懐っこくない猫にも構うタイプなんです

「疲れたねー」

「だな」


 本当に疲れた。2日目からやることじゃねえだろこれ。


「入ってそうそう実力テストなんて、入試で試されなばっかなのにね」


 本当にそのとおりだ。

 話がわかるやつだなこいつ、後ろの席で良かった。


「東くんはできた?」

「全体的にぼちぼちって感じだな」

宇多津うたづさんは?」

「私もかなー。いい点数ではなさそうだよ」


 和泉が呼び掛けに答える隣の女の子。

 肩まで伸びた茶色がかった髪を纏めずそのままにしている。

 下の名前は胡桃くるみといったか、彼女にぴったりな印象だ。


「でも二人とも頭良さそうだし、平気じゃないかな」

「そういう和泉はどうなんだよ」

「僕はまあ、そのね。で、でも、そんな呼び出しとかはないと思うよ流石に」


 必死な和泉に対して、宇多津と一緒に苦笑する。

 2日目にして、空いた時間はここの3人で話すのが少し定番になりつつあった。


 というのに、隣のこいつは全く入ってこない。

 意外とそういうところは徹底してるようだ。

 そうはいっても、昔から何かとこういうのに気をかけてしまう。

 変に気に入られて後から後悔したこともあったか。


「お前はどうだったんだ」


 ぴくっとポニーテールが揺れた。

 人と話すのが嫌いというわけではなさそうだ。


「私は…って、お前じゃない」


 1日経って忘れていた。そういえば禁止されてたから。


「悪い悪い。で、どうなんだよ」

「名前」

「東琉輝」

「名前」


 頑なだなあ。話にならないから諦めよう。


「どうだったんだ、菜乃羽」

「悪くない」


 ここまでして引き出したのにそれだけかよ。

 

「琉輝は」


 いきなり呼び捨てか、悪い気はしないけれど。


「俺もぼちぼちだ、まあ補修だのなんだのは避けれるだろって感じだな」

「わからない。未来のことは誰にも」


 そういえばこういうやつだった。

 ちょっとずつ系統がわかってきた。

 厨二なんてほとんど同一視しても問題ないから、分かっても仕方がないのだけれど。


「まあそうだな」


 適当に受け流す。

 とまあこんな具合に、2人で話す分には問題ない。

 昨日の式の後に宇多津さんにそれとなく聞いたが、自己紹介も淡白でなんか話しかけづらかったとかなんとか。

 3人で話してても入ってこないし仕方がないことだ。

 他の女子も特に気にかけていないため、溶け込んでるとは言い難い。


 そうは言ってもまだ2日目。

 俺自身も反対側の方にいる人たちは全く知らない。

 そう問題とする必要はないと感じた。

 近寄りがたくても、嫌われるような人間ではないしな。

 俺からしたら、こんなにわかりやすいのに近寄りがたく思ってるのも不思議だが。


「琉輝、この後はなにが」

「HRして帰るだけなはずだぞ」

「そう」


 テストは面倒くさかったが、これで帰れるならいいもんだ。


「ねえ、東くん」

「なんだよ」


 こそこそと耳に近くで和泉が話しかけてきた。


「鬼北さんと知り合いなの?同じ中学だったとか」

「いや知らない。昨日初めて会ったぞ」

「へー、すぐ仲良くなったんだね」

「別にそこまで仲良くもない」

「いや、仲良いよ。なんか話しかけづらくて。実際東くんとしか話してないし」

「隣の席だしな」

「3人で話してても入ってこないからさ」


 やっぱりそう思うか。

 おそらく宇多津も思ってることだろう。


「まあいいんじゃねえか。人と話すのは嫌いじゃなさそうだけど」

「そうなんだ、まあそのうち慣れるといいね」


 1ヶ月も経ったら仲のいい女の子の1人や2人いるだろう。


 和泉は俺の耳から離れると思いついたような仕草をして口を開いた。


「そうだ、このあと一緒にご飯でも行こうよ」

「お、いいな」


 ちょうど母親は仕事で不在。

 家に帰っても食べるものは冷凍かレトルトだし、時間も遅くなってしまう。


「宇多津さんもよかったらどう?予定とかあったら全然いいんだけどさ」

「私も行っていいの?全然いくいく」


 びっくりマークでもつきそうな勢いで食いついてきた。

 人懐っこい人なのかもしれない。


「菜乃羽も来るか?」


 大した理由はないが、なんとなく誘おうと思った。

 俺たちの話が聞こえてないということはないだろう。


「…平気」

「そうか」


 少しの間があった。

 他の人なら何も感じなかったかもしれない。

 けれど、隣の俺からは確実に見えた。

 少し悲しそうにする菜乃羽の顔が、HR中頭から離れなかった。


「じゃ、気をつけて帰れよ」


 今度は話の終わりはつかめなかった。

 みんなの椅子の引く音でそれがわかった。

 

「それじゃあ行こうか」


 和泉は俺と宇多津を見て言った。

 宇多津は早速何を食べるか話している。


「あー、わりい。すぐ行くからちょっと廊下で待っててくれ」


 了解の返答をもらって、2人が教室から出ていくのを確認した。


「菜乃羽」

「なに」


 全く望んでいないかもしれない。

 けれど、もしそうだとしたら断られて終わりだ。

 でも、もし望んでいたなら俺は放っておくことはできない。


「その、やっぱり行かないか?2人とも悪いやつじゃない」


 菜乃羽は顔を下に向ける。


「それか、たくさんいるのが少し気になるなら、明後日だ」


 菜乃羽は顔を上げた。期待している通りの言葉だったらいいが。


「明後日、また昼終わりだろ?そんとき、俺と昼飯食べに行かないか」


 今更ながら違かったら恥ずかしいな。

 自惚れも甚だしい。


「じゃあ、明後日」


 どうやら杞憂だったようだ。間違えてはいなかった。


「明後日、よろしくね」


 思えば初めて笑顔を見たかもしれない。

 普段からあんな顔をしていればいいのにと思ったが、それはそれで惜しい気がした。


 何はともあれ、間違ってなくて安心だ。

 どうしよう、明後日がかなり楽しみになってきた。

 彼女についていろんなことが知れるかもしれない。

 またキャラ厳守ではぐらされるかもしれない。

 でもそれも悪くない。


「わり、待たせたな」


 和泉と宇多津と合流し、飯は結局ファーストフードで済ませた。

 宇多津にも菜乃羽のことを突っ込まれたが、さっきの約束は離さないでおいた。

 どうやら幼馴染と思っていたらしい。

 そんなヒロインがいたら俺も薔薇色なのだが。


 そういえば、初日の一言の真意を聞き忘れていた。

 あいつのことを考えたら大方予想はついているが、もし本当にどこかでフラグが立ってたら激熱だしな。

 そんなことを思ってる時点で、俺はすでに菜乃羽にフラグを立てられているのかもしれない。

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