第51話

「お菓子って何がいいかな」


「長持ちするものがいいよね。この暑さだし」


「じゃあせんべいとかクッキーとか、その辺かなぁ」


 デパ地下というのはなぜこうも人をワクワクさせるのだろうか。お惣菜やお弁当もたくさんあるし、お菓子の品揃えだってなかなかのものだ。どれを見ても、そこらのスーパーで売っているようなものとは格が違う気がする。食べてみたいのは山々だが、試食コーナーなんてものは古い漫画でしか見たことがなく、あと20年も早く生まれていればタダ飯にありつけたかもしれないと思うと、たまに時代というものを呪いたくなる。

 ひかりちゃんと栞ちゃんは、このクッキーがいいのか、いやあの煎餅がいいのか、はたまた向こうのお饅頭がいいのではないのか、などとあーだこーだ言いながら議論している。その後ろを私はのんびりと、目線だけは並ぶ店を物色しながら着いていく。澄河さんはさらに少し後ろだ。どうも顔色が冴えない。


「どうかした?」


 気になったので声をかけてみる。少し歩みを止めて横に並ぶと、やはり澄河さんは私より背が高く、長い髪で正面からは見えない表情も下からなら丸見えだ。


「あ、ううん。なんでもないの。ただ、うちへのお土産を考えてくれてるんだよね?なんか、悪いなあって」


「気にしなくていいよ。数日間とはいえお世話になるんだし。社交辞令だよ、いわゆる」


「社交辞令……」


「そうそう。おたくの娘さんとはこれからも仲良くさせていただくから、よろしくお願いしますねって。澄河さんの親御さんとかにもよく思われたいし。あの子たちはなんて礼儀のなった子なんだろうって」


 巡り巡って親のお給金も増えるかもしれないし。イヤミじゃない媚びは売っておくべきだ。


「そ、そう……?」


「そうそう。私たちが好きでやってることなんだから、申し訳ないとか思わなくていいんだよ。それとも、親御さんめちゃくちゃ厳しい人だったりする?」


「ううん。そんなことないよ。ただ……」


「ただ?」


「多分、今年は帰ってこないと思うから」


 ☆☆☆


「こんなもんじゃないかしら?じゃ、お会計しましょうか」


 いつの間にやら栞ちゃんとひかりちゃんとで選んだお菓子箱が二つ三つ、私の腕の中にあった。


「割り勘でいいかしら?」


 このことを考えていなかった。


「……あの、いくらですか?」


「そうね。1人あたり3500円ってところかしら」


 良かった。買えるかも。ギリ。確か1000円札3枚と500円玉財布の中に残っていたはずだ。この夏もう何も買えないが、仕方ない。媚びは売るにも金がかかる。


「……和宮ちゃんはどうしてそんなに悔しそうな顔をしているの?」


「……してない」


 この金持ちめ。3500円なんて普通の高校生にとっては大金なんだぞ。


「あ、私株主優待券持ってるから、2割引できるよぉ」


 ひかりちゃんがそう言った。支払額は2800円。差額700円、その気になれば世界を救える。 この子はまったく天使様だ。

 いや、待てよ。なんで高校生の分際で株主優待券なんて持っているんだ、この子は。NISAでも積み立てているのか。金持ちの娘がそんなにも若い頃からお金を稼ぐことを覚えたら、我々貧民層との格差は永遠に埋まらないじゃないのよ。私ときたら自由な金が700円しかないのに。700円なんてマクドナルドでちょっと欲張れるくらいにしかならないのに。


「ここは私が払っとくね。私が選んだんだし、カードもあるし」


 天使はもう一人いたようだ。HPが3500まで回復し、私の財布が力尽きしまうことは、少なくとも今日のところはなさそうだ。

 そういえば高校生ってカード作れたっけ。まあ、どんなことにせよ例外は多々あるだろう。クレジットとは直訳すると信用だ。こと支払い能力に関して言えば、ほとんどの人間より大差をつけて信用できる。金と権力のある人間は何はともあれ信用されるのだ。世知辛いことに。


「さて、買い物も済んだしどうしよっか?」


「そろそろお昼たべたいなぁ」


「それなら、上の階にレストランが……」


 まずい。デパートの上の階にあるレストランは一般高校生にはやや高い。店選びに主導権を握る必要がある。


「そうだ。一階にフードコートがあったよ」


「ああ、知ってる。色んなお店の屋台が並んでるところだよね」


 正確ではないけど、概ねそんな感じだ。


「そこならみんな好きなもの食べれるし、けっこう安いし。お水は飲み放題だよ」


「ふーん。じゃ、そこでいっか」


「さんせー」


「私も、一度行ってみたかったんだ」


 異議はなし。これで堂々とこんもり天かすを乗せた小うどんを食べられる。私の財布の未来は明るい。

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