嘘と引き換えの優越感

 スマホのアラームが部屋に響く。

 体が重い。寒くないから布団から出るのは容易いのだが。


 洗面台に立ち歯磨きをしていると、ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえた。


「邪魔」


 俺は2歩下がって歯磨きを続ける。

 ちなみに今のを弟の俺が翻訳するなら、「邪魔です、どいてください」。

 うん、全然ツンデレじゃないね。敬語に変わっただけだし。

 てか邪魔の一単語ですんなり動いてしまう自分が情けない。

 平安の武士が見たら泣くんじゃねえか。


 そうは言っても世は男女平等の時代。現代ではそうは言ってられないのだ。

 早く姉弟間の平等の時代が到来してほしい。


「珍しく朝早いのな」

「…」


 返事がない、ただの屍のようだ。大学に入ってしばらく朝見ないから聞いただけなのに。

 肩身が狭い弟事情はさておき、姉の横から低姿勢でうがいを済ませ一階に降りる。


「朝それ食べてね。今日はお昼ないんだっけ」

「てきとうに食べる」


 わかった、とだけ残し母親は家を出た。


 朝食のパンを食べ適当にスマホをいじってると、思ったより時間が過ぎてしまっていた。

 どうせ入学3ヶ月後にはギリギリ登校と思っていたが、1週間も持たないとは。


 予定とは一本遅れた電車に乗ると、見知った顔を見つけた。

 まさか菜乃羽と同じ最寄りだったとは。

 そうは言っても、まだ声をかける仲でもないし、朝はなるたけ話したくない。

 見なかったことにしてなるべく遠くに座った。


 学校の最寄りに到着し、急ぎ足でエスカレーターに向かう。

 向かおうとしたのだが、ブレザーの後ろを掴まれ急停止した。


「おはよう」

「……おっす」


 てきとうな挨拶を返す。

 それにしても、止め方をもう少し考えてほしい。


「今日はギリギリなんだね」


 ここ数日間、必ず先に俺が学校にいることを受けてだろう。


「まあな。思ったより出るの遅くなっちゃったから」

「やっぱ何が起こるかわからないね。だから面白い」


 あー面白い面白い。

 実際、スマホいじってなかったら普通に早く出れてたから、そこまで大層な話ではないのだが。

 まあでも、こいつと最寄りが一緒ということはそのおかげで分かったのだから、あながち馬鹿にはできない。


「今日の約束、覚えてるよね」


 んな今確認せんでも。ここは少しおちょくるか。


「約束?なんの話だ」

「っ…。忘れてたならいい」


 絶対良くないじゃん。どう考えても良くなさそうな顔してるけど、自覚はあるのだろうか。


「覚えてるよ、飯だろ飯。放課後な」

「き、君は面白い冗談をいう」


 こっちのセリフだ。こいつの反応の方が何倍も面白い。

 とは言っても、この手のタイプは面白いと言われるのは嫌いそうだから言わないが。


「ときに菜乃羽よ。初日の言葉はどういうことだったんだ」


 確実に知りたいから少し態度を合わせる。

 別にこういうのがかっこいいとは思ってないよ?本当だよ?


「初日のこと…」


 唸り始めてしまった。もうなんとなく予想はついてるが。


「どこかで会ったとかなんとか。俺の顔に身に覚えがあったのか?」

「そんなこと言ったっけ」

「あーもういいわ、なんとなく分かったから」


 言ったこと自体忘れてるとは。案の定なんとなくかっこいいだの、不思議な感じがするだのそんな理由だった。

 あの日帰った後わりと色々考えたんだぞ本当に。俺の純情を返してほしいものだ。


 もしかするともっと深刻な、定期的に記憶が消えるだとか。

 いや、それは一週間と相場が決まってるしないだろう。


「そいや、飯は行かなかったけど、別に俺らが話してるところに入ってきてもいいんだぞ」


 もし何か気を使っているなら悪いので確認しておいた。


「別にいい」


 本当に、心の底から一人でいるのを好むなら確かに余計なおせっかいかもしれない。けれど、こいつはそんな風には見えなかったのだ。

 そういっても、あまりしつこく言うのもよくない。


「まあ気が向いたらみんなで一緒に話そうぜ」

「わかった」

「なんか気が合いそうなやつとかいるか?」

「とくには。それに、別に一人でもいい。馴れ合いも必要としてない」


 なんてテンプレな拗らせワードなんだ。逆に中学生でも言ってないぞそんなの。

 それに、四日も経つというのに、こいつがまともに他人と話しているのを見たことがない。少しは心配するものだ。


「それならいいけどよ。まあなんか一匹オオカミってかっこいいしな」


 我ながらかなり雑なフォローになってしまった。流石に無理か。


「そうでしょ」


 大丈夫だった。変な奴に騙されないかむしろ心配になる。


「私は平気。それに、琉輝とはこうして話してる」


 女の子の友達もいた方がいいように思うがどうだろう。

 本当に菜乃羽のことを考えるなら、ほかの女子と仲良くできるようにアシストするなりした方がいいのだろう。

 けれど、悪くないと思ってしまった。それどころか少しうれしく感じてしまった。


 まあいいか、俺は別に聖人じゃない。


 自分の中で考えをまとめた後、校門に立つ教師に挨拶をして俺たちは教室はいった。


「おはよう、今日は二人そろってギリギリなんだね」

「おはよ、駅で会ってな」


 和泉は毎日律儀に挨拶をしてくる。見た目と雰囲気だけでなく、中身も聖人だ。


「鬼北さんも、おはよう」


 菜乃羽は軽く会釈でかえす。挨拶くらいしてやれよ。


「嫌われてるのかな」

「それはないだろ。あんま人と話さないだけだ多分」


 実際それはない風に思える。やや難ありな思相を持ってる《厨二気質》かもしれないが、悪い奴じゃない。


「なんかいやがることしてなきゃいいけど」

「平気だろ、別になんもしてないだろ」


 口でそう言ってから、一つあいつがあまり好きではないと明言していたことを思い出した。


「あ、そういや」


 苗字で呼ばれるのは好きじゃないらしい。続きの言葉が出なかった。


「いや、何でもない」

「ならいいけど」


 今度は完全な私欲だ。俺ははっきり菜乃羽が自分の苗字をあまり好んでいないと聞いていた。

 もちろん、そんなので人を嫌いになる人間ではない。和泉の事も悪くは思っていないはずだ。

 けれど、それは和泉にそのことを教えない理由にはならない。

 横に座る女の子を見据え、ちょっとした罪悪感を抱く。とはいっても、結局3日も経てば忘れてしまうのだろう。


 やはり、俺は聖人ではない。

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病気の女に恋をした かがみ @KagaminP

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