第28話
ー28ー
醒めない夢
私は醒めない夢の中を生きている。私は危険な人間だ。私は何にも責任を取れない。夢に責任を取れる人間などいない。私にとって現実とは夢である。しかし夢でない現実などあるのか。誰もが夢を見ている。全世界の全てが醒めない夢を見ている。虫は虫の夢を見ている。鳥は鳥の夢を見ている。爬虫類は爬虫類の夢を見ている。猿は猿の夢を見ている。醒めている存在など何もない。物理学者は無意味な行為をしている。物質を無限小にまで砕いても何も分からない。巨大な実験装置は税金の無駄遣いにしかならない。人間を醒めない夢から起こすことなどできない。幼女連続殺人を犯した男は醒めない夢を見ているようだと言っていた。私には彼の言いたいことはよく分かる。彼には衝動を抑える理性が足りなかった。彼は死刑に値するか? それを判断できる人間など誰もいない。裁判官にも、刑の執行を命じた法務大臣にも分からない。明確に言えることは国家が殺人を犯したことだ。それは犯罪の抑止力になるか? なりはしない。この世に悪人は数限りなくいる。理性のタガが外れた人間は無数にいる。犯罪はこの世からなくならない。人間の本質は悪である。
人間は死にやすい動物である。実に弱く容易に死ぬ。傷つけられなくても病気で死ぬ。また若い頃は自分で自分を殺す。自殺率が四十代から減るのは単に鈍感になったからである。私はそれで言うとまだ十分に鋭敏である。自殺と他殺は似ている。だが結果は天と地ほどの開きがある。殺人を犯した人間は自殺すべきだろう。それが公平というものである。自殺する覚悟がないものは殺人を犯すべきではない。生きながらえるから死刑に処せられるのだ。
幼女連続殺人の男は不幸である。自分の犯したことの何たるかを知らないで死刑になった。彼は本当に醒めない夢を見ていたのだろう。彼は気づいたら幼女が自分の目の前にいたと言った。夢の中では物事はそのように起こる。欲望を抑えきれなかったのは事実であろう。だがそれは夢の中で起きた。彼の中では全てが幻想だったのだろう。幼女の殺人や切断に自分は関与していなかったと彼は本当に感じているかもしれない。彼にとってはそのほうが真実なのかもしれない。だが問題は彼の亜流の人間が社会には数多くいるということである。醒めない夢を見ている人間が社会の中枢にもいるということである。彼らはあの男の起こした事件を心の奥底では人ごととは思っていない。少しだけ理性の抑制が働いているために事件は起こさない。だがそもそも現実とは夢の一種であるのだから、そこではあらゆることが起こりうる。夢に限界はない。後世から見れば狂気に見える世界大戦も理性の抑制が外れた結果、起こった。
私は醒めない夢の中を生きている。私の夢の邪魔をするものを許さない。
鬱の手記 北川 聖 @solaris_sea
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