税金を無くしたら、税収が史上最高になった話

ポテろんぐ

第一話

 どれだけ考えても総理は不思議でならなかった。


「たかだか10%程度の税金を払うのは嫌がる癖に、何故国民は一円にもならない推しにはスッカラカンになるまで金を払うんだ?」


 言われてみればおかしな話だ、と秘書も思った。少し調べると推しへのスパチャなどの所謂「投げ銭」の金額は、海外と比べても日本人だけが桁違いなのだ。

 その上、ホストに貢ぐために「立ちんぼ」をし、体を売ってまで推しに貢ぐ若い女性が社会問題にまでなっている。


「そこまでして推しに金を払ってどうするんだ?」


 総理の問いに秘書も首を傾げた。

 元々育ちが良く、こういった庶民の考えに疎い二人には、同じ国で同じ空気を吸っている人間が行なっている行為に到底思えなかった。


「そのお金を国に払えば、道路や公共の建物はより綺麗になり、自分たちの普段の生活は潤うんだぞ。そっちの方が得だってわからないのか?」


 なのに、いくら金を貢いだところで自分の生活は何も変わらず、むしろ悪くなる一方のはずの推しには大金を平気で貢ぐ。


 普通に考えたら、国に大金を貢いだ方が見返りがある分、得ではないか。


「なのに税金を少し多く取ろうとすると、国民は寄ってたかって『まずは政治家の無駄遣いをやめろ!』と罵ってくる」

「しかし、税金の悪用はよくありませんので、追求されるのは仕方ないのでは?」

「それを言うなら、お前らが推し活で金を払っている奴らは、我々より何千倍も無駄遣いをしているだろ?」


 総理が怒りながら秘書に言った。

 別に秘書は一円も推しに貢いでなどいないのに。


「お前が貢いだ金を他の女のために使ったりしてるんだぞ? それには憤りを感じないのか!」


 怒りをぶつけてくる総理の迫力に負け、何故か秘書は「すいません」と謝ってしまった。


 改めて最近の押し活を冷静に考えた時、総理の拳を握る力が強くなった。


 悔しいのだ。総理は悔しいのだ。あと「何でそんなに国民は馬鹿なんだ!」という単純に腹が立つ怒りも少々。そんなバカな国民から上から目線であーだこーだと文句を言われ、支持率が下がっているのだから怒りたくもなる。


「そうか!」


 怒りと同時に総理は閃いた。


「税収に推しを使えば良いのだ!」


 税金と言うとブーブー文句を言うのだ。

 だったら「推し」の方からアプローチをして、税金だと気付かれずに金を巻き上げれば、国民は喜んで納税をしてくれる。しかも大量に。

「そんな無茶な!」とお思いだが、この時の総理の支持率は20%を切っていた。もはや総理が海外からの来賓と待ち合わせしている時に、コンビニで立ち読みをしただけで世間から叩かれるレベルだ。

 失うものは無い。だったら大勝負に出て、派手に散っても構わない。散ったら、国は滅びるが。


「よし! 推し活を利用して税金を巻き上げる政策を進めるぞ!」


 その日から総理は動いた。


「消費税を廃止します! 税金とか払わなくて良いので、Vtuberでもホストでも推しに好きなだけ貢いでください」


 次の国会で総理は誰にも相談せず、いきなり勝手にそう言った。ざわめく国会を尻目に国民達は「あの馬鹿野郎が、初めての国民の役に立った!」と大騒ぎになった。


 その日から国を上げて、推し活を推進していく事となった。

 水面下では既に日本のVtuber、タレント事務所、インフルエンサーなどとの交渉を進められていた。

 彼らから推し活のノウハウを聞き、国家プロジェクトで国民が推したくなる才能を全国から集め、育成していく事になった。


 さらに若者だけではなく、幅広い世代に「押し活」を広めていく努力もした。

 そして今やスマホのように、日本人一人が最低一人の推しを持つのが当たり前の時代となった。


 その推しが集めたスパチャとか、ホストの売り上げとか、アイドルの握手券とか、とにかく推しから貢がれたものには大量の税金がかけられ、それを国民の税として巻き上げるという仕組みだ。

 最初は赤字だったが、徐々に成果は出始めた。

 予想外だったのは日本だけでなく、世界中に人々までもは日本の推しに大量の金を貢いでいた事だ。

 そのおかげで税収は一気に跳ね上がった。もはや消費税を導入していた時よりも多い額を国は手に入れる事に成功したのだ。

 当たり前だ、国民のほとんどが推しに全財産の内の80%くらいを貢いでいるのだから。税率にしたらとんでもない額だ。


 インフルエンサー達は大量の税金を搾り取られたが、日本以外の国では、そもそもこんなに多くの額を稼げないのに文句も言えなかった。


 そして総理はこの勢いを殺さない内に、今度は個人から企業への税金を緩和を進める。


「法人税を取らない代わりに、どんどん国民に還元してほしい」


 政府が直接、日本の大企業に説明に回った。法人税を0にする代わりに社員の給料の大幅アップを確約させる為だ。

 税金を払わなくて良いのだから、もちろん企業は社員の給料くらいバンバン上げてやるよと言う具合だ。

 さらに法人税0%に目がくらみ、世界の名だたるトップ企業が日本に本社を置くと言う事態になった。

 今や世界の一流企業のほとんどは日本の会社となった。

 もはや、日本の人気Vtuberの投げ銭の額は、日経やナスダックやダウの一日の売買代金を超える額が動く大市場となった。

 一晩で一兆円を稼ぐVtuberが現れるなど、もはや日本のインフルエンサーは世界のトップ企業と遜色ない収益力を手に入れていた。


 そして、株と違うのはその金は一切、金を払った人々には還元されないと言う事であった。


 見た目はアニメ、中身は子供の人らが多いVtuber達は売り上げの一兆円でチリ共和国より長いうまい棒を作ったりして遊んだ。

 ほとんど、金をドブに捨ててるような行為だ。世の中には何も残らず、うまい棒の会社だけが儲かった。


 これによって日本は一気に世界一の経済国家に名乗りを上げた。


 しかし、ここまでやられてアメリカや中国をはじめとした先進国が黙っているわけがない。

 日本がそう来るなら、こっちだって推し文化で金を集めてやる。国民の数は日本より多いのだから、数の論理では日本に負ける要素がない。


 アメリカ、中国を筆頭に先進国では、日本に倣って自分たちの国でも推し活を推進し、国民から税金を巻き上げる作戦に出た。


 だが、これは上手くいかなかった。


 この推しから金を巻き上げる作戦が上手く行ったのは、元々日本だけが推しへ貢ぐ金額が異常だったからであり、まともな神経をしている他の国の国民では、自分が必死こいて稼いだ金を推しに貢ぐという、金をドブに捨てる美学、アイデンティティが理解できなかったのだ。


 それにより、日本以外の先進国が進めた「推し活政策」は全部が頓挫し、各国は取り返しのつかない経済的大打撃を受けた。


 ヤベェぞ、これ……


 この時、世界各国は初めて、事の重大さと日本人の異常さに気付いた。

 日本以外の国では、この推しを使って国民から金を巻き上げる事ができないのだ。それは自ずと日本に敗北することを意味していた。


 ついに日本は世界一の経済国家に上り詰めた。国民は平均で収入の80%を毎月推しに貢いでいるのだから当然であった。

 おまけにキアヌリーブスを初めとする、海外の日本文化に理解のある一部の馬鹿野郎達も、日本の推しに平均して収入の90%を貢いでいた。もう日本住めよ。


 しかし、そんな一人勝ちも長くは続かなかった。


 自国がダメなら、日本に直接乗り込んでやる!

 海外から続々と「黒船」と名乗る、アイドルやらホストやらインフルエンサーたちが日本に上陸し、日本の推し活の一攫千金を狙い出したのだ。

 日本以外の先進国は、せめて日本の税収を邪魔してやらないと気が済まない! と各国で対日本の庶民用のインフルエンサー教育を始めたのだ。

 そして、その中から選び抜かれたスーパーエリート達を日本でデビューさせ、日本の税収を邪魔してやろうと企んだのだ!


「税収が減ったぁ!」


 流石のこれには総理も頭を抱えた。

 海外からやってくるインフルエンサー達のレベルの高さは桁外れだった。

 アイドルからホストまで、日本語ペラペラのアニメやゲームの世界から飛び出して来たかのような金髪のイケメン、美女が集まった。


「このままでは海外にお金を吸い取られてしまうぞ。どうする!」


 焦る総理。


「やはり、推し活で税金を賄うのは無理があったのか?」


 しかし、秘書は冷静だった。


「総理。このままで行きましょう」

「しかし、税収が下がる一方だぞ! このままでは日本は破産だ!」


 国が豊かになりすぎて、今やホームレスですらフェラーリを二台所有するほどに豊かになってしまった日本。この生活レベルを維持するのは至難の業なのだ。


「総理、このデータを見てください」


 秘書はとあるデータを総理に見せた。

 その予想外の数値を見て、総理の顔色が変わる。


「あれ? 知らない間にこんな事になってたの?」

 

 総理はそのデータを見て、驚いた。

 推し活をしていた水面下で、世界は大きく動いていたのだ。いわば、推し活先方の副産物と言えるデータであった。


 そう、日本以外の国は日本を潰そうとして、むしろ墓穴を掘っていたのであった。


「税収は下がっていますが、むしろこのデータ通りにいけば、日本は世界を牛耳る国になれます」

「なるほど」


 総理はデータを見て、立ち上がった。


「つまり、まずは消費税や法人税を再開すればいいのだな」

「はい。それで行きましょう」

「よし!」


 このチャンスを逃すまいと政府はまた水面下で動いた。海外の国々は日本に目を向けている今がチャンス!


 まずは増税だ。


「消費税をやっぱ20%にします。あと他の税金も元に戻します!」


 総理は翌日の国会でまたまた勝手に大声で叫んだ。そして、国会の客席にダイブした。

 増税をする事で、世界中から日本に集まっていた企業達は「なら、こんな国に用はない」と、また日本から出ていく事になった。

 そして税金が厳しくなった日本人、はエリート階級から徐々に世界へと散って行き、むしろ日本という国から日本人がどんどんと減って行った。


 これをチャンスと思った世界の国々は、一気に日本を牛耳り、日本は外国が支配する国になってしまった。

 推し活もできず居心地が悪くなった残った日本人も、徐々に日本を飛び出し、世界の各国へと散り散りになってしまった。


 これで日本は終わったと誰もが思った。


 しかし、数年後。


 世界の各国から日本人達は頭角を表す事になる。


 日本にいられなくなって海外へ飛び出した日本人達を待っていたのは、予想外にも日本とそれほど変わらない暮らしであった。

 海外のどこへ行って日本語は通じるし、日本の文化も根付いている。

 むしろ、「日本人だ」と言うと「俺も日本で一山当てたいんだ!」と海外の人々は日本人を貴重な人材として歓迎してくれた。


 各国が日本を倒す為に行った推し活教育によって、日本語の普及率は世界で50%を超えていたのだ。

 各国が行った日本の推し活教育の為、学校での日本語の学習は必修となった。

 そのおかげで、今や日本語は世界で一番話される言葉となったのだ。プログラミングも今や英語ではなく日本語をソースにして書かれるようになっていたのだ。


 そんな事態なので、日本を出た日本人は世界各国で頭角を表し、他の国々をどんどんと支配していった。

 ほとんどの国の大統領や総理、総裁は日本人で固められ、その国々は「押し活政策」を復活させた。

 今や、日本ではなく、むしろ日本以外の国が『日本』のようになったのだ。


「消費税は要りませんから、Vtuberとかに貢いでて下さい」


 で、世界連合の総理となった総理は、世界に向けて大声でそう掲げた。














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