第5話サインはb

 本が女の子になった時以上の衝撃に、俺が黙っていると先輩がお首を傾げた。


「ど……どうしたの、目も凄い見開いてるし、口もすごい開いてるよ? 具合悪い?」


 指摘され、ゆっくりと自分の眼球に触れる。

 防衛本能が働いていない、口も林檎がまるまる1個入るぐらいに開いてる。


「っあ、ちょっと? 白目部分を指で触っちゃ——」


 瞬間、反射的に「バンッ!!」とドアを叩きつける勢いで閉めてしまった。

 えっ、サインってなに? サインってあのサインだよね?

 作者が自分のペンネームを書いたって奴だよね? 俺の買った本にそんなのないよね?


《不っ味いッッ!!!》

 

 ペラペラと急いでラノベを捲る、けれど表情がブックカバーの裏を見ても、当然そんなものはない。


「っあ…………そうだよね? お見舞いなのに食べ物も渡さないで本の話しちゃって、気分悪くしちゃったよね」


 ドア越しから聞こえる先輩の声が、申し訳なさそうで元気が無くなる。

 不味い、不味い不味い、そう言うわけじゃないのに拗ねてるみたいになっている。

 でも、出たらラノベを渡さなければいけなくなる。だからもう絶対に出れない。

 しょうがない、ここは先輩の考えに乗ろう。


「ごめんね……正直に言うと、その……食べ物とか持ってくるのを忘れたの」


 っえ、先輩、そんなポンで可愛いところもあるのっ?! ッハ、違う。

 自分のほっぺたをぶん殴り、つねる。

 ここでそうじゃないと本音を言うのは簡単だ。やれ……やらなければ、貸した本で自家発電した変態だってバレて、二度と相手にされなくなる。

 

「先輩、すみません……ちょっと本当にしんどいんで、本の話は来週の月曜、ゴホッゴホッでもいいですか」


 拳を握りしめ、血肉の思いで、出来る限り不機嫌そうな低い声を出す。


「っあ…………うんっ! 全然大丈夫、平気。本のことは気にしなくていいから、身体が一番だから気をつけてね。

 あれだったら今から買って——」

「大丈夫ですっ! 食べる物とかはありますからっ!!」

「そっ……か、本当にごめんね」


 優しい先輩は最後まで気遣い、足音はどんどん遠ざかっていく。

 くっそ……罪悪感で胸が締め付けられる、こんなことになってなければ一緒に買い物とか行けたか?

 いや、それはそれで仮病がバレるからダメだな。


「いや、いやいやいや、今はそれより——」


 思い出したかのようにトイレを見ると、ガチャガチャガチャと凄い勢いでドアノブが回り。

 よく耳を澄ますと、


「開がないい、開がないっ! ぱぱっ! う゛ぁーーんっ! ごごで死にだぐないっ!!」


 と鳴き声が聞こえてきた。

 っあ……そういえば鍵をかける事を何も言ってなかったな。


「ご、ごめんっ! 人が来たから鍵かけてた」


 ガチャっと開けた瞬間、出てきた涙と鼻水で汚れた彼女に俺の身体が押し倒される。

 その合間、わずかに捲れ上がったシャツの隙間から、地肌に文字が見えた。


「——うっそだろ、おい」


 急いで服を脱ぎ、まだ呆気に取られている彼女押し除ける。

 そして腰に服を巻いた後、シャツをめくって腹部を見た。


「武道武尊♡」


 へそより下、局部よりわずかに上、そこに手書きで書かれたようなサインがあった。


「あったーーっ!

 帯で見えなかっただけでサインあったけど、サキュバスの淫紋みたいになってるぅぅッ!!」


 聞いたことある。

 クリエイターは自分の作った作品は自分の子供っていうって。

 先生ぇッ!

 あんた、自分の子供だろうとなんちゅーところにサインしてんだっ!! 恥を知れッ!!!

 というか、むさ苦しい名前のくせ、可愛く丸文字で書いてるんじゃねぇよっ。

 さては先輩に色目を使いやがったなっ!!!

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憧れの先輩から借りた本で、オナニー寝落ちもちもちしたら半裸の女の子になってるんですけどッ!!! にくまも @nikumamo

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