第50話
デパートまでは電車で30分。東京のど真ん中とは比べようもないが人通りはそれなりに多くて、ここしばらくは見かけなかった量の庶民が蠢いている。私はおくびにも出さなかったが、彼らに強烈な親近感とともに計り知れない優越感も抱いていた。おいおいお前ら、ここにおわすはお前らなんかが考えられないほどの上級国民だぞ。頭が高い。なんて考えては心の中だけでにやにやしていた。
私たち同様ショッピングに訪れたらしい高校生くらいの男女も多く、人目も気にせずにいちゃいちゃとするそいつらを見て特大の舌打ちをしそうになったが、澄河さんが不機嫌な私を不思議に見つめるのでよしておいた。
立ち並んだオフィスビルの間に、マクドナルドやら吉野家やら、庶民的な親しみに満ちた店が路上に並ぶのを後目に、私たちはまっすぐデパートに向かう。なんだかおしゃれなカフェや菓子屋も目についたがそいつらは二の次三の次だ。気まぐれに入った店で涼風に当たれば、私は外へ出る自信がない。ひかりちゃんなんかはふらふらとそちらに吸い寄せられていくが、栞ちゃんがしっかり面倒を見てくれた。
息も絶え絶えにデパートの中に入ると、外でまとわりついた湿気と熱気がエアコンの風に急速冷凍されてはがれていく。正直この時点で一日の大仕事を終えたような満足感に襲われてしまったが、私たちは実のところここへ来た重大な目的の一つもクリアしていない。すなわち、澄河さんちに持って行くお土産のお菓子と、澄河さんちにおそらくあるであろう庭のプールもしくはプライベートビーチで着るための水着だ。
まあ、お菓子はあとでいい。正直土産物に渡すお菓子なんて鳩サブレかとらやのようかんくらいしか思いつかないので、この辺は私より知識があるであろう栞ちゃんかひかりちゃんにお任せすればいいのだ。
「うーん。どういうのが似合うかなあ」
「深山ちゃんスタイルいいし何着ても似合うんじゃないかなぁ?」
ひかりちゃんの言うとおり、澄河さんは私に言わせればモデルでも食っていけるぐらいのナイスバディだ。私ときたら親の年収をはじめ、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりプロポーションも足りていない。開きっぱなしの試着室の奥にある鏡を見てもそれは明かだ。残念なことに。
かくいうひかりちゃんもひかりちゃんで、スポーツに全力ということもあり引き締まった健康的な肉体をしている。幼なじみの女の子に急に異性を感じる男子中学生の気持ちが分かる気がする。昔どこかで読んだラブコメ漫画のイメージだけど。。
「栞ちゃぁん。あっちの二人が視覚的にいじめてくるよ……」
栞ちゃんは隅の方でおとなしくしている。
「どうしたの。そんなにちっちゃくなっちゃって。未来のエミー賞がそんなんじゃ困るよ」
「げ。こっち見ないでよ」
「いいじゃん。ちんちくりん同士なかよく……」
待てよ。
この女、よく見るとなかなかのもんをぶら下げていやがる。
「……」
「な、なによ」
「……裏切り者」
「はぁ!?」
「栞ちゃんだけは私の味方だと思ってたのに!」
「はぁ……」
栞ちゃんはそう言うと、呆れかえったように深い溜め息をついた。
「あのね、和宮ちゃん。胸の大きさによるデメリットを並べ立てるのはカンタンだけど、あんたのことだから『そんなのは持つ者の傲慢だ』だなんて言い出すでしょう。だから、私も言いたいこと言わせて貰うね」
「い、言ってみなさいよ」
「私が大きすぎるんじゃないの。あんたがちっちゃすぎんのよ」
「……!」
酷く傷ついた。
☆☆☆
「みんなもう決めた?」
「う、うん」
「決めたよぉ。それで、和宮ちゃんは何をあんなに落ち込んでるのかな」
「ああ、気にしなくていいよ。辛い現実と向き合っているだけだから」
「……」
ちくしょう、ちょっとでっかいからって。しかし、現実はどれだけ辛かろうとおいそれとは変えられない。最適な水着を選びさえすれば、平らな胸族なら平らな胸族なりに魅力的に見えるはずだ。私はこの夏、マーメイドになる。陸にあるもののうち持っているものは数少ないが使い道は大概知っているし、遠くに行くための足もあるために美しい歌声も魔女に差し出していない。私の歌声が美しいかはさておいて、私は既にアリエルのかなり上を行っているのだ。
私のセンスを今こそ爆発させるとき。私は直感に従ってなんだかいい感じのビキニを選んだのだった。
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