第6話
高槻さんと珍しく二人で出掛けた日からバイトで七海さんと一緒になることもあったが、結局一度も話すことはなく、とうとうクリスマスイブになってしまった。
そしてバイト終わり。
「ふぅ、明日でこのイベントも最後だから頼むぞ」
「はい」
「……うん」
佐伯さんの言葉に俺と七海さんは頷く。
そして帰りの挨拶をして二人で店を出る。
「……じゃ、私今日はこっちだから」
「あっ、うん……。そっか」
そういえば今日は高槻さんの家でパーティやるって言ってたっけ。
俺は結局答えを出せず一人寂しいクリスマスを過ごすことに決めていた。
まあ毎年のことだ。今更気にしない。
俺の両親の結婚記念日がクリスマスイブなので、大体この時期は俺が中学生になったあたりから夫婦水入らずで過ごしている。
別にその事に不満はない。
むしろ夫婦仲が良いのは子供的に大変良いことだと思う。
良すぎるのが玉に瑕なのだが。
七海さんと店を出て別れ、俺はコンビニで弁当とクリスマスわ楽しむ気持ち程度のスイーツを購入。
そして何事もなく無事帰宅。
「……ただいま」
俺が帰ってくる時大体親は家を空けているのでなんとも思わないけれど、なんとなく今日は空虚な気持ちになってしまう。
あそこで謝って一緒にパーティを楽しめばよかったという気持ちと、これで良かったんだという気持ちが交錯する。
確か七海さんはクリスマスまでの臨時バイトだったはず。
つまり予定通りなら明日でその期間は終了。
加えて、今日から冬休み期間に入って七海さんにも会えなくなるから、三学期に入った頃には関係も以前みたいなものに逆戻りしてしまうかもしれない。
「……どこで間違ったかな」
いや、多分最初からだろう。
関わらないと決めた時点で仲良くするべきでは無かった。
偶然バイトが同じになり、指導係になって普通に話せるようになり、七海さんグループの仲間にまで入れてもらえて、ここ二ヶ月の間は飽きない毎日だったと思う。
けれど、バイト仲間って関係だけで収めていればこんな気持ちになることはなかったはずだ。
電気を暗くしてコンビニで買ったショートケーキに蝋燭を刺し、火を付ける。
こうするとなんかこれから儀式でも始まりそうだな、と自嘲気味に笑えてきた。
しばらく火を眺め、これ以上はケーキに蝋が垂れてしまうと思ったので火を消そうとすると、甲高い音が耳に届く。
「……誰だこんな時間に」
時計を見れば時刻は23時30分くらい。
デリバリーを頼んだわけでもないし、この時間に宅配も、宗教の勧誘だって来るわけがないだろう。
なら普通に来客か……。
考えていると再度インターホンが鳴らされる。
さらに二度、もう一度と、居留守を使おうとしたものの、来客者も諦めが悪くインターホンを鳴らしまくるので、仕方なくこちらが折れて玄関へ向かう。
ロックを外し、玄関の扉を開ける。
と、少し開けた瞬間、引っ張られるようにドアが開かれ、次の瞬間には何かが俺の方に倒れ掛かるようにして体当たりをしてきたため、思い切り背中を打ちつけた。
「っ……⁉︎」
慌てて起き上がろうと背中の痛みを堪え、乗ってきた物体を身体から引き剥がそうとすると、俺に耳に嗚咽が聞こえてきた。
それだけで俺は肩の力が抜け、改めて体当たりしてきたものの正体を確かめると──、
「……七海さん?」
涙で顔を濡らし、俺の胸に押し付けている七海さんだった。
……まて、どういうことだ? 状況が飲み込めない。
店を出てすぐに高槻さんの家に向かった七海さんがどうしてここにいる?
クリスマス会を終えて家に帰る途中だったのなら、むしろ俺の家より七海さんの家の方が近いので通り過ぎてわざわざこちらにきた事になる。
けど、何のために?
疑問が尽きない。が、ひとまずやるべきことを整理していく。
「えっと、……七海さん。ここだと寒いから、とりあえずあがる?」
相変わらず啜り泣きながらも、七海さんはゆっくりと首を縦に振った。
けれど俺の胸から顔を離そうとしないので仕方なくそのままリビングへ向かう。
そしてソファへ座らせ、温かい紅茶を淹れる。
丁度ケーキを食べるために用意しておいて助かった。
「…………」
「…………」
この状況、どうすれば良いのだろう。
泣いている女の子の対処法なんて俺は知らない。
そもそもの話、七海さんが今ここにいる時点でも俺にとっては相当なイレギュラーなのだ。
展開を読み取れという方が無理がある。
ここぞとばかりに適当な言い訳を脳内循環させていると、やがて落ち着いてきたのか、七海さんがぽつりぽつりと口を開いた。
「雪穂さんに聞いたの」
「えっ……」
「浅葱くんの家」
「あぁ」
そういえばそうか。
俺は七海さんを家まで送ったことはあるけれど、七海さんが俺の家に来たのは今日が初だ。
気が動転しすぎてその事にも今更ながらに気づく。
「響子にも聞いた。二人で帰ったときの話」
「…………」
少しだが話の流れが読めてきた。
何をどこまでどういう風に聞いたのかは分からないけれど、高槻さんの話を聞いてわざわざ俺の家まで来たのだ。
涙まで流して。
「……ごめん」
「何で浅葱くんが謝るの?」
「いや、あの時少し態度が悪かったから」
言うと、七海さんは首を横に振る。
「違う。もっとちゃんと私が話せば良かったの」
「いやでも俺が避けてたし」
「それでもグイグイ行けばきっと浅葱くんは聞いてくれたから」
「そうとは限らないし」
「そうなの!」
力強く言い切った七海さんといつの間にか真正面から見つめ合っていた。
それに気づき、どちらからともなくさっと距離を取る。
「……私ね。あの時、パーティのお誘いともうひとつ言いたかったことあるんだよ?」
「そ、そうなんだ」
「うん。二十四日はみんなで集まるから無理だけど、二十五日一緒に出かけよう、って」
「それって……」
「う、うん。デートの、お誘い」
言うと、七海さんは顔をそっと顔を逸らす。
俺は俺で七海さんの言葉の意味をじっくりと咀嚼し、やがて理解すると、ボフッと顔が爆発しそうになる程一気に赤面する。
「えっ、や、えっとそれは……誠に恐縮です」
しまいには訳わからないことを口走ってしまう始末。
けれどそのおかげか、クスッと口元を抑えて微笑む七海さんを久しぶりに拝めたので俺としては全然問題なかった。
「七海さん、ケーキ食べない? これ一人じゃ食べきれなくてさ」
「これってこのショートケーキ?」
「うん、さっき弁当三つ食べちゃってもうお腹パンパンなんだよね」
言って、分けるための皿を用意しようと立ちあがろうとしたら、それを止められた。
「良いよ。これ使えば洗い物出さなくて済むでしょ」
七海さんが指差したのはひとつのフォーク。
それはつまり……、そういうこと、なのか?
「じゃ、食べよ?」
「あっ、うん」
この場は権利は七海さんに持って行かれてしまったので、俺は大人しく従うほかなく、けれどそれが全然嫌な気持ちにはならなかった。
気分もいつの間にか晴れていた。
× × ×
「ふぅ、美味しかったね」
「そうだね」
正直ひとつのフォークを二人で使ってたせいで味が分からなかったとは言えない。
親とならいくらでも使いまわしたことあるけど、友達同士ではこういうのって普通なのか?
今まで友達いた事ないからよく分からない。
俺は食べ終えた弁当パックなどをゴミ箱に捨てて、大人しくソファに座ったままでいるななみさんの隣に腰を下ろす。
ふかふかソファは俺の体重が乗っかる分沈み込む。
「えっと……、そろそろ帰らなくて大丈夫?」
「うん、今日は響子の家に泊まるって伝えてあるから」
「そうなんだ」
つまりこの後もう一度高槻さんの家に戻るということか。
「……それと、今日浅葱くんの家、ご両親が帰ってこないの知ってる」
「そうなんだ」
それは恐らく話の流れで高槻さんに聞いたのだろうと納得する。
「親には響子の家に泊まるって伝えてあるけど、嘘伝えちゃった」
「……へぇ、そうなん、だ?」
流れで納得しようとしたが、なんだろうか、今の引っ掛かる言い回し。
「ねぇ、浅葱くん」
「は、はい」
「今日、泊まっても良い?」
「っ……⁉︎」
上目遣いの可愛らしいおねだりに即決で了承しそうになるが、何とか踏みとどまる。
「い、いやぁ、それは流石にいけないんじゃないかなぁ……」
「でももう0時過ぎてるし、こんな時間に帰ったら心配かけちゃう」
「じゃ、じゃあ高槻さんの家は──」
「迷惑かけたくないかな」
「あっ、はい」
駄目だ。
何かを吹っ切れていそうな七海さんは揺らぎそうもなかった。
真っ直ぐに見つめられ、息を呑む。
呼吸が浅くなり、脳が酸素を
「……駄目、かな?」
いくらかの時間経過から、再び問い掛けられる。
恐らく、はっきり断れば七海さんも無理強いはしないだろう。
けれど、今日ようやく話せるように戻ったのに、ここで断ってまた気まずくなるようなことは……嫌だ。
たった数日、話せなかっただけでも俺は陰鬱な気持ちだった。
好きな気持ちを抑え込み、関わりを持ってその気持ちが溢れ出し、今こうして向かい合って改めて思う。
俺は七海ひかりさんが好きだ。
デートを断られた事に羞恥し、勝手に彼女を遠ざけておいて無視が良すぎるのはわかっている。
それでも俺は──、
「七海さんが好きです」
「っ……えっ⁉︎」
想いを伝えることを我慢出来なかった。
驚くのも当然だ。
多分、告白するにしてもこのタイミングじゃない。
けれど俺はもう隠しておくのも、後回しにするのも、逃げるのもしたくはなかった。
だからこそのこのタイミング。
振られるにしても、もし、仮に成功するにしても悔いは残したくない。
ここまで何かに本気になれたのは初めてだ。
時間の進みがゆったりに感じる。
不思議と冷静でいられるのは、色々と潔く割り切れたからだろうか。
一秒、一秒、秒針の音だけが耳に届き、どれくらい経過したかは分からない。
やがて微かな息遣いと共に七海さんはぽつりと口を開いた。
「この前、喫茶店の飾り付けしてた時、さ」
「……うん」
「雪穂さんが『私たちはデートしないのか?』って聞いてきたでしょ?」
「あ〜、そんなこと言ってたかな」
ふと、余計な一言を伝えてアイアンクローをされた痛みが甦る。
「あの時ね、本当に浅葱くんとデートしたらどうなんだろうって考えたの」
「えっ」
「そしたら、すごく楽しそうだなぁって思った」
「…………」
そう思われたのは素直に嬉しい。
ただ、俺はデートなるものをしたことはないので楽しませられるかどうかはあまり期待されても困ってしまう。
「何でだろうね。話すようになってからまだそこまで経ってないのに」
そう言ってくすりと笑う七海さん。
その頬は微かに赤らんでいる。
「俺は二年になったあたりから、いつも率先して周りの手助けしてる七海さんが気になり出していつの間にか好きになってたんだ」
「そ、そうなんだ……」
七海さんの赤面具合が増す。
もう俺に迷いも戸惑いもなかった。
改めて七海さんへと向き直る。
「七海さん、俺は七海さんが好きです。付き合ってください」
七海さんは一度目を瞑る。
そしてゆっくり開くと潤んだ瞳でこう告げてきた。
「はい、よろしくお願いします」
俺はこの時そう告げてくれた七海さんの表情を生涯忘れることはないだろう。
× × ×
「……何があったっけ?」
いや覚えてる。
酒を飲んで泥酔していたわけではないのでしっかりと記憶はある。
だとしてもこれは──、
「……すぅ」
俺の腕の中で七海さんが気持ち良さそうに寝ていた。
……いやいや別に何もしてないよ?
ほんとほんと。寝る時だって別々の部屋は嫌だって言われたからベッドを貸して俺が来客用の布団を床に敷いて寝てたし。
なのに、腕に重みを感じて起きてみれば、七海さんの頭が俺の腕を枕にして寝ていたというわけだ。
「んっ」
七海さんが身じろぎをする。
見るのが申し訳なくなるが、こうまで近づてくるとついつい目が吸い寄せられてしまう。
寝顔もここまで可愛いとかもう国宝級。
……あれだな、昨日からの出来事が現実味無さすぎて俺のテンションもおかしくなってる。
「俺、七海さんと付き合う事になったんだよな」
相変わらず気持ち良さそうに寝る七海さんに向けて呟く。
髪を撫でたり、このまま抱きしめたい衝動に耐えながら、俺は息を吐き出す。
すると脇腹を突かれた。
「あひゃ⁉︎」
「ふふっ」
悪戯が成功した子供のように嬉しそうに微笑む七海さん。
俺は恥ずかしい声を出してしまったのを誤魔化すように咳払いをした。
「お、起きてたんだ」
「うん、少し前から。……おはようのキスとかされちゃうのかなって」
「キ、キス……⁉︎」
そんなことするわけない。
や、したくないわけではないけれど、流石に付き合ってすぐは早すぎるというか……。
と言うと、
「でも恋愛ドラマとかだと告白と同時にしてない?」
「……言われてみれば」
圧倒的な説得力に頷いてしまう。
確かにそういうシーンはよく見かける。
でもそれはそれこれはこれだ。
「でもほら俺ヘタレだし、ヘタレはヘタレなりの順序というものがありましてね」
「そんな浅葱くんに質問です」
「あっ、はい」
「二人で寝る、はヘタレくん的に何番目に入るのでしょうか」
「…………」
「……ふふっ」
再びからかいが成功したのを嬉しそうに笑う。
どうにも俺だけでなく、七海さんも昨日から気分が高揚しているようだった。
「と、とにかく起きようか」
「ん、そうだね」
七海さんは元々、本当に高槻さんの家に泊まる予定ではあったらしく、服などは用意していたので、一階の客間で着替えてもらう。
その間に俺も着替えたり布団などを片したりしてから、リビングへと向かう。
と、やたら香ばしい匂いが鼻腔をくすぐってきた。
「あっ、ごめんね浅葱くん。キッチンと冷蔵庫の中身勝手に借りちゃった」
「それくらい大丈夫だよ。……朝ごはん?」
「うん、すぐ出来るから待っててね」
言われた通り椅子に座って待っていようとしたが何だか落ち着かず、そういや食器の位置とか分からないだろうと思い、手早く用意をした。
これってまるで──、
「なんか、夫婦みたいだね」
「っ……!」
付き合ってから七海さんの勢いが止まらない。
思ってたことを先に言われてしまう。
もう俺、近いうち幸せが最高潮に達して
今朝からからかわれドキドキさせられっぱなしでこのままじゃ男が廃る。
……や、割と七海さんにはカッコ悪いところを見せちゃってる気がするから今更感があるけども。
なんとか一矢報いる方法は無いだろうか。
「あっ……」
「? どうしたの?」
呟くとフライパンで目玉焼きを作っていた七海さんがこちらを振り向く。
今が絶妙なタイミング……と思い、俺は顔を近づけそのまま七海さんの唇……ではなく、少しずれて口の端に自らの唇を触れさせる。
そしてそのまま耳元に口を寄せた。
「す、好きだよ、ひかりちゃん」
「っ……ひゃいっ⁉︎」
恥ずかしさが上限突破。
これが今俺に出来る最大限の愛情表現。
思考を停止していた七海さんがやがてハッとすると、そのまま倒れ込むように体重を預けてきた。
そして小さく呟く。
「私も、好きだよ。悠太くん」
なんだかようやく七海さんとお付き合いする事になった、と言うことを実感出来た気がする。
七海さんがぎゅっと俺の背中に腕を回してきたので、俺もその小さな背中に優しく抱きしめようとすると、焦げかけの臭いが鼻を刺激した。
「わっ、七海さん焦げる焦げる!」
「えっ⁉︎」
慌てて離れ、手早くフライパンから目玉焼きを剥がし、お皿へ乗せる。
すぐに気づけたお陰で焦げてしまったのは白身の外側だけでなんとか済んだ。
「ごめんね、失敗しちゃった」
「いや、半分俺のせいでもあるし」
言うと、自然にお互いの視線が交錯し、どちらからともなく笑い合う。
こんなに楽しい朝は初めてだ。
「とりあえず食べよっか」
「うん!」
二人で準備してお互いに向かい合って椅子に座る。
いただきますをして食べ始めようとすると、「あっ、待って」という七海さんの声に止められた。
「そういや、昨日言って無かったの思い出した」
「なんかあったっけ?」
疑問を浮かべると、「うん!」と笑顔で頷いてから咳払い。
そして、深呼吸をして一言。
「浅葱くん、メリークリスマス!」
「! ああ、メリークリスマス」
今年のクリスマスは俺の一生の宝物になりそうだった。
Fin
雪より白く、色褪せない恋模様。 @ishida_saima
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