売れ残り怪力王女は敵国将軍に見初められました

タカナシ

売れ残り怪力王女は敵国将軍に見初められました

第一王女ディアナは瞠目どうもくした。

父である国王から、敵国将軍の妻になるよう命じられたからだ。


「どうして私が?」

「マティウス将軍たっての願いだ」

「妹たちではなく私が?」

「お前で良かったじゃないか。他の王女はすでに許婚がいる」


国王と側近たちの冷たい視線が突き刺さり、ディアナは口をつぐむ。

小柄で可愛らしい妹たちは社交界デビューするとすぐ、金持ち貴族や隣国の王子たちから競うように求婚されたが、ディアナだけは分かりやすく売れ残ってしまった。

豊かな亜麻色の髪と海を思わせる青い瞳は、遠目には十分に美しい王女である。しかし側まで寄れば、男と変わらない長身と逞しい二の腕に誰もが怯むのだ。


それにしても。ディアナは首を捻る。

男勝りな怪力王女を妻にしたいとは、将軍はかなりの変わり者のようである。


「戦に破れ、帝国の属国となった我が国に拒否権はない」

「分かりました、お父様。私にお任せを。将軍を脅して寝返らせ、帝国の支配下から抜け出せるよう仕向けましょう」

「まったくお前というやつは! 一介の兵士から帝国軍の将軍に上り詰めた猛者を相手に、命知らずめが!」


国王は頭を抱えて嘆いた。


「しかし、このまま言いなりになるなんてっ、うあっ、おっと」


ドレスの裾を踏みつんのめったものの、ディアナは持ち前の身体能力で素早く体勢を立て直した。その際、強く踏ん張ったせいで石の床にひびが入ってしまったのは見て見ぬふりだ。

そんな落ち着きのないディアナの様子に、国王は溜息をつく。


「もういい。下がるがよい」


そして突き放すように言い放った。


ディアナは、ドレスの裾を持ち上げしずしずと玉座の間を出る。

どうしてこうもドレスというものは動きにくいのだろう。

ウエストは締め付けられて息苦しいし、美味しい料理を目の前にしてもたくさん食べられない。

女というものは色々と厄介だ。ディアナは幼い頃からそう思っていた。


もしも男に生まれていたなら。

兵士となり国を守るために最前線で戦っただろう。

居室の扉は開け締めだけで3日も持たずに壊れ、ダンスの相手を片手で振りまわせるほどの怪力だ。自分が兵士だったなら、帝国軍に一泡吹かせてやったのにと、ディアナは悔しく思った。


渡り廊下から王宮の中庭へふと目をやると、そこには野営の天幕と焚き火で暖を取る敵国兵士たちが見えた。兵士たちは、未だ風呂に入っていないのか全身汚れており、髪も髭も伸び放題だ。


「彼らは何をしているの? 寒いのなら城の中に入ればいいじゃない」


ディアナは、後ろに控えるベテランの侍女へと訊ねた。彼らに城を攻め落とされてからもう5日目である。


「汚れているから申し訳ないと遠慮しているようです。また、城の者たちが怖がるといけないからと」

「意外と紳士なのね」

「暇を見つけては、力仕事や水仕事まで買って出ているようで、女たちはとても助かっていると言っています。城の男たちよりずっと役に立つそうです」

「へえ。興味深いわ」


毛むくじゃらの男たちを、ディアナは柱の影から盗み見る。


「彼らが女を大事にするのは、当然なのだそうです。彼らの国の女は虚弱ですぐ死んでしまうため、女の数は全人口の2割にも満たないそうですよ」

「大帝国の中にそんな国があるなんて知らなかったわ」

「丈夫な女を嫁にして祖国に連れて帰りたいと、彼らは口を揃えて言っています」

「それで私に白羽の矢が立ったと」


ディアナは、将軍が自分を見初めた理由がなんとなく分かった。丈夫さなら、誰にも負けない。


「それにしても彼らの事情に詳しいのね」


敵国の兵士たちについて事細かに語ってくれた侍女を、ディアナはいぶかしむ。


「実は、兵士の一人に求婚されていまして」

「確かあなたは、もう結婚はこりごりだって」

「ええ。バツ2で子供も5人いると伝えたのですが」

「それでもと?」

「はい。むしろ大歓迎だと」

「まさか、受け入れるつもりなの?」

「彼らの国はとても暖かいと聞き、迷っています」


侍女はまんざらでもないようだった。

そこでディアナははっとする。

もしかすると、同じようにディアナのことも、将軍は自国に連れ帰るつもりでいるのかもしれない。


「それは困るわ! マティウス将軍はどちらに?」


自分が他国に嫁いでしまったら、この国を誰が守るというのだ。弱腰の国王一人に任せるわけにはいかない。いきり立ったディアナは、中庭へと飛び出した。


「マティウスは俺です。ディアナ王女殿下」


のそりと筋肉隆々の大男があらわれ、さすがのディアナものけぞった。顔は無精髭に覆われ、鋭い目だけがギロリと覗いている。軍服の左肩には、毛皮に縁取られた暖かそうなペリースジャケットが掛けられていた。


「わ、私のことはご存知で?」

「ああ、はい。いつもここを通って行かれるんで」


マティウスは渡り廊下を指差した。


「あの、国王から聞いたのですが、私を妻にするおつもりがあるそうで」

「あっ、それは、そのっ」


するとどうしたことか、マティウスはしどろもどろになる。


「違うのですか?」

「いやっ、そのっ」


まったく要領を得ない。

もしかして何かの間違いだったのではないか。

マティウスも、実のところは妹たちをご所望だったのかもしれない。

冷静に考えれば、自分が花嫁に選ばれるのはおかしい。

マティウスは、戦勝国からすれば英雄だ。しかも、この度の戦でもほとんど犠牲者を出しておらず、王国の中にもその残忍性のない戦いぶりを称える者がいるくらいだ。

なのに、すっかり妻になる気でいたなんて。ディアナは今さら恥ずかしくなる。


「失礼しました。誤解があったようです。そうだわ、風呂の用意をさせましょう。寒い国ですが温泉がありますから、体を温めてお休みください」

「我らを城に招き入れてくれるのですか」

「私たちに危害を加えるつもりはないのでしょう?」

「条約通り、これまでの暮らしは保証します。ご安心ください」


粗野な外見とは反して、マティウスは礼儀正しい男のようだった。

案外と話せば分かる相手かもしれない。賠償金の減額について相談してみるのはどうだろう。国王や官僚たちはまだ、マティウスを恐れているだけである。自分が間に入り意思疎通の手助けをしてもいいと、ディアナは考える。

まずは、相手に敬意を払うべきだ。


「あなた方の誠実で謙虚な態度に改めて感謝を……」


すると唐突に、男たちの怒鳴りあう声が聞こえてきた。


「この野郎! いてえじゃねえか!」

「先に手を出したのはお前だろう!」


胸ぐらを掴み合い、今にも相手に殴りかかろうとしている敵国兵士たちが目に入る。せっかく褒めようとしたところだったのに。ディアナは、はあ、と溜息を吐いた。


「あいつら、酔っ払っているな」


マティウスも呆れているようである。


「すみません。すぐに俺が止めて」


ディアナは、制するように右手をマティウスの前に出した。


「大丈夫です。私が叱っておきましょう」

「えっ? 叱る?」


まごつくマティウスを差し置いて、ディアナは揉み合う兵士たちのところへ向かった。


「こんなところで暴れるのはよしなさい!」


ディアナは問答無用で大男二人の腕を捻り上げると、それぞれ右へ左へと投げ飛ばす。予想外の王女の怪力に、周りの兵士たちは目を白黒させた。地面に倒れ込んだ男二人も、呆然とディアナを見上げている。


「近くに焚き火があるじゃないですか。天幕へ火が燃え移ったら大変なことになります。殴り合いたいのなら、他でやってください」


堂々としたディアナの態度に、おお、と兵士たちから感嘆の声があがった。

さらに、一人の兵士がそそくさと、ディアナの頭上に布を掲げる。


「王女様、日に焼けてしまいます」

「そうかしら。空は曇っていますけど」


別の兵士は、うやうやしくディアナへと椅子を差し出す。


「王女様、どうぞこちらへお座りください」

「疲れていませんので、けっこうです」


彼らの女への気遣いは、少々行き過ぎのような気がしないでもない。


「王女殿下が困っておられるじゃないか。お前たちは持ち場へ戻れ」


マティウスが一喝すると、ディアナに世話を焼いていた兵士たちや倒れていた男たちは、素早くその場を離れた。


「うちの兵隊がご迷惑をおかけしました」

「いいえ。お気になさらずに」

「王女殿下、あの……」

「何か?」


マティウスが、じっとディアナの様子を窺っている。

ディアナの怪力を目の当たりにして、驚いているのかもしれない。男を投げ飛ばすような王女を妻にしたいとは、間違っても思わないだろう。ディアナは身の置き場がなくなり、もじもじしてしまう。


「やはり、お疲れなのではないですか? 俺がお部屋までお連れいたします」


いきなりマティウスがディアナを抱きかかえた。


「ちょ、ちょっと!」


これはいわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「下ろしてください! 早く! 離して!」


マティウスの腕の中でディアナは激しく暴れる。


「落ちてしまいます。じっとしていてください」


ディアナが胸を殴っても髭を引っ張っても、マティウスは動じなかった。

まさかこれほどに強靭な男だとは。


「はあ……」


さすがのディアナも大人しくなる。


「あのっ……そのっ……」


大人しくなったディアナを心配したのか、マティウスが顔をのぞきこんでくる。


「何ですか?」

「ああ、良かった。ますます具合が悪くなったのかと」

「あなた方の国の女とは違って、私は頑丈なのです」

「そうですか……でも念の為、お部屋までお連れいたします。こんな汚い男が抱えてすみません。ドレスが汚れてしまったら弁償します」

「何を仰るのですか!」


あまりにも謙虚なマティウスに、ディアナは驚いてしまった。


「ドレスなんかどうでもいいのです。私はあなたの優しさに感動しています。こんな風に丁寧に扱われるのは初めてで、少し恥ずかしくはありますが、悪くはありませんね。ありがとうございます」

「俺も女性をこのように抱いたのは初めてです……」

「はっ?」


屈強な将軍の言葉とは思えない。英雄色を好むと言うくらいだ。独身だったっとしても恋人や愛人はいくらでもいるだろうと、ディアナは思っていた。


「あなたは、やはり美しい」

「へっ?」


幻聴だろうか。ディアナは耳に手を当てた。


「実はひと目見た時から、あなたに心惹かれていました。外見の美しさはもちろん、堂々とした立ち居振る舞いや、垣間見られる思いやりも素晴らしい。すっかり俺はあなたの虜です」


髭面でよく見えないが、ほんのりマティウスの頬が赤らんだような気がする。


「からかっていらっしゃいます?」

「からかうはずがありません。このような汚い格好で本心を伝えるつもりはなかったのですが、どうぞお許しください」

「では、将軍が結婚を申し込んだ相手は、私で間違いないのですか? 妹たちではなく?」

「もちろん、ディアナ王女しか俺の目には入っておりません」

「だとしても、私が丈夫な女だからでしょう?」

「丈夫でも丈夫でなくても、このように大切に扱います。だから、俺の妻になっていただけないでしょうか?」


ディアナの胸がきゅんとする。

熊のように巨大で毛むくじゃらの男を、可愛いと思ってしまった。


「いいですよ。あなたの国に嫁ぎましょう。寒い国で鍛えられた女ですから、少しはあなたの国のお役に立てるかもしれません」

「我が国は、帝国の配下にある田舎の冴えない国ではありますが、気候は温暖でたくさんの家畜が飼える広い土地もあります。王女にもきっと気に入っていただけるかと」

「広い土地……そうだわ。あなたの国に嫁いだら、畑をくださらない? 私農作業に興味があったの」


力をあり余しているディアナは、王宮の庭を開墾しようとして国王に叱られたことがある。

しかし、人の体を作るのは食べものである。栄養価の高い食物を育てるのは、国や民のためになるはずだ。


「もちろん、叶えましょう」

「それから、私が嫁ぐ代わりに、強くて頼りになる兵士をこの国にいくらかくださらない? 再び侵略を受けないよう、この国を守ってほしいの」

「分かりました。王女が望むならどんなことも叶えます。だから、その……」

「分かっているわ。あなたの妻になります」

「その前に……」

「その前?」

「名前で呼んでもかまいませんか?」

「えっ?」


マティウスはどこまでも遠慮がちだった。

これが、皆から恐れられる将軍の態度なのだろうか。

本当に慣れていないのね。

私もだけれど。

そんなマティウスを、ディアナはますます可愛いと思ってしまう。


「かまいません。どうぞ」


ディアナはマティウスの腕の中で、にっこりと微笑んだ。



***



「ディアナ、さあ、行きましょう」


豪華な馬車の前で、立派な体躯をした美青年が手を差し伸べている。

ディアナは警戒して後ずさった。

この従者は一体誰なのだろう。


「王女殿下、そこにおられるのはマティウス将軍ですよ!」


こざっぱりした兵士が遠くから叫んだ。


「ええっ! あなたがマティウス?」

「ああ、はい。髪を切って髭を剃ったので、分かりませんでしたか?」

「分からないどころか、別人よ!」


熊のような大男が、麗しの騎士になるとはまさか思わない。


「我が国までは長旅になりますが、ご安心を。俺が命に代えて、ディアナを守ります」

「大丈夫よ。私は強いの。私があなたを守ってあげる」

「うわあっ」


ディアナに抱きつかれ、マティウスは顔を真っ赤にした。


「あの将軍がディアナにたじたじとは……」


国王はあんぐりと口を開けている。

妹たちは、幸せそうな姉を見て笑顔を浮かべていた。


その後、マティウスの国に嫁いだディアナは、栄養たっぷりの野菜や果物の栽培に成功し、国の女たちにそれらを与え、彼女たちを健康にしたのだった――

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