天才魔導士の旦那様には、妻より気になる恋人がいるらしいです。

全一話

「僕からの愛は、期待しないでください」

　新婚初夜、私の旦那様は目も合わさず、素っ気なく部屋を出て行った。

　革新的な魔道具の開発で爵位を賜った天才魔導士と、彼の将来を見込んで嫁（とつ）がされた貴族の娘。

　それが私達夫婦だった。

　◇

　そんなわけで私と旦那様は、一か月経った今も同居人どまりだ。

　彼は魔術の研究室に籠（こも）りっきりで、寝室は別だし、同じ家にいてもまるで接点がない。

（やっぱり、あの話は本当なのかしら）

　ぼんやりと東屋（あずまや）で庭を眺める。

　池にせり出した木の枝で、一匹の猫が鳥を狙っていた。

　旦那様の猫で、名前はミレ。

　ミレは実は人間で、旦那様の恋人だという噂があった。

　呪われた恋人を元の姿に戻すため、日夜熱心に魔術研究に励んでいると。

　そのくらい、旦那様とミレは相思相愛。

　もし猫（ミレ）と私が同時に溺れていたら、彼は猫を助けるだろう。

　いいけどね。私、自力で助かるし！

　そんな時だった。

　派手な水音（みずおと）が響き、バシャバシャと水が暴（あば）れた。

　猫（ミレ）が足を滑らせて落ちたみたい！

「大変！」

　藻掻（もが）くミレを助けようと、慌てて私も水に入って、知った。

　小さく見えた池は、深かった。

（あ、足がつかないっ）　

　ミレを抱え、焦ったその時。

　短い呪文（スペル）が弾（はじ）け、周囲の水が。

　そして私とミレが宙に浮いた。

（重力魔法！？）

　見ると池のふちに旦那様が立っていた。

　私とミレはそのまま魔術で運ばれて、地上に着地。

　私の旦那様は、溺れた猫と妻を同時に助けることが出来る魔導士だった──。

　◇

「えっ？　ミレが僕の恋人？」

　頷く私に、旦那様が目を丸くした。

「そんな馬鹿な。ミレは雄（オス）ですよ」

「では、そっちの趣味が！　だから女の私（・・・）を愛せない（・・・・・）と言ったのですね？」

「何の話です？　ミレは元々猫だし、貴女（あなた）を愛せないなんて言ってません」

「でも"愛を期待するな"と」

「それは……。僕は人と接するのが下手だし、まだ愛とかよくわからなくて……。愛せないのではなく、上手く愛せる自信がないから期待しないでという意味で」

　ゴニョゴニョと、旦那様が耳まで真っ赤にしながら言い訳している。

「つまり誤解だったのですか？」

「そうです！」

　私の言葉に飛びつくように旦那様が同意する。

　会話も思い浮かばず、私に悪いような気がして避けていたのだとか。

「でも貴女（あなた）に寂しい思いをさせていると気づいてなくて、すみませんでした」

　まあ……！

　15歳の天才魔導士様は、まだまだ初心（うぶ）で照れ屋なお年頃だったらしい。同い年なのに。

　一緒の食卓から。

　二人の生活が始まる。

　＋（プラス） 一匹。

　ミャア！