楽しい時間で塗り潰して

春羽 羊馬

楽しい時間で塗り潰して

 「キャー!!!」「うわぁぁぁぁ!」

 傍で響く彼女たちの叫び声。しかしその声に恐怖の色は無くむしろ楽しむ色だ。かたや俺・漆機うるしき冴駆さくは、楽しそうな彼女たちの声を耳にしつつ目の前に迫る光景に恐怖していた。


 「大丈夫?さっちゃん」

 「あ、うん。大丈夫」

 テーマパーク【月の庭園】 園内最大のアトラクションの【月の梯子】というジェットコースター。

 ジェットコースターで迫る光景を体感してから数分後、園内に設置されているベンチの上でグッタリした俺は、彼女・会津あいづ一楓いちかに介抱されていた。

 心配そうな視線を送りながら一楓は、ゆっくりと俺の背中を摩ってくれている。

 たかがジェットコースターと舐めていたかが、いざ乗ってみると想像以上の臨場感にこのザマである。

 「水買ってきたよ。冴駆さく

 「ありがとう。唯果ゆうか

 水を買いに自販機まで出ていた2人目の彼女・輪島わしま唯果ゆうかが、ベンチまで戻って来た。

 唯果から水の入ったペットボトルを受け取り、ゆっくりとその水を喉へと流し込んでいく。

 「…ごめんね。冴駆くん」

 「乃藍のあのせいじゃないよ。気にしないで」

 俺の隣に腰をかけている3人目の彼女・山中やまなか乃藍のあが、暗い表情を浮かべていた。

 乃藍は、自分が提案したジェットコースターで俺が気分を悪くしたのを見てからテーマパークに似合わない顔を見せていた。

 「そんな顔すんなって、俺は大丈夫だよ」

 「!…うん」

 俺はそんな乃藍へ手を伸ばし、そっと彼女の頭を撫でた。急に頭を撫でられ一瞬ビックリするも彼女は、俺にその頭を預ける。

 「そうよ乃藍。冴駆が貧弱なだけなんだから!」

 ベンチに座る俺たちの前で腕を組み仁王立ちする唯果が、乃藍をフォローする。

 「じゃ、そろそろ次行くか」

 「そうだね」

 乃藍から浮かない顔を取り除いた俺はベンチから腰を上げる。立ち上がる俺を見て介抱してくれた一楓も立ち上がる。

 それから俺・一楓・唯果・乃藍の4人は、時間いっぱいテーマパークを楽しんだ。


 ガタンコトン、ガタンコトン、

 窓から差し込む夕日を背に受けつつ列車に揺れられる俺たち。

 スー、スー、と両隣から聞こえてくる3人の寝息。

 テーマパークを楽しんですっかり疲れてしまった一楓・唯果・乃藍の3人は気持ちよさそうな寝顔をしている。

 「うまく出来たかな?」

 今日のテーマパークを企画した俺は、1人ただその思いにふけていた。

 楽しい思い出を作り続けること。それが俺の役目だ。

 あの事件から数年。あの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。

 「次はどんなことしようかな」

 頭を左右に振り、あの記憶を祓いつつ次のを考え始める。

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