第12話 ゆめもうつつも

なんてね。生きてます。やっと私は立ち直れそうだよ。向上心を取り戻したからね。あの努力の時間は無駄じゃなかったってわかった。全国に行けなかったことはもちろん事実として私の記憶に一生残る。それは今でも美化されずに、辛くて悲しい記憶のままだ。けれど私はこの悔しかった思いも、辛くて血迷いかけたあの気持ちも全部抱きしめて、前を向こうと思った。もう悔いはない。これで引退するわけでもないし。あの展覧会では、やれるだけやったよ。書道についての知見も深められたし。それにあのとき励ましてくれた、はたまた慰めてくれたみんな。その人達の気持ちを蔑ろにするなんてできないの。みんながいたから私がいる。そうだよ。これからは他の公募展で入賞すればいい。また去年みたいに、武道館に行くんだ。次は新国立美術館にも行きたいなあ。そのためには、これからもやるしかない。どうなるかわからないけど、もう1度、あの時みたいにまたのめり込んでみようかな。今の私には失うものはもう何もない。あれを経験して、今更ビビってたって何にもなんないでしょ。もっと私の「好きな字」を追いかけたい。今でもたまにあのことを思い出して、苦しくなるときもある。ただ今となってはその苦しさすら愛おしいなんて思う。虚像をいつか実像に変えてやろうって。やたら前向きなのには理由がある。私は私の字が好きだから、これに尽きる。これは自信をもって言える。他の誰かが私の字をいくら卑下しようとも、私は私を誇りに思う。私自身が自信を持てないでどうするの?他の誰もが私の字を上手いって言わなくとも、私が言う。だからこれからも書き続ける。もう半年もすれば部活を引退してしまうけど、引退したとしてもまだ書きたい。いつかあの夢がなにかの形になって現実に戻ってくるように。もっと自分に自信を持てるように。私自身を好きになれるように。みんなへいつか恩返しができるように。

そうして私はまた、筆を染める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆめもうつつも よこやまみかん @orange-range

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る