騎士団長を一撃KOしたら婚約破棄された件

亜逸

騎士団長を一撃KOしたら婚約破棄された件

 子爵令嬢のマルガレータが、婚約者のエリックとともに社交パーティに参加した時のことだった。


 その日は、アムール王国の騎士団長を務めるダグラスが、珍しくも社交パーティに参加していた。

 親が同じ伯爵位ということもあってか、ダグラスと旧知だったエリックは、マルガレータを連れて彼のもとに赴く。


「やあ、ダグラス。珍しいね。君が社交パーティに参加するなんて」

「剣ばっかり振っていないで、たまには社交界にも顔を出せと親父殿に言われたものでな。まあ、この状況ではお前以外とは社交のしようがないかもしれないが」


 そう言って、ダグラスは周囲に視線を巡らせる。


 騎士団長を務めているだけあって、ダグラスの肉体は屈強の一語に尽きるものだった。

 おまけに上背が高いため、当人がどれほど気をつけていても威圧的になってしまい、騎士団長が珍しくも社交パーティに参加にしたというのに、誰も彼もが遠巻きにしてこちらをチラ見するだけで、近寄ってダグラスに話しかけようという人間はエリックを除いて一人もいなかった。


 実際、エリックに連れられてやってきたマルガレータも似たようなもので、エリックとダグラスの会話に口を挟むこともできず、居心地悪そうに傍に立っていることしかできなかった。


 互いに近況についてエリックと二、三話したところで、空気を読んだのか、ダグラスがマルガレータに水を向ける。


「ところで、そちらのご令嬢は?」


 ビクリとしそうになっているマルガレータをよそに、エリックは自慢げに紹介する。


「こないだ話した、僕の婚約者のマルガレータだよ」

「おお、この方が。お前が散々自慢するだけあって、確かにお美しい女性だな」

「も、もうっ。騎士団長さんったらお世辞がお上手なんですからっ」


 美しいと言われたことに照れてしまったマルガレータは、女性らしくも可愛らしい挙動で、ついダグラスの肩をはたいてしまう。

 だが、直後に響いた音と光景は、女性らしくもなければ可愛らしくもなかった。


 ドゴォッ!!


 と、破城槌はじょうついじみた轟音が轟いたのも束の間、マルガレータの繊手せんしゅはたかれたダグラスが、きりもみ回転した末に倒れ伏す。


 その様子を遠巻きから観ていた紳士淑女たちは、初めは騎士団長の体を張ったジョークだと思って笑っていたが、その騎士団長が一向に立ち上がらないことにざわつき始める。


 とばかりに一人顔色を青くするマルガレータをよそに、エリックがおそるおそるダグラスの様子を確認すると、


「し、白目を剥いてる……!」


 ここでようやく、マルガレータの一撃で騎士団長ダグラスが白目を剥いて気絶したことを理解した紳士淑女たちが騒然となる。


 これが後に語られる、騎士団長一撃KO事件だった。




 ◇ ◇ ◇




 突然変異か、神からのギフトか。

 マルガレータは生まれつき、異常としか言いようがないレベルで力が強かった。

 その怪力が原因で、伯爵家の令息を怪我させたこともあった。


 だからマルガレータの両親は、嫁入り前に怪力を完璧に制御することを娘に徹底させた。


 その甲斐あって、マルガレータは自身の怪力を完璧に制御できるようになり、エリックという婚約者をゲットすることができた。


 だが、騎士団長一撃KO事件の際は、初対面の騎士団長を前にしたことに加えて、大勢の紳士淑女の注目を浴びたことで緊張してしまい、つい怪力の制御を誤ってしまった。



 その結果、



「すまない、マルガレータ……・君との婚約を破棄させてくれ」

「ど、どうしてですかエリック!?」


 悲痛な声で婚約破棄の理由を訊ねるマルガレータに、エリックもまた悲痛な表情をしながら答える。


「信じてもらえないかもしれないが、僕は今でも君のことを愛している。だけど……恐いんだ。ダグラスを一撃KOする君の力が……」

「あ、あれは緊張のあまり、ついやってしまっただけで……!」

「その〝つい〟が、たまらなく恐いんだ……」


 肩を抱き、震えながら心情を吐露するエリックに、マルガレータは口ごもってしまう。


「自分でいうのも何だけど、同じ年代と比べても、僕の体は貧弱と言わざるを得ない。そんな僕が、屈強なダグラスを一撃KOするほどの力ではたかれてしまったら……」


 いよいよガクガクと体を震えさせるエリックに、マルガレータは何も言えなくなってしまう。


「……すまない。僕は、自分の命が惜しいんだ。本当に……本当に、すまない……」




 ◇ ◇ ◇




 エリックとの婚約を破棄されたマルガレータは頬を涙で濡らしながら、自室のベッドをゲシゲシと叩く。

 その様子を、マルガレータの父であるトンプソン子爵が、痛ましげな表情で見つめていた。


「どうして……どうしてこんなことになってしまったの!」


 それは、現在進行形でベッドをVの字にへし折る怪力のせいだよ――という言葉は呑み込み、今の娘には極力近寄らないようにしながら、トンプソン子爵は優しい声音で答える。


「エリックくんは素晴らしい青年だった。けれど、君にはふさわしくなかった……それだけの話だよ」

「愛とは、ふさわしいふさわしくないで決めるものなのですか、お父様!?」


 頼むから、Vの字にしたベッドを抱き締めてIの字にするのはやめておくれ――という言葉を呑み込み、トンプソン子爵はなおも優しく答える。


「ならば言い方を変えよう。マルガレータ……君とエリックは、どうしようもないほどに相性が悪かったのだよ。相性そこが合っていないと、たとえ結婚して夫婦になったとしても、いずれは破綻してしまう」


 だから、これで良かったのだよ――という言葉は、今の娘にかける言葉としてはあまりにも酷なので、こちらは真面目に呑み込むことにした。


 父の優しさに触れたからか。

 それとも、相性という名の残酷に触れたからか。

 マルガレータは、Iの字になったベッドをメリバキボキャと抱き締めながら、床に所在なさげにしている枕を涙で濡らした。


 それからしばらくの間、マルガレータは涙に濡れる日々を送った。


 無理矢理にでもエリックのことを忘れて新たな恋に走ろうにも、騎士団長一撃KO事件のせいで殿方は誰も寄りつかず。


 これまた騎士団長一撃KO事件のせいで同性からも恐れられてしまい、一人寂しく枕を涙で濡らしていた。



 そんな日々が二ヶ月続いた時のことだった。



 騎士団長ダグラスが、マルガレータのもとを訪れてきたのは。



「本当にすまなかった!」


 マルガレータの現状が、騎士団長のくせに一撃でKOされてしまう自分の弱さのせいだと言って聞かないダグラスが、マルガレータに向かって土下座で謝罪する。


 とはいうものの、騎士団長としてのダグラスは決して弱くなかった。

 むしろ、歴代の騎士団長と比べたら、上から数えた方が早いくらいだった。


 そのことを元婚約者エリックから聞いていたマルガレータは、地面に頭を擦りつけるダグラスに「そんなことはないですよ」と言いながら、頭を上げるようお願いする。

 それでもなお、ダグラスはがんとして頭を地面に擦りつけたまま、マルガレータに言う。


「それに謝罪しなければならないのは、俺の弱さだけではない。あなたに対して嘘をついたことにもだ」

「嘘?」


 一体何が嘘だったのかわからず小首を傾げる中、ダグラスは続ける。


「情けなくもあなたにはたき倒されてしまった社交パーティの日……俺はあなたと初対面を装ったが、実際はそうではない。子供の頃、俺はあなたと会っている」

「……え?」

「かつてあなたが怪我をさせた、伯爵家の令息のことは憶えているか?」


 そう訊ねながら、ダグラスは顔を上げる。

 彼の言わんとしていることを察したものの、マルガレータは当時の記憶がろくに残っておらず、申し訳なさそうに顔を逸らすばかりだった。


 何せその時のマルガレータは四歳。

 偶然出会った伯爵家の令息と楽しく遊んだこと、騎士団長一撃KO事件と同じようについうっかり強めにはたいてしまい、相手を怪我させた挙句に泣かせてしまったことがかろうじて記憶に残っているだけで、それ以外のことは何も憶えていなかった。


 ……いや、もしかしたら、自分にとって苦い思い出だったからこそ記憶に蓋をしてしまったのかもしれないと、マルガレータは頭の片隅で思う。


 そんなマルガレータの胸中を察したダグラスは、マルガレータの記憶に自分という存在が残っていないことを黙って受け入れながらも話を続けた。


「俺の家は騎士の家系だからな。あの時は本当に落ち込んだよ。に一撃でされる自分の弱さに。まあ、その悔しさをバネに鍛えに鍛えたつもりだったのに、また一撃で伸されてしまったが……」


 まさかの言葉が交じっていたことに、再びマルガレータの口から「……え?」と漏れる。

 ダグラスは、照れくさそうにしながらも頬を紅潮させていた。


「あなたへの想いを自分だけの秘密していたことは、今でも失敗だったと思っている。なにせ何も知らない友に……エリックに先を越されるハメになってしまったのだからな」


 そう言って、ダグラスは再び地面に頭を擦りつける。


「謝罪をしに来たのに、こんなことをお願いするのは厚かましいことはわかっている! 今のあなたの現状に付け込む形になっていることもわかっている! だがもう我慢できないのだ! あなたへの想いが!」


 だからッ!!――と、一際大きな声を上げてから、ダグラスは再び顔を上げる。


「あなたさえよければだが……俺と婚約を結んでくれないか?」

「……でも、エリックが……」


 駄目だとわかっていても、ついそんな言葉がついて出てしまう。


 婚約破棄から一ヶ月。

 マルガレータの心から、エリックが完全にいなくなったわけではない。


 おまけに、ダグラスとエリックは友人関係にある。

 ダグラス自身が言ったとおり、マルガレータの現状に付け込む形での告白は、ダグラスとエリックの友情に傷が付いてしまうのではないかという心配もある。

 それゆえの言葉だった。


 またしてもマルガレータの心中を察したダグラスは、頬に優しげな笑みを浮かべながら言う。


「エリックには事前に、今あなたに伝えたことと同じことを伝えた上で、あなたに告白してよいものかどうかと相談している」

「……エリックはなんと?」

「……『君になら、マルガレータのことを安心して任せられる』と」


 どこか申し訳なさそうに、それでいて友のことを誇るように、ダグラスは言う。


 この二人分の想いに対し、真摯に応えなければと思ったマルガレータは、瞳の奥からこみ上げてくるものをこらえながら、ダグラスに告げる。


「わたくしはまだ、ダグラス様のことをよく知りません。だから……」


 微笑みながらダグラスに手を差し伸べ、言葉をつぐ。


「まずは友人から……で、よろしければ」

「! も、勿論! 喜んで!」


 言葉どおり喜びながら、ダグラスは差し伸べられた手を強く強く握り締める。


 そんなダグラスの想いに応えるように、マルガレータも半ば無意識の内に相手の手を強く強く握り返し……メリバキボキャという痛々しい音が、二人の耳朶じだに触れた。






 こうしてマルガレータは、利き手が複雑骨折したダグラスと友人付き合いを始め、自然と彼の人となりに惹かれていき、婚約を経て、結婚することとなった。


 その数年後。


 メキメキと力をつけたダグラスは、アムール王国の歴史上最強の騎士団長と謳われるようになったわけだが。

 その功績が一体誰のおかげなのか、本当の意味での最強は誰であるのかは、最早言うまでもなかった。

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