第49話

 面倒な話も終わって、ついでに一学期もとうとう終わった。長いようで短いようで、ただこれから迎える夏休みに比較すればその長さは万里の長城と見紛うばかりになるだろう。裏を返せば、夏休みは本当に一瞬の間に終わりを迎える。これは私の経験則ではあるが、世の中の人々の大半にとっての共通認識でもあるはずだ。地球はこんなにも温暖化して、夏も長くなっているのだから、夏休みだって長くなっていいはずなのだが、それはPTAが許さないようだ。


「和宮ちゃんは旅行とか行かないの?」


「行かない」


 自分でも驚くほどの食い気味での即答だ。ひかりちゃんはあまりにも無邪気に尋ねてきたが、そんな余裕うちにはありません。


「ひかりちゃんは?」


「お父さんも忙しいし、今年はパスかなぁ。栞はぁ?」


「こっちも似たようなもんだよ。お仕事ばっかり、よくもまあ飽きないもんだよね」


 貧乏暇なしとは言うものの、金持ちの方がよっぽど忙しそうだ。うちの両親は、特にお盆の間なんかは実家の墓参りはおろか家から出ることすらなく、エアコンを効かせた部屋で余計な熱を生まないようにひたすらだらだらするだけ。


「澄河は?」


「私は……どこも行く予定はないの。でも、そうだ、みんな家に泊まりに来ない?」


 そういえば以前そんな話をしていた気がする。


「行っていいの?」


「うん。みんななら大歓迎」


 三人も泊まれるのか、と訊きそうになったが辞めておいた。ついつい忘れそうになるが、この子ときたら多分日本で五本の指に入る金持ちのご令嬢だ。その気になれば、私が全力を挙げても人生100回分くらい遊んで暮らせるかもしれない。そんな人の家だ、私が100人詰めかけても占有するのは難しいだろう。忘れかけていた僻み根性を思い出さないと余計な失敗をしてしまいかねない。

 とはいえ、そんな金持ちの家だ。豪邸には間違いない。この機会を逃せば二度と足を踏み入れることはないかもしれない。


「澄河がいいって言うんなら、私は行ってみたいな」


 金持ちの家には当然庭があるし、金持ちの庭には当然プールがある。暑い中、そのだだっ広いプールの脇に置いた、白くて多分プラスチック製で隙間の一定の間隔で作られた、椅子にしてもベッドにしても中途半端なシロモノに横たわり、馬鹿みたいに大きなパラソルの下で、聞いたこともないトロピカルフルーツのジュースを飲む。傍らにはでかいうちわを持った召使いがいるかもしれない。それが私の夏のセレブのイメージだ。

 隣室組が同じイメージを共有しているかは私の知るところではないが、二人も謹んでお呼ばれすることになった。


 ☆☆☆


「お土産とか買っていった方がいいかなぁ……」


 私がふとこぼした言葉を、澄河さんは聞き逃さなかった。


「いいよ、気を使わなくて。私が来て欲しいって言ったんだから」


「そう?」


 とはいっても、一応は数日間寝食のお世話になる身だ。手ぶらというのはどうかしらと思った。幸いなことに隣室の二人も私と同じ状況なはずなので、LINEででも相談してみる。


『で、どうしたらいいと思う?』


 こういうのは丸投げしてみるのが一番だ。


『だいたいこういうのはお菓子じゃない?』


 確かに。


『お菓子かあ。この辺で買えるかな』


『コンビニ行けば大抵のものはあるでしょ』


『ひかり、まさかポテチとかで済ませようとしてないよね』


『ダメかなあ、やっぱり』


『そりゃダメだよ。せめておまんじゅうくらいじゃないと』


 私を置いて議論が始まる。置いて行かれる訳にはいかない。


『コンビニにも探せばおまんじゅうくらいはあるかもだけど、もうちょっと特別感があるものがよくない?』


『特別感とは?』


『コンビニで買えるってことは、澄河さんちの近くでも買えるわけじゃない。もっと特産品的なやつがいいと思うわけ』


『まあ、そうかも』


『特産品とか?』


『そうね。鳩サブレとか』


『あー』

『なるほど』


『でも今から買いに行ける?』


『Amazonって使っていいんだっけ』


『寮の規則でむり』


 ここにきて、私たちの計画に大きな陰りが見えた。電車で数駅のところにデパートのようなものがある。お買い物も兼ねて行ってみるのもいいかもしれない。


『賛成』

『異議なし』


「ということなんだけど、澄河もどう?」


 澄河さんは一瞬考えたのち、


「分かった。私も行く」


 ということで、みんなでデパートに行くことになった。お菓子は大目的として、水着なんて選びに行くのもいいかもしれない。なんていったって夏だからね。

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