第1章 彼女専用のトリセツを

投げかけるべき言葉はひとつ

「君、どこかで会ったことがある?」


 いや、普通にねえよな。

 むしろ、そんなフラグを立てれていたらよかったのだけれど、フラグ立て逃げ犯になった覚えはない。

 ちなみに難聴でもなければ鈍感でもない。

 イヤホンつけても音量半分以下で聞くし。

 感情に関しては鈍感どころか超敏感。逆にこっちから探るレベル。

 それで勘違いしちゃっても痛い子だからやりすぎは厳禁だ。


「それじゃ、体育館に移動までしばらくあるからそれまで待ってて」


 気づけば先生の話は終わっていた。

 右から左に聞き流すどころか、そもそも一回も耳を通っていなかった。

 それなのに話の終わりは感知して耳に入ってきた。超高性能ノイズキャンセルじゃん。

 俺の脳の耳関係の所いじくって調べたらぼろ儲けじゃないのこれ。嫌な男の上司がいるOLとかにぴったりでしょ。


「ねえ、彼はなんて言ってた?」


 びっくりした。いきなり話しかけてくるな、うれしいけど。

 いや、やっぱうれしいからいいか。女の子だし。


「移動までちょっと時間あるから待機してろだってさ」

「そう」


 淡泊だなあ。

 にしてもこいつも話聞いてなかったのか。でもノイキャン性能は俺の方が上みたいだな、話おわんのわかってなかったし。はい俺の勝ち。

 ていうか、俺たち一番前の列だよな。どうなってんだよ。

 開始そうそうこのクラス怪しくなってきたぞ。


「名前」


 独り言すごいな。一単語とはやけに特殊な独り言だが。


「名前」


 いやめっちゃ見られてるけど。

 まあ何となくそんな気はしていたが、そのまま答えるのも癪だ。


「俺の名前か?」

「わかるでしょう」


 なんだこいつ、まあ俺は温厚だからなんとも思わないが。温厚だから。


「てかクラス表見ればわかるだろ」

「もらってないから」

「そうかよ。俺は東琉輝」

「そう」


 聞いといてなんだよその反応。つかこいつは名乗んねえのかよ。

 名簿見ればわかるからいいけどさ。


「お前は中学の時の知り合いとかいるのか」

「お前じゃない」


 じゃあ名乗れよ。

 とはいえ、女の子はお前って言われるの嫌がるし一応俺に非はあるか。


「悪かった、じゃあ名前を教えてくれ」

「君に教える義理はない」


 訂正、俺に非はない。なんじゃこいつ。

 あと普通に名簿見たらわかるし。


「でも、知りたい?」


 よくそのスタンスで来れるな。


「別に、知らなくてもいいし」


 いやそんな悲しそうな顔すんなよ。

 俺が悪いことした気分になる。


「まあでも、しれるなら知りたいな」

「っ。鬼北菜乃羽きほくなのは


 すげえ嬉しそう。キャラはどうしたキャラは。

 よくわかんないけど色々あんじゃねえのかよ。

 名前については知ってたとしか、読みは分からなかったが。


「珍しい苗字だな」

「うん、でもあんまり好きじゃない」


 えーいいじゃん、鬼とかかっけえしなんか強そうだし。

 まあ女の子はそうはいかないか。


「だから、私の名前を呼びたかったら、菜乃羽」


 いちいちそんな言い方しかできないのかこいつは。

 そう言われると呼びたくなくなる。

 でもお前は禁止されたし、しばらくはなあなあで誤魔化そう。


「私について知りたい?」

「後で自己紹介とかあんだろ、そん時でいい」

「そう」


 鼻で笑うと、鬼北はそう答えた。

 鬼北は呼びづらいな、あながち菜乃羽が正解なのかもしれない。


「教えられないことの方が多いけど」


 あー、なんとなくこいつのことがわかってきた。

 こいつあれだ、多分絶対あれだ。

 恐らく十中八九あれだ。

 ひょっとすると必ずあれだ。


 鎌かけるか。こいつ顔に出やすそうだし丁度いい。

 俺の経験上こういう奴らは求めてる言葉がある。

 それは各々違う言葉だけれど、菜乃羽の場合はこうだ。


「結構"ミステリアス"なやつなんだな」

「っ!」


 はいきました。超嬉しそうですね可愛い完全にかかったアホだ。

 突き通すなら「そうかしら」とか言うべきだろここ。


「はっ、そ、そう?まあそうかもね」


 いや遅い遅い。はっ、って言っちゃってるし。

 まああれだ、こいつは患ってるわけだ。

 しかも割とめんどくさい系統の。

 邪気眼がどうとか魔界がどうとか言ってる方がまだ良かった。話しかけずにすんだし。


 なんなんだ、もっと前面に出してくれよ。

 そんな中途半端だとパッと見じゃわかんねえだろ。

 眼帯してみたりしろよ。腕に包帯巻いてみたりしろよ。


 第一、そんなに顔に出るようじゃそのキャラは向いてない。

 もっとやるにしても他にあっただろうに。

 でも、せっかくだしもう少しからかおう。


「なんていうか"何考えてるのかわかりにくい"っていうか。女の子に言うのは正しいか分からないけど、ちょっと"かっこいい"な」

「そ、そう。私にはよくわからない」


 嘘つけ、超わかってるだろ。

 めっちゃ嬉しそうだし、本当に向いてないな。

 ていうかチラチラみてくんな、もう少し平静を装う努力をしろ。


「まあとりあえずよろしくな」

「うん。ま、まあよろしく」


 こうしておちょくるのは割と楽しいけど、まああれだな。

 うん、話しかけなきゃ良かった。

 なんか面倒臭そうだし。

 わかりやすい方のやつだったら良かったのだが。


 けれど、そんな冷めたことを考えていながら、あのガバガバな仮面から見え隠れする表情豊かな彼女に、少し惹かれているというのは事実だった。

 いや、顔が少し好みなだけだ。そうに違いない。

 第一、恋というにはまだ浅すぎる。

 初日だし、出会って30分も経ってない。

 こんなのは考えても無駄だ。

 とりあえず、一つだけ確かなことを言っておこう。



 隣の女の子が厨二病だった。

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