終話 顔も心も汚い男盛大な自爆なざまぁww

 それから数週間後のある朝、俺は鏡で自分の姿を見て信じられないほど驚いた。


「これが、俺なのか……?」


 俺はまるで別人のように変わっていたんだ。コンプレックスだった鼻の横の大きなホクロもなくなり、顔つきもどこぞの貴族ではないかと思うほど、中世的な良い顔立ちになっている。

 俺は服屋に行き、それなりに身綺麗して街を歩いてみた。するとどうだ、すれ違う女どもは皆俺に恋い焦がれる目をしてるじゃねえか。

 男どもも憧れとか嫉妬とかそんな目で俺を見ているじゃねえか。

 俺は生まれ変わったんだ!




「スリート、ここの会計また間違えて――」

「ああ? そんなもん適当でいいだろうが。どうせ大したカネじゃねえのに」

「いや、これは冒険者の皆の取り分にも関係して、領の公金も絡む」

「あー、はいはいそうですか。じゃあ治しといてくれ。俺は帰る」

「お、おい待て」


 生まれ変わった事で、俺は思っている事を素直に言える自信がついた。今まで俺の揚げ足取りをしていたクズ共は、俺の正論に口ごたえせずに遠目から見ていることが大半だ。


「へへ。周りの顔ばかり伺って黙ってたのが馬鹿見てえだ。今は見えるもの全てが新鮮だ。イケメンに生まれ変わるって最高!」


 仕事なんて下らない事は早々に切り上げて、今日も酒場で女を引っかけて、気持ちいい事をする予定だ。


「ゲハハ。もう少しで100人斬り達成間近だ。ユリアナしか知らなかった長く苦しい日々が嘘のようだぜ」


 俺はギルドのロビーを意気揚々と歩く。


「あのう、すいません」

「あ?」


 扉の前で声をかけられ足を止めた。


「本日、ご予定はおありですか?もしよろしければ、共に夕食を楽しませていただけませんでしょうか?」


 この女はリリアーネ。18歳の有力貴族の令嬢だ。ギルドで定期的に開かれる通商会議で、何回か父親の秘書のような立場で一緒に来ているのを見たことがある。

 1週間後にまた対策会議があるので、今日は、事前の打ち合わせで来ていたのだろう。

リリアーネは外見がキレイなのは勿論だが、貴族らしい品のある仕草を随所に振る舞っており、ギルドでは高嶺の花として有名だ。

それが俺を逆ナンだと!?

いや今の俺なら当然か。

落ち着いて言葉を返さねえと。


「では、喜んでお付き合いさせていただきましょうか」

「あ、ありがとうございます!」


 で、そのまま食事が終わった後に、上手いこと言いくるめてお持ち帰りしたぜ。

 しかもリリアーナはなんと処女だったのよ!

 ハハハハ純粋で品のある貴族のお嬢様の処女頂いちゃいました!

 で、ベッドの中で一緒に寝ている時にこんな事言ってきやがった。


「その……よろしければなのですが……」

「ん? なんだ……」


「このような関係になってしまいましたので、その……婚姻を前提に……」


おいおいマジかよ!? 有力貴族の品のある美人令嬢が俺と結婚したいってか!

ギャハハハ。ステータスが釣り合う女が向こうから寄ってきたうえに結婚って!

これで俺も有力貴族の仲間入りだ! ギルドの職員なんていうクソ仕事とはおさらばだ!


 じゃあキープしているユリアナとは、さっさと別れねえとな。

 職場で会っても最近はめんどくさくてシカトしてたけど、ちゃんと清算しとくか。



翌日、ギルドでユリアナが俺に詰め寄ってきた。


「スリート、どうして最近私を無視するの?」


 なにが無視するの?だ。調子に乗りやがって。

 てめえとはもう俺の中では終わってんだよ。

 いい機会だからしっかり伝えとくか。

「なんでこんなに地味でつまらない女と付き合ってたんだろうな」


 ユリアナは驚いた顔をした。

 どうやら自分の価値ってもんが分かってないようだ。

 今後のためにも、はっきり伝えてやんねえとな。

 うわ、別れる女にここまでしてやるなんて、やっぱ俺ってやっぱり超いい奴。


「スリート、何を言ってるの? 私たちは婚約してるんだよ?」

「お前なんかと、もう結婚する気はねえよ。今の俺にお前なんか必要ないんだよ。見てみろよ、俺はもう別世界の人間だ」

「スリート、どうして……?」


 生意気にも泣き始めやがった。

 だが、心もイケメンな俺は、こいつの今後を思って、ちゃんとした現実を教える!


「今の俺には、もっと高いステータスの女が相応しいんだよ。もうお前との関係なんて終わりだ。消えろ」


 ユリアナは言葉を失い、泣きながら走り去って行った。


「やれやれ、ようやくあの地味女から解放されたぜ。これからはもっと上を目指していくんだからな。」


俺は自分の新しい人生に胸を躍らせ、意気揚々と歩き出した。



 かつて世界を救った偉大なる勇者ヒセキ・コウスケ。その後、凋落した彼は、様々な怪しげな商売をして、人を騙したり、弱みにつけこみながら、悪いを通り越してみっともなく生きていた。


「人聞き悪りいこと言ってんじゃねえよ。それは副業だ。本業は衛兵。この王都にはびこる犯罪者や、来襲する危険なモンスターを退治して、その報奨金で食ってんだよ。転落しても勇者だからな。やっぱ人を助けて食って生きてじゃねえか」


 なお袖の下を渡せば、悪事もよく見逃してくれるろくでもない衛兵である。


「ったく、なんなんだ、この地の文は」


 彼はボヤキながら商人ギルドの前を歩いていた。

 その時、ギルドから泣きながら走って出てくる女性を目にする。

 カネになりそうな人間を見つけた、この男は気色悪い笑いを浮かべて揉み手をしながら近寄って行った。


「お嬢さんどうしたんですか? 悪い奴がいれば私が捕まえて差し上げますよ」

「うう……スリートどうして」

「なるほど、そのスリートって奴は、痴漢とか強姦魔なんですね。可愛らしいお嬢さんに酷い事しますね。私がしばきあげてパクりましょう」

「うう……ッ」


 女性はコウスケの問いに答えず泣き続けている。


「ああ、せっかく稼げそうな鴨みつけたのに話通じ……」


 っとボヤキながら商人ギルドの上を見上げた時、


「なんじゃこりゃあああ」


 あふれ出ている邪悪な魔力を感知した彼は大声をあげた。



「スリート、今日は楽しかったわ。またね」


 馬車の上から微笑むリリアーネに笑顔で手を振り別れた。


「はあ、いい女だけど、いいとこのお嬢様だから一緒にいると肩がこるんだよなあ。まあ、そんな女だから結婚には持ってこいなんだが」


 これから家に帰って、身なりをもっとラフなものに着替えて、もっと軽い女を引っかけて遊ぶために酒場に繰り出さなきゃいけない。

 イケメンになった俺は死ぬほど忙しいぜ。

「へへへ。旦那」


 背後から気色悪い声が聞こえて、思わず振り向いた。

 そこにはゲス勇者が立っていた。


「なんだよ、お前か。どうして俺の家を知ってんだ?」

「へえ、邪悪な魔力をつけてきたら、そこが偶然旦那の家だったんです」

「なに言ってんだお前?」

「あの鏡、賢者が作ったって言いましたけど、本当は呪いの魔道具なんですよ」

「はあ?」

「へえ。人の醜い心を吸収して外見をどんどん美しくするんですよ。酒場で会ったとき、旦那は救いようのない事ばっかり言ってましたんで有効活用できると思って売ったんです」


 ここで俺はゲス勇者の狙いが分かった。

 素晴らしい手鏡を俺に売ってしまったことを、今になって後悔しているのだ。

だから適当な嘘をついて取り戻そうとしているのだ。

 誰がその手に乗るものか。


「今のお前なんぞ俺がリリアーネに頼めば簡単に監獄おくりに出来るんだからな。下らん嘘をついてんじゃねえ。さっさと立ち去れば見逃してやるから消えろ」

「いいえ、消えませんよ。これ旦那が持ってるって証拠を隠滅しなきゃいけねえんで」

「貴様なにをするつもりだ!?」


 ゲス勇者は、その辺に落ちている棒きれを俺に向かって構えた。


「ぼ、暴力だと!? ふざけやがって! そんな事をしたら――」


 ここで俺の意識は途絶えた。



「こんなんなったら鏡もぶっ壊して、コイツもぶっ殺さなきゃ、俺が監獄行きになっちまうじゃねえか」


 あの魔境は醜い心を美しさに変えていく効果があるものである。

 しかし、醜い心が魔境におさまりきらなくなると、魔力が逆流して、知性がない、身体がドロドロに溶けた醜いモンスターに人を変貌させる。

 最も逆流してしまうほど、醜い心を持っている人間などそうはいない。

 だからコウスケは安心して魔境をコイツに売りつけたのだ。

 この醜いモンスターは、強靭な醜い心を吸い上げて生まれたものなので中々手強い部類に入る。

 一方のコウスケは運動不足と喫煙、不摂生により世界を救った頃に比べて大幅に力を落としていた。


「おらあ!」


しかし、腐っても勇者であるため、そこらへんにある棒切れで一発ぶん殴っただけで、このモンスターを倒した。

モンスターは醜い断末魔を上げながら、身体を四散させて消えていった。



「ってなことがあってよ」

「そんなヤバい事に私を巻き込まないでくれる」



 後日、証拠を完璧に隠滅したコウスケは、旧友のエルフの女賢者、マーヴィ―・キュアノスの家で、棚から勝手に茶菓子を取り出して食べながらこの話をしていた。


「はあ、なんであの程度の呪いに耐性もってないのかねえ」

「私達基準で考えたらそうだけど、普通の人達であの呪いに打ち勝つことはまず不可能よ。最もそうなるほど巨大な醜い心を持った人間なんてそういないけど」

「でよ、これがその手鏡の残骸なんだけどよ。中々呪いが消えてくんねえんだよ。教会に持ってたら足がつくかも知んねえから上手く処理しといてくんねえか?」

「だから巻き込まない……ちょっとコウスケ!」


 手鏡の残骸をマーヴィ―に押し付けたコウスケは、一目散に逃亡した。

 彼にとって今日はとても平和な一日だった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ご拝読いただききありがとうございます。

よろしければこちらのダンジョン配信の長編も連載中ですので見に来てください。

こっちは明るい希望が持てるノリで仕上げています。


https://kakuyomu.jp/works/16817330666773336271


この小説が面白いと思いましたら、執筆する励みにもなりますので、★とフォローをお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~顔面変革の代償~心も汚い不細工男にゲスな勇者がイケメンになる魔境を売った結果 松本生花店 @matsumotoseikaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ