万能薬への道


 ここは世界の中でも多くの価値のあるものが運び込まれる商業都市「シムレット」。


 一日という短い時間の中でも数多の取引が行われており、その経済の盛り上がりようは間違いなく世界一と断言できるほどだ。


 そんな商人たちの熱気と活気があふれた都市に、帽子を深く被った一人の『プレイヤー』が露店を眺めながら歩いていた。



(……現状手持ちに無いのは…毒と麻痺に関する材料……それくらいならここで買えるはず……)


 上の空のようにも見える彼女の名はオルタ。第四段階の職業〈薬調師〉を持つ者であり、その技術力も相当なものを持っている。


 そんな彼女が、ここシムレットにいる理由は現在構想中のポーションの材料をそろえるためだった。



 以前までいた場所でもほとんどの材料は揃えられたが、あと少しといったところで途端に手に入らなくなったのだ。


 別のものでも代用はできなくもないが、今回は妥協したくないと気合いを入れて望んでいるため、わざわざこの商業都市まで足を運んできた。


「おーい、そこの人! うちの商品を見て行けよ! 損はさせないぜ?」


 自分に向けられた呼び込みに反応し、声の方向を見てみれば恰幅の良い男が露店を構えている。


「……ここは何の店…?」

「色々と揃えてるよ! 普通の素材から武器まで幅広くな!」


 その言葉が嘘ではないことを証明するように、中には様々なものが取り揃えられている。


 オルタが今最も欲しいものは素材だ。特に状態異常に関するものであれば尚良い。




 彼女が今作ろうとしているポーションは、あらゆる状態異常に有効な効力を持つもの。


 これまで幾度となく挑戦してきたが、まだ作れたことはなかった。だが材料から見直していくことで何か見えてくるものがあるのではと思い、この場を訪れている。



 せっかく呼び込みもされたし、断る理由もなかったので陳列されている商品を見ていく。


「……ポイズンリザードの尻尾……これは使えるかも………あとは…! フロアロートの頭蓋の粉末まで……」


 常人からすればただのトカゲの尻尾や骨にしか思えないが、彼女からしたら違うらしい。


 思いがけぬところで、求めていた材料を揃えることができそうだ。


「……おじさん……これとこれをもらう………いくら…?」

「それなら大体これくらいだな。払えるか?」


 提示された金額も問題ない。迷うことなく支払うと、手渡された素材を抱えて店を出ていった。









「……運がいい……こんなに早く見つけられるとは……」


 普段はあまり表情の変化に乏しい彼女だが、この時ばかりはその雰囲気から上機嫌であることがよく伝わってくる。


 その影響は周囲にも広がっており、横を通りがかった女性陣などは微笑ましい視線を向けてきている。


 だが今のオルタはそんな視線も気にならないほどに、これからの作業に夢中になっている。


 とうとう念願の万能薬に手を掛けられるのかもしれないのだから、それも当然か。


 一秒でも早くこの素材を試してみたい。そんな感情は留まることを知らず、オルタは足早に自身の作業場へと向かっていった。










 向かった先にあったのは、かなりの広さが確保されているスペース。あちこちに様々な器具が置かれており、その用途は薬の調合にも留まらないほどだ。


 ここは申請さえすれば誰でも利用が可能な作業場であり、その便利さから多くのリピーターを抱え込んでいる。



 このような場所が用意されているのにはもちろん理由があり、生産職が手ずから作ったものはどのような種類であれ、品質が高くなることが多い傾向にある。


 完成したアイテムをどのような用途で用いるかは個々人の自由だが、中には作ったアイテムをすぐに売却していく者もいるのだ。


 そういったより高度な品質を生み出すことを求める者達からすれば、当然充実した施設を利用したいと考える。


 ゆえにこういった作業場をあえて街中に置いておくことで、シムレットの市場には高品質のアイテムが出回ることになる。


 その需要を望む者に高値で売り付ければ、さらに経済成長は加速していき国も得をする、というわけだ。


 強かな制度だが、実際にこのシステムを採用してから経済の盛り上がりは右肩上がりとなっている。



 まぁそんなことは多くの生産職達にとっては興味のないことだ。彼らからすれば便利な制度が増えた程度の認識でしかない。


 そしてその一人であるオルタは、事前に申請しておいたスペースで調合の準備を整えていく。


「……余分なものはしまって……これでオッケー……」


 準備といっても器具を一通り取り揃え、素材をストレージから取り出しておくだけだ。すぐに終わる。


 それが済めば次こそ調合開始だ。


 今日購入したポイズンリザードの尻尾とフロアロートの頭蓋の粉末、そこに加えて昆虫型モンスターの羽や鳥の目玉なんかも混ざっている。


 別に狙って集めたわけではない。ただ素材として効力の高いものを収集していたら、このような怪しいラインナップが広がっていた。



 そこは今気にする点でもない。大事なのは結果だ。


 早速スキルを行使して作業に移る。


 まず《差異剥離》を用いて素材から余分な成分を取り除き、粉末状にしていく。


 ある程度分解できたのを確認したら、《接結混合》で一つのポーションとなるようにまとめて攪拌を開始する。


 何度も繰り返してきた手順だ。今更失敗することもない。



 特に予想外のアクシデントが発生することもなく、目の前には無事に完成したポーションが置かれていた。


「……《鑑定》…」


 もし使用したことによって予期せぬ副作用があってはいけないので、《鑑定》でしっかりと見ておくことも忘れない。



《万能薬(劣)》

体内で発生したあらゆる状態異常を癒す効果を持つ。だがその効果が発揮されるまでの時間はランダムとなる。



「……また微妙な効果になってしまった……」


 正直予想はしていた。だがこうして、現実として見せられるとくるものがある。


 確かにあらゆる状態異常に効力を発揮するものは作れた。しかしそれは体内で発生したという制限が付いている上に、発揮時間までランダムでは使い物にならない。


 やはり今のままでは、職業の格が足りていないのだろう。理想としてはやはり第六段階、最低でも第五段階でなければ万能薬を作るのは難しいようだ。



「……これも一概に失敗とは言えないし……いっか……」


 目の前のポーションも使えないわけではない。持っておけばいずれ助かる場面にも出くわすだろう。


 そう思って瓶に詰めたポーションをしまう。そこで隣に置いていた試飲用の液体があったことを思い出す。


「……忘れてた……これがあった………」


 オルタは自らの手でポーションを生成したとき、毎回自分でその効果を試すということをしている。


 別に効果自体は《鑑定》を通してみればわかるので、そんなことをする必要はないのだが半ば習慣と化している。


 なので今回も、いつも通り試しに飲んでみようと口に運び……手が止まる。



 ふと思い出してしまったのだ。この液体に含まれている材料を。


 普段ならば気に留めることはない。彼女が作るアイテムは安定した性能を重視したものがほとんどで、奇抜な素材を使う方が稀だからだ。


 だが今に至っては話が違う。ここに含まれているのは効果を重要視するあまり、その安定性など度外視したものばかりだ。


 具体的にはトカゲの尻尾や生物の頭蓋、目玉、その他諸々……


 さすがにそれを知ったうえで飲み干す勇気はない。安全が確保されていることは自分でも保障できるが、こればかりは気持ちの問題だ。


「…………飲まなくても問題ない…………多少味に問題がある程度………」


そっとポーションを地面に置くと、見なかったことにしてストレージにしまった。





 まさか近い将来、そのポーションを飲んだ男が悶絶して死にかけることになるとは夢にも思わないオルタだった。

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『Extra Story』Record of Divergence ~世界の分岐点~ 進道 拓真 @hopestep

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