第5話

女は明智勢の目を逃れた後、当てもなく鴨川の土手を歩いていた。


その足取りは何故か重く、表情もどこか空ろであった。


宿敵信長を倒し、長年抱いていた恨みを果たしたにも関わらずどうしてなのか?


答えを見出せないまま、女はただひたすら土手に沿って歩を進めて行った。


ところがある寺が目に入った瞬間、女は急に足を止めた。


そして何かを思い付いたのであろうか、土手から離れ急ぎその寺へと向かったのであった。


(何と、立派な・・・)


門の前に立った時、女は改めて寺領の大きさに驚いてしまった。


総見院・阿弥陀寺。


ここは偶然にも織田家と縁の深い、浄土宗の寺院だったのだ。


女が恐る恐る境内に足を踏み入れていくと、ちょうど目の前を一人の僧が歩いていた。


見ると如何にも高僧っぽい人物で、何か威厳のような迫力を全身から放っていた。


そう、この人物こそ阿弥陀寺創建者である清玉上人だったのである。


『娘さん、何かご用かな?』


緊張で少し尻込みしている女に気遣ったのか、上人自らが声をかけて来てくれた。


『和尚殿、いきなり訪ねて申し訳ない。

 実は・・・』


女はこれまでの経緯を何一つ隠さず、正直に上人の前で打ち明けていった。


そして、布に包み大事に抱えていた信長の首級を差し出しこう一言添えたのだった。


どうか安らかに眠れるよう手厚く葬ってやってほしい、と。


上人は大いに驚き悲しみを隠せずにいたが、それでも女の願いを受け入れこの寺で末長く信長の御霊を供養していくことを約束してくれたのであった。


『ありがとう・・・和尚殿』


短く礼を述べた女は、そのまま踵を返すように境内を後にして行った。


『待たれよ、娘さん!』


女が門の外に出た時、上人が慌てて走り寄って来た。


そして、背を向けている女にこう尋ねていった。


『そなた、名は何と言う?』


しかし、女は答えることはなかった、


後向きに軽く会釈をすると、逃げるようにしてその場から立ち去ったのであった。


清玉上人が見つめる中、女の姿は段々と小さくなっていき、それから間もなくして完全にその視界から消えていったのだった。


この後、女が何処に向かいどう生きたのか?


それを知る者は誰もいなかったー。



美濃の国のとある小さな村に、こんな伝承が残っている。


その年の収穫期に突然、山賊が手勢を引き連れ村を襲って来た。


ありったけの米や作物を出さなければ、村人全員を斬り殺すと脅してきたのだ。


命には変えられないと村の長はやむを得ずそれに従い、各村人に農作物を集めるよう指示を出した。


すると、この時一人の若い女が山賊達の行手を遮った。


女は数日前から村にある寺の世話を受けている旅人であった。


その女がたった一人で山賊相手に立ち上がったのである。


山賊の男達は女の美貌と肉付きの良い体に色めき立ち、すぐにでも捉えて犯す事を考えた。


そこで三人の屈強な男が女を取り囲み、生捕りを試みた。


ところがー。


女は手に持っていた仕込み杖から剣を抜くと、瞬く間に男達を斬り捨てていったのである。


その姿はまるで蝶が舞うような美しさで、見ていた者達全員を唖然とさせた。


そして、女は最後にこう啖呵を切った。


『あたしの名は、ライ!

 雷の子、イカズチの子だ!

 死にたい奴は前に出ろ!

 この場であたしが叩っ斬ってやるっ!!』


ライの迫力に負けた山賊達は結局何も奪わず、スゴスゴと村から逃げ去って行ったというー。



さて、この女・・・ライが信長と濃姫の娘かどうかは今をもって分からない。


ただし、その凛とした表情に漂う美しい気品は何処ぞの城の姫様みたいであったと、この村では長きにわたりそう言い伝えられていったらしい。


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燃ゆる、本能寺・復讐するは魔王の娘 @nobu1534

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