病気の女に恋をした
かがみ
入学式
桜でも舞っていればそれはもう気分も上がっていただろうが、生憎と今年の桜の木は機嫌が悪いらしい。
桜と同じく俺も機嫌が悪い、朝早すぎだし。
入学式はたいていもう少し遅い時間だと思ったのだが。
そうは言っても、他の人ほどではないとはいえ、俺も新たな生活に胸を躍らせていた。
角が生えただけの桜の木の下を通り校門をくぐる。
紙を配っている大人の周りに自分と同じであろう人達が集まっている。あそこで新しく過ごすクラスがわかるようだ。
「入学おめでとうございます」
「ありがとうございます」
表を一瞥するも、見知った名前は見えない。中学からは割と遠い高校なので予想はしていた。
唯一見覚えのある名前を見つける。俺は3組らしい。
教室に入ると、すでにそこは騒がしかった。
今日出会い仲良くなったのか、元から知り合いだったのか。なんにせよ、俺の周りの3席はまだ埋まっていないため、ぼーっとする他ない。
角の席はうれしいといえばうれしいが、初日には少し不都合だったか。
「27番のひがしくんであってるかな」
背中に声を掛けられる。うなずくとそいつはにこっと笑って、後ろの席に着いた。
「よかった、知り合い一人もいなくてさ。僕は
「よろしく、俺は
怒ってると誤解されたくなくて、俺は少し笑みを浮かべながら言った。
「え、そうなの。ごめん、まちがえちゃって」
「別にいいよ。よく間違えられるし」
実際よく間違えられる、間違えられすぎて普通に改名考えたレベル。
あずまの方がちょっとかっこいいしこのまま通してるけど、もう少しダサい響きだったら俺は今頃ひがし君だっただろう。
「でも苗字も名前もかっこいいね」
だよね、あずまってかっこいいよね。よかった改名しなくて。
「そっちも素敵な名前だとおもうけどな」
「ありがとう」
またニコッと笑う。同じ男ながらかわいらしいやつだ。
一か月後には女の子からちやほやされているだろう、うらやましい。
和泉と他愛もない話をしていると、思ったより時間が経っていた。
和泉の隣の女の子はいつの間に来て後ろの女の子と話していたので良いとして、俺の隣はどうしたんだ。
気づけばまだ来ていない最後の一人のようだ。
中学時代に遅刻常習犯だった俺が言うのもなんだが、初日にこんなギリギリなのもいかがなものか。
それとも初日から電車でも遅れている残念な子なのか。
いずれにせよ、初日遅刻してくる女の子が隣とは、俺もついにラブコメ主人公か。
そんなバカなことを考えていたが、それはすぐに打ち砕かれた。
遅刻となる時間の1分半前、椅子に横向きに座る俺の目線の先にあるドアが開く。
個人としてその相手を認識する前に、目に入った制服と上履きで教師ではないとすぐにわかった。
やけに肝が据わった奴だと思いながら目線を少しあげてその相手を見た。
時間が遅くなった気がした。見惚れていたのかもしれない。
けれど、お世辞にも超絶美少女というわけではない。
黒髪にウェーブのかかったポニーテール。
もちろん美少女なのだけれど、幻想的とでも形容すべきか。
しかし、そんな大層なものでもない気もした。
ただ単に少しタイプなだけなのだろう。
一目惚れというには大袈裟なため、平静を装うのは容易かった。
むしろ、装うまでもなく平静だったのかもしれない。
その少女は案の定、俺の隣の席に座った。
その目が俺を捉えたのを見た。少し、ほんの少しだけ胸が熱くなるのを感じる。
それとは裏腹に、無機質な声が俺の耳に響いた。
「君、どこかで会ったことがある?」
俺は思わず言葉に詰まった。
昔の幼馴染か、休み期間中に村に遊びに来て親睦を深めた都会の女の子か、はたまた名前だけを知っている同じ公園で遊んでた女の子か。
思考を巡らせるが全く記憶にない。
第一、俺は村出身でもないし幼馴染と呼べる女の子もいなかった。
この子のことが記憶にないのではなく、そんなイベントの数々の記憶がそもそもない。
一体なんの時間だったのだろう。
「まあいいや」
そう言い残すと少女は目線を俺から外した。
まもなくして、担任の教師が教室に入ってきて、これからの諸々の説明を始めた。
俺は隣の女の子の言葉が胸に残っていた。
今思えば、全くといって、本当にこれっぽっちも考えるまでもなかったのだが。
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