第3話 逃避行

 拳銃を突き付けられながら、車を走らせる。レンタカーには緊急用安全カバーが備え付けられていたが、スイッチが外れて押すことができない。乗るときは異常はなかったはずが、おそらく彼女が車に乗り込んだときにスイッチを壊したのだろう。手元の端末を触ろうものなら、拳銃の光線がミュラーの体を貫くだろう。

 今まで詐欺にあったことはあるものの、金銭の要求のみで今回のように身体への危害を受けることはなかった。


「あの……私どうなるの。空港でまた人質になるとか」

「安心して、空港の検査を越えたら解放するから。レンタカー代とスイッチの賠償金は払っとくから」


 やはり壊したのか。

 しかし拳銃突き付けられて人質にされて「安心」はないだろう。と反論すれば引き金を引かれかねないためミュラーは黙ることにした。

 町を出て三十分が過ぎたあたりで、バックミラーに灰色の煙が吹きあがっていたのが映っていた。何かの工事と考えたが、さっきまで通ってきた道には工事現場の一つもなかった。灰色の煙は次第に大きく、ミュラーたちが乗る車に接近してくる。そして地平線の向こうから銀色の平たい車が現れた。


「ッチ。追い付いてきた」

「誰の車?」

「まっすぐ前向いて運転して」

「これ自動運転だから」


 窓を開けて顔を外に出すと、街中で見た犬顔の異星人が銀色の車の窓から同じく顔を出していた。追ってくるのは一台だけではない、後ろからには同じ銀色の車が三台も迫ってきていた。


「なんか異星人の車が群れを成しているんだけど」

「頭どけて!」


 シレンの怒声に思わず下がる。代わりに身を伸しだしたシレンが手を伸ばして拳銃を発砲した。光線が地面に跳ね、一つも当たらなかった。突然の発砲にミュラーは腰が抜け、息が一瞬溜まりげっぷになって出てきた。


「何してんの!?」

「頭下げて、当たると死ぬよ」


 光線がレンタカーのサイドミラーに刺さると、パリンと音を立てて割れたガラスと共に地面に転がっていった。


「こ、殺しに来てる」

「私は殺されないだろうけど、あなたは流れ弾が当たってもあちらさんは知らんぷりだろうけどね」

「一体何やったの、あんな危ない人たちと」

「婚約破棄」


 婚約破棄? 婚約を破棄しただけで銃撃戦になるとは、エウロパの人たちは血気盛んなのか? それとも結納金をかすめ取ったのだろうか。

 頭に被っていた透明のベールが汗まみれになり、シレンはそれを窓から投げ捨てる。


「あの追っかけているの、バウワン星系のオスなの。木星政府が男子と結婚すれば、異性結婚祝い金と市民権の付与されるから、必死なの」

「うげ、生々しい理由。というか婚約破棄して殺生沙汰になる!?」

「こっちじゃしょっちょうだよ。あちらさんも自分の星だと住みにくいから比較的自由に動けるこの星に市民権を得るために、銃やら金やらを積んでこっちの人間と無理やり入籍することで問題になってるの。相手の都合で結婚してたまるもんですかっての」


 ミュラーは頭を抱えてうずくまった。男を求めてエウロパこの星に来たというのに、抱いていた恋愛狩猟の理想とはかけ離れた生々しい現実。そして自分はまた騙されて人質に、そして銃撃戦に巻き込まれて命が水面にひっくり返るか否かの瀬戸際に追い込まれている。


「席代わって」無理やり助手席に押し込まれると、シレンが運転席からハンドルを取り出した。オートモードからマニュアルモードに切り替えたのだ。


「あいつらマニュアルで走っているから、こっちも切り替えるからしっかり捕まってて」

「運転できるの?」

「安心して、去年免許取り立てだから」

「ペーパードライバーじゃん!」


 ギュルギュルと車のアクセルが一気に吹くうねりが上がる。オートとは明らかに加速力が異なる走り、だが銀色の車たちは引き離せない。


「ねえ、ぜんぜん引き離せてないんだけど」

「やっぱりあの犬たちの車違法改造しているから馬力が違う」


 バックミラー越しに映る銀色の車の車体が次第に大きくなる。空港までまだ数キロも先。スピードは出ているため残り時間は二十分を切るだろうが、それまでに追い付かれないか心臓が保てるだろうか。いや、それまでに心臓以外が撃ち抜かれないかの心配もしなければならない。

 シレンがハンドルを握りながら、後ろに向かって発砲する。

 パーンッ! 後方で弾ける音が荒野に鳴り響く。追っかけていた銀色の車うち一台が姿勢を崩していた。タイヤがパンクしたようだ。しかし残りの四台は戦線離脱した車に意にも介さず、体当たりして車道から押し出した。

 車道から押し出された車は完全に態勢を崩し、転倒。天井がつぶれ、速度の勢いのまま前転してボンネットがひじゃげ、中の人と共にスクラップと化してしまった。それが自分の行く末と血の気が引いてしまった。


「シートベルト締めて。オカマ掘られるよ」


 シレンに言われて、シートベルトを締めた途端に後方から下から突き上げられる衝撃が起きた。異星人の車が後ろから突っ込んできたのだ。後輪が持ち上がれて、速度を殺されると残りの二台が左右に挟んで接近してくる。ガシャン、接近された圧でドアがひしゃげてしまい、衝突警告のアラームが鳴り響く。これは部品の修理代どころか、車一台分の賠償金を請求されるだろうなと減速していく中で現実逃避していた。


「おい、嫁観念しろ。潰されて死にたくなければ車から降りろ」


 銀色の車の窓からバウワン星人が顔を出してきた。街中で見たタレ耳と違い、丸い耳にぶち模様が特徴の顔立ちをしていた。口を閉じていれば可愛らしい顔だが、酒で焼けたような罵声が顔立ちの良さを完全に打ち消していた。


 シレンはもはや抵抗は不可能と判断して、アクセルから足を外してゆっくりと車を制止させた。


「そのまま頭伏せてて、あいつらの目的は私だから。ミュラーさんに手を出さないように交渉してくる。万が一のことがあったら、これを突き出して」


 シレンの手に持っていた拳銃をハンドバッグの中に滑り落とすと、それをミュラーに差し出した。交渉が決裂したら、中の拳銃で抵抗しろということを暗に伝えていた。一年前まで拳銃に触ったこともない自分に撃てるはずもない。だがそれよりもミュラーは別のことを口にした。


「あなたはどうなるの」

「心配しないで、あいつらの思い通りに結婚なんてしないもの」


 答えたシレンの声色は、怖いほどに冷静であった。直感、シレンが死ぬことを感じ取った。だが自分に何ができる。そもそも自分を騙して人質にした人間に同情だなんて……


 ドゴンッ! シレンが外に出た瞬間、音を立ててボンネットに叩きつけられ、彼女の背中がフロントガラス越しに映る。


「あーあー。せっかくの花嫁衣装がボロボロだな。どうしてくれるんだ」

「大人しく嫁入りしていれば、可愛がってやるってのに」

「ふんっ、犬の方が可愛がるの間違いじゃない。それに、私は犬っころとなんかじゃなくと大恋愛の末に結婚したいの」


 シレンの答えに、バウワン星人が大口を開けてゲラゲラ下卑た笑いを一斉にした。そこに白のテンガロンハットに白のタキシードを来たバウワン星人がシレンの前に出る。あれが、シレンと婚約していた人だろう。


「おいおい、人のオスなんて絶滅危惧種だろうに。そんな夢みたいなこと辞めて、現実見ろ。おりゃ金もあるし、あんたの親御さんも公認だろ。恋だの愛だの、金がなくちゃすべて終わりだぜ。乙女は卒業しな」

「ボスの言うことにわかるだろ。土下座して謝れっての」


 シレンはボスの足元に唾を吐いた。それが彼女の返答だった。


「安っぽい三流の悪役のセリフ。逃げた花嫁にもっと甘い言葉で口説き落とすとかないの。妥協の末に結ばれる結婚なんて死んだ方がましよ。こんな歌知らない『命短し恋せよ乙女』ってね」


 するりとシレンの袖から小さな何かを取り出した。


「ちょっと待った!」


 レンタカーの屋根からミュラーが叫んだ。全員が一斉に屋根の方に向いた時、ミュラーの足はがくがく震え出した。命を懸けるなら恋愛にと思い描いていたが、まさか自分を人質にした女にするなんて。

 でも自分と同じ信念を持つ人を、死なせるわけにはいかない。


「あなたたち本当にオス?」

「なんだと」

「あんたらの種族、生物図鑑で見たことあるんだよね。ブチハイエナって動物」


 街中で見かけたバウワン星人は犬と変わらない顔と耳であったが、ボスとその周りに取り囲んでいるのは、ブチハイエナそのものだ。


「何が言いたい?」

「あんたたちメスじゃないの。ブチハイエナって、オスとメス区別がないので有名なんだよね。もしかして、メスなのを騙って異性結婚として補助金丸儲けするつもりなんじゃないの」

「うんだとコラ!」

「犯すぞコラ!」

「じゃあ、オスなら。これ素手で止められるでしょ。緊急移動!」


 手元の端末のボタンを押すと、レンタカーがひとりでに前に動き始めた。レンタカーには緊急用に端末で自動運転できるように設定されているのだ。速度はほんの数キロ程度だが、一瞬ひるませる程度には十分効果がある。そしてシレンの手を引いて、バウワン星人の乗っていた車に乗り込む。


「あいつらがメスだってわかったの」

「確信はなかったけど、注意をそらすには十分だったでしょ。で、これどうやって運転するの」

「私が運転する。空港まで飛ばすよ」

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花婿を探して三光年。地球以外の星はみんな女だらけでした。 チクチクネズミ @tikutikumouse

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