天使を連れた元傭兵、現代日本でも無双します
ポンポン酢
第1話 天使の転移で意図せず戦地へ
ああ、なんて日だ――。
俺、
閑散として静まり返っているショッピングモールの2階。ベッドやテーブルなどの家具を主に取り扱っているこのフロアは平日ということもあって、人もまばらでゆったりとした時間が流れていた。そう、ほんの数時間前までは。
俺は今、両手を縄で縛られ、フロアの中央の床に座り込んでいる。周りには両手を縛られた人たち―主婦と思われる女性や老人、このフロアの店員など―俺を含めた15人が同じように床に座り込んでいた。
「お前ら、1人でも妙な動きをしてみろ。ここにいる全員、こいつでぶっ殺してやっかんなぁ!!」
目の前の、この現状を作り出した張本人である黒ずくめの男が黒々と光る拳銃を俺たちに見せつけながら不気味に笑う。
なぜ、俺がこんな目にあっているのか。細かな原因はいくつも思い当たるが、あえて全ての元凶を定めるとするのならば、それは目の前の黒ずくめの男―ではなく、俺の隣に座る幼気な少女ということになるだろう。
立っている状態では踵の少し上あたりまでは伸びているはずの美しい白髪を床に広げ、その青い瞳に強い不安の色を滲ませている、今にも泣きだしそうな少女。
一見、まるで天使のように見えるそいつは、しかし俺にとっては悪魔そのものであった。俺は苦笑しながら周囲に聞こえないような小さな声でそいつに話しかける。
「なあ、アズ。どうやら俺たちはこの世界に来ても、
◇
事の始まりは数週間前―。
「トウヤさん、早く起きてくださーい。ト、ウ、ヤ、さん!」
俺はベッドの上で布団にくるまったまま、俺を起こそうとする彼女の声を聞いていた。なんだ、起こさなくていいと何度も言っているというのに。悪いが俺はもう少しこの心地良い怠惰な時間を堪能していたいんだ。ぼんやりとした意識の中で俺はそんな文句を垂らす。というか、体の上に被っている布団がやけに重い。さっきから顔にサラサラと筆の先が当たっているような感触がするし、なんなんだ一体。
「あと5分だけ……」
「えー……。わたしがせっっかく一糸まとわぬ生まれたままの姿でいるというのに目を開けないなんて、トウヤさん、男が廃ってますよ?」
「わあああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
俺が慌てて飛び起きると、そこには俺の被っている布団の上に馬乗りになって目を丸くしている天使の姿があった。
「おはようございます、トウヤさん!このタイミングで起きてくるなんてトウヤさんはまだまだ男の子だったんですね!わたし、安心です!」
「おい、アズ。そんな強引に起こすなと何度言ったら分かるんだ。というか俺は別にお前の誘惑につられて起きたわけでは断じてない!つか、お前がっつりパジャマ着てんじゃねえかこのヤロォォォオオオ!!」
そう、俺は決してがっかりなどしていない。にもかかわらず、目の前の天使の姿が滲んで見えるのはなぜだろう。
「ふふ、トウヤさんは朝から元気ですね。これなら今日の戦もしっかり乗り越えられそうです」
俺は何とか気を取り直して目の前にいる少女に目を向ける。
サラサラとなびく純白の髪、泉の水面をそのまま写し取ったように澄んだ青い瞳。その小柄な体格も相まってまさに天使といった風貌だ。というか実際、彼女はこの世界に両手で数えられるほどしかいない大天使様の一人なのだ。ちなみに本当の名はアズリエ。アズというのは俺が勝手に呼んでいる愛称みたいなものだ。
俺とアズは半年ほど前にある事情から契約を交わし、俺はアズの力を借りて傭兵として戦に挑む毎日を送っていた。
「お、昨日の俺たちの活躍、トップ記事になってるじゃねぇか」
俺は向かいに座っているアズと朝食をとりながら今朝の新聞に目を通す。
そこに書かれていたのは3年間続いた末に昨日終結したラザーレ国とダリア国の戦いに関することだった。当初の計画が狂い劣勢だったラザーレに “天使を連れた最強の傭兵” が味方し、たった1日で勝利へ導いたというものだ。魔術を扱う魔術師やモンスターを使役するビーストテイマーが当たり前のようにいるこの世界でも、天使アズリエの力は別格なのだ。
「トウヤさん、見てくださいよこれ!トウヤさん、最強の傭兵って書かれてますよ!ほとんどわたしのおかげなのに!!でもトウヤさんが幸せならそれでOKです」
「ほとんどお前のおかげなのは認めるが俺が《リンク》しなきゃ、お前は力使えないだろ」
「あ、トウヤさんもう出発の時間です。転移魔法を使って目的地まで飛ぶので、その《リンク》してもらっていいですか?」
「おいサラッと話を流すな。急に冷たく当たるな」
全くこの天使は。俺に対する態度だけは天使とは言い難い。俺はそう内心で愚痴をこぼしつつも手短に支度を済ませ、小さな相棒の隣に立つ。今日は西の小国スヴァレからの救援依頼を受けている。
「うっし、行くかアズ」
「はい、トウヤさん!」
《リンク》――俺とアズの精神が一分の隙間もなくピッタリと重なり、あたりが光に包まれる。
◇
目を開けるとそこは雑然とした音と光で満ちていた。知らない乗り物がいくつも列を成して進み、見慣れない服を着た人々が道を行き交う。皆、片手で得体の知れない光体を操っている。
「「は?」」
二人はなぜか――東京という街のど真ん中に、立っていた。
天使を連れた元傭兵、現代日本でも無双します ポンポン酢 @rui072626
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