エピローグ

 世界は崩壊を免れた。

 だがそれは、アンジェリカのいう“救われた”という意味ではなかった。


 魔王アンジェリカが放とうとした魔法。

 それが三人の命懸けの一撃とぶつかり、打ち消され、砕け、虚空に溶けた……かに見えた。しかしその残響は世界中に再び魔物や竜を出現させたのだった。


 数ヵ月後。


 三人は、生きていた。

 だが、その目は二度と“前”を向くことはなかった。


 ルーカスは剣を置いた。

 誰よりも信じていた少女を、自分の手で救えなかった。その記憶を、消すことができなかった。


「俺が、もっと早く気づいてれば……」


 そう呟きながら、彼は人知れず辺境の村に姿を消した。


 ファスカは魔術を捨てた。

 指先に魔力を感じるたび、あの日の涙が蘇る。

「救いたい」と願ったはずの自分が、結局は何も救えなかったことが、彼女の心を折った。


「もう、魔法なんて嫌い……」


 彼女は深い森へと旅立ち、誰も知らない場所で、ただ静かに暮らすようになった。


「せめて……あの世でアンジェリカにゲンコツでも…」


 ガイマンは、王都の復興を支援した後、自ら命を絶った。

 守るものも、信じるものも失った彼は、生きる意味も見出せなかった。


 それらは彼らに対する罰だったのだろうか。

 仲間を、アンジェリカを、あの闇から…崖から救えなかった自分への、終わらない懺悔。


 空は青かった。


 風は優しかった。


 新たな冒険者達が、草原へ駆け出していく。


 物語は、ここで終わる。


 想いと後悔だけを残して。


 


 


 ……

 


 崖の底、

 誰も見つけることのなかった深き亀裂の中で、氷の隙間に埋もれた、黒く濡れた“片目”が、そっと、開いた。

 

「す…くい…を……」


 ひび割れた黒い籠手が、微かに光ったように見えた。

 

 そして薄い声は、風にまぎれて消えていった。



【END】

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ヒーラーちゃんが闇に堕ちるまで 風来坊セブン @huraibo1201

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