烏羽玉達に
「笠やんなら生きている頃に一躍有名になっただろ。知っている人も多いと思うんだ。かつて笠置寺の霊場巡りを案内した笠やんが、今度は笠置町のPRをするんだよ。」
そう説明する。
「しかし、笠やんったって、もう死んでしまったんだぞ。ああ、そうか生きてなくてもいいのか。」
「だけど、どうやるんだい?」
疑問の残る妖達にタブレット端末を開いてある映像を見せる。
「これはある有名なキャラクターさ。ほら、なんか可愛いだろ。」
そこにはモコモコとしたぬいぐるみの様なキャラクターが動き回り、子供達が大喜びしている姿が映っていた。
「こんな風に全国には沢山のご当地キャラクターがいるんだよ。それぞれが特徴のある設定で、このキャラは猫が地元で有名な武将の兜を被っているんだ。」
「一見、猫には見えないねぇ。」
「笠やんもこんな風に創るのか?」
映像を見てもいまいちピンときていない二匹に対し
「そう、猫がモデルのキャラは多くいるようだし、笠やんもうけると思うんだ。あとは笠置の特色を加えて表現するんだよ。」
続けて今度は別の映像を見せる。
「こっちは全国のキャラクターが集まって行われたイベントの時のものだ。凄いだろう、こんなに沢山のキャラクターがいるのさ。」
二匹は初めて見る光景に
「なんか変なのもいるぞ。」
「まるで百鬼夜行(ひゃっきやこう)だねぇ。妖も真っ青だよ。」
と感嘆している。百鬼夜行とは深夜に鬼や妖怪が群れ歩く様のことで平安時代の京の都などに現れたと言われている。
「ハハハ、変な事はないよ。でも百鬼夜行とは面白い発想だな。ある意味では現代のあやかしなのかもしれないね。」
二匹の言葉に何かしらの納得をした影明は
「日本には八百万(やおよろず)の神々がおられ、その反面数多の妖達がいる。人々はいろんなものに命が宿りそれが神仏だったり物の怪だったりと思い込む。この考えがあるからこそご当地キャラクターも多く生まれてくるんだろうね。これは日本人独特の感性なんじゃないかな。」
「そしてこれが僕の考えた“笠やん”さ。どうだい?可愛いと思わないかい。」
そう言って影明は一枚の絵を見せた。そこには二本足で立ち、手には何やら旗らしきものを持って大きな笠を被ってにっこりと微笑む猫の絵が描かれていた。
「影明!絵が上手いんだね。知らなかったよ。」
「なるほど、笠やんによく似ているな!」
二匹は懐かしいものに逢えた気がした。
「それで、ここが最大の特徴!尻尾を二本にしてみたんだ。烏羽玉と同じ猫又にね。」
「妖怪・猫又の笠やん、これが正式名称になるんだ。」
烏羽玉を見つめてそう話すと
「妖怪か・・・それは良いな。」
「ええ。良い考えだよ。」
言葉には出さないが一人と二匹の想いは同じであろう。妖怪に成る事を最後まで望みつつも叶うことなく逝ってしまった笠やんを、違う形ではあるが妖怪としてあげる事が出来る。
「ふたりが気に入ってくれて良かったよ。早速これを実現に向けて進めていくよ。協力してくれるよね?」
「ああ。」
「喜んで。」
こうしてご当地キャラクターとしての笠やんの甦りが決まったのだ。
それが今日、平成二十八年七月二日、春日明神社のお披露目に合わせて妖怪・猫又の笠やんがデビューを飾ったのである。
「最初は何のことやら分からなかったが、明、影明が決めた事だ。これから思うようにやってくれるといいよな。」
「そうだね、影明なりに色々と考えたんだろうさ。自分の役目をどう全うしていくか、これがあの子の出した答えなんだろ。アタシらはそれを見守っていくのが役目だよ。」
二匹は未だ子供の頃の様に接してはいるが、影明ももう立派な大人になっているのだ。妖が見える者としての務めも十分に理解し、その使命を背負っていくだろう。
「ただいま。」
庵の戸が開き、影明が執務を終えて戻ってきた。
「おかえり、お疲れ様だったね。無事に終わってほっとしたろ?」
部屋に入って二匹と向き合う場所に座ると、
「そうだね、やっと落着いてきたよ。ふたりも疲れたんじゃないか?」
「この位で疲れてたんじゃこの先やっていけねえよ。まだ始まったばかりだぞ。」
お互い労をねぎらいつつ和やかな時間が訪れようとしている。
「思いの外、笠やんは人気だったよ。皆さんかわいい、かわいいって大騒ぎだったしこれから頑張ってやっていこうって気になれたよ。烏羽玉、頼んだよ。」
嬉しそうな影明を見て
「ああ、任せとけ。俺に出来ないことはねぇよ。」
こちらも嬉しそうに答える。ひとり蚊帳の外の様な古ノ森は
「ねぇねぇ、アタシも烏羽玉みたいに何かやりたいよ。影明、別にもう一匹いたっていいだろう?創っておくれよ。」
と、突拍子もない事を言い出す。
「何言ってんだよ。そんな簡単なもんじゃねえぞ。おまえは手伝いでいいだろう?」
「イヤだよ!なんでアンタの世話ばっかり焼かなきゃなんないんだよ!」
「明~おねがいだよ~。」
古ノ森は自分も可愛いと言われたい様子で駄々をこねている。
「そうだなぁ、すぐにとはいかないけど、少し考えてみようか。」
それを聞いた古ノ森は
「本当かい!いい子だねぇ影明は」
「おい、甘やかさなくていいぞ。」
「アンタは黙ってな。これはアタシと影明で決めることなのよ。」
もうその気でいる様だ。
「どんなのがいいかねぇ。やっぱり妖狐がいいよねー。とびっきり可愛いヤツ。」
そう言ってはしゃぐ古ノ森。
「しょうがねえ奴だな。全く。」
半ば呆れ顔の烏羽玉。
「とりあえず今日の成功を祝おうか。」
二匹の様子に笑顔のこぼれる影明。
三者三様の不思議な関係はこれからどのような展開を迎え、そして語り継がれていくのだろうか。明るい笑い声が笠置山にいつまでも響いていた。
【エピローグ】
とある地方都市で盛大なイベントが開催されていた。街の一画に数多くテントが並び様々な物が売られている。よく見るとどれもキャラクターグッズで、行きかう人々はそれぞれの店を覗いて品定めや、お目当ての商品を買っている。そう今日は日本有数のご当地キャラクターイベントなのである。
全国各地から多数のキャラが参加し活気に満ち溢れている。その中心部ではステージが設けられ各々キャラクターが決まった時間で自己紹介や地元PR、一芸などを披露するのだ。
「すごい人の数だねぇ。思ってた以上だね。」
「参加してるキャラクターの数も半端ないな。」
周りの圧倒的な雰囲気に飲み込まれそうな二人だが、そうは言っていられない。もう直ぐ自分達の出番が来るのだ。前のキャラが終わればいよいよ本番がやってくる。
「大丈夫か?」
「誰に言ってんだい?」
言葉数は少ないがお互いの事は手に取るようにわかる。伊達に長い付き合いではない。
「さあ、続いては京都府笠置町から笠やんと恋しちゃんでーす。どうぞー。」
遂に時間がやって来た。司会者の声が二人を呼び出す。
「よし、行くぞ。」
「ええ、任せて。」
二匹の妖は、現代の“あやかし”二体のご当地キャラクターとなって新たな舞台に飛び出して行った。
~完~
笠やん外伝 ~烏羽玉~ @kasayan-official
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